第71話 悲運のシルフィーナ

■中央ゴレムス暦1582年12月26日 

 アウレア ホーネット


「い、今……今何と申した?」


「はッ、我が軍はサースバードにてバルト王国軍を撃破ッ! その後、一時的に和議を結ぶこととなり、交渉の結果、我が国はサースバード以南を手に入れることになりました。なお、会戦の際、ジィーダバ卿が敵方に通じ、味方本陣を奇襲したためこれを撃破しました。ジィーダバ卿は自害して果てたとのことでございます」


「ジィーダバ卿が死んだだと……? 何かの間違いではないのか? アルデ将軍がジィーダバ卿を奇襲して死に至らしめたとかではないのか?」

「いえ、何人もの貴族諸侯がジィーダバ卿の所業を目撃しております。確かな情報にございます」


 それを聞いたホーネットはとうとう黙り込んでしまった。

 彼も弱輩とは言え、そこまで馬鹿ではない。

 サースバードの地におっさんをおびき寄せて挟み撃ちにしようとしていたのでは?と思うくらいには賢かった。


「ジィーダバ卿までバルトと通じていたとは……」

「アウレアも終わりか……?」

「いやアルデ将軍がおる。今回もバルトを撃ち破り裏切りまでも防いでくれた」

「(このままではアウレアがアルデのものになってしまう……)」

「……」


 おっさんの台頭を防ぐためジィーダバと組んでいたホーネットは、彼の行動が裏切りではないと分かっているが、他の者はそうもいかない。彼としてはバルト王国と手を結んでおっさんを討ち取るのならば、事前に相談しておいて欲しいところであった。


「しかし、何故アルデ将軍は和議など結んだのだ? そのまま一気に攻め滅ぼせば良かろうに……」

「兵の損耗が激しかったのではないのか?」

「そうだ。何故、和議など結ぶ必要があるのだ! アルデ将軍に何か叛意があるのではないのか!」


 僅かな光明を見い出して反撃の意見を述べるホーネットであったが、それはすぐに否定されることとなる。


「陛下、元帥位は全権を委譲された役職のはず。なれば此度こたびの行為は何の問題もございませんぞ」

「……」


 そうなのである。

 バルト王国といつ、どこで、どのように戦うかは全て元帥の判断によるのである。

 これはホーネットが承認したことだ。


 ホーネットに後ろ盾がなく、彼を補佐する者が少ない。

 現在の状況はその基盤の弱さを露呈する形となっていた。


 1人唇を噛むホーネットをジッと見つめる男がいることに彼は気付いていなかった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1582年12月27日 

 ボンジョヴィ


 サースバードの戦いの後、ボンジョヴィはすぐにサナディア本国に帰還していた。

 おっさんは戦後の仕置きがあったので動けないが、ボンジョヴィにはある使命が課されていた。ジィーダバ陣営からの人材の引き抜きとニワード伯爵の懐柔である。


 ニワード伯爵は曖昧な態度のままで、バルト王国へ攻め入らず、おっさんの命令に従っていなかったのだが、情報網を構築していたのか、サースバードでバルト王国軍が敗れると慌ただしく動き始めていた。


 ボンジョヴィはサナディアに帰る途中でニワード伯爵領に寄り釘を刺すことにした。出撃準備中であったニワード伯爵はおっさんの直臣であるボンジョヴィを手厚くもてなした。


「して、此度の用件は何であろうか?」

「先の一戦にて我が軍は大勝し、一旦和議を結びました。故にしばしの間、バルト王国を攻めるのは中止して頂きたい」

「なんと! そのような伝令は来ておりませんが……」


 本当は監視させていた密偵により合戦の事情は知っているのだが、ニワード伯爵はそんなことなどおくびにも出さない。この出兵準備も攻める振りに過ぎなかった。


「それ故、私が参った次第でございます」

「ボンジョヴィ殿自らお越しとは……」

「サースバードではジィーダバ侯爵が裏切り我が軍に襲い掛かってきました。我が主はそれを見越して事前に備えをしておりました故、見事ジィーダバを返り討ちにし、自刃に追い込んだ訳です。主はこれ以上アウレアの貴族諸侯を失うのは無益と考えておられます」

「……何が言いたいのだ?」


 にこやかな笑みを崩さぬまま、淡々と話し続けるボンジョヴィにニワードは不気味なものを感じていた。


「では単刀直入に申しましょう。これ以上、我が主の怒りを買うのは貴公のためにならぬと思いましてな。もちろんアウレアのためにもです」

「……」

「最早、貴公に道はございませぬ。ジィーダバが死に、ガーランドも既に我が主と同盟関係にあります。北にガーレ帝國からの圧力を受けているバルト王国にも未来はございません」

「ガーランドと同盟? そんなことは聞いておらぬぞ。明らかな越権行為ではないのか?」


 余裕綽々で言葉を続けるボンジョヴィに対して、ニワードは明らかに取り乱している。ペースは完全にボンジョヴィが握っていた。


「我が主は元帥であらせられます。バルト討伐のためには全てが優先されます」

「外交権までサナディア卿にあると?」

「1国を滅ぼすなど容易ならざること。周囲と結ぶのは致し方なきことかと」

「ガーランドはジィーダバ卿が攻めていたではないか。我が国と敵対していたのだぞ?」

「ガーランドを攻めても何の利もございませぬ。確執もないはずの国との無益な戦争などアウレアにとって百害あって一利なしにございます」


 顔を赤く染めて押し黙ってしまったニワードに、ボンジョヴィがトドメの一言を放った。


「お家の存続を図ることが全てに優先する一大事であると私は考えます」


 その言葉にニワードはガックリと項垂うなだれたのであった。


※※※


 ニワードに最後通牒を突きつけたボンジョヴィはウェダに戻る前に旧サナディア領ヌマータにも寄っていた。この土地はアウレアス会議でおっさんがジィーダバに割譲していたところである。


 ボンジョヴィはここを任されているリーマス将軍と会っていた。


「これはボンジョヴィ殿か。直接お出ましとは如何なされた?」

「もちろんジィーダバ卿の件でございます」

「何かあったのですか?」


 まだ伝令が来ていないのか、動員がかかっていなかったため知らないだけなのか、リーマス将軍は突然の来訪にポカンとした表情をしている。


「まだ報せは来ておらぬようですな……実は先日バルト王国のサースバードで行われた合戦にてジィーダバ卿が謀叛を起こし、我が主に攻め掛かり申した。その結――」

「待て待て待て! なんだって!? ジィーダバ様が謀叛だって?」


 当然の如く取り乱したのはリーマスであった。

 これは何も聞かされていなかったと踏んだボンジョヴィは大きく出ることに決める。


「その通りでございます。既にジィーダバ卿は自刃して果てましたが、大公家はジィーダバ家を許しませんぞ」

「何としたことだ……信じられん」

「一族郎党に累が及ぶは必定。そこで以前より交流のあった貴殿のことが気になりましてな。今の内に我が陣営に参らぬかと、いらぬお節介を焼きにきたのです」

「謀叛……何も聞いていなかった……私は信用されていなかったと言うことか」


 リーマスの顔色は悪い。

 自身に何も教えずに謀叛を起こした主家に着いて行くべきか迷っているのだ。


「大公家が処罰を申し渡せば、ジィーダバ家が反発するは必至でしょう。彼らがバルト王国に応援を頼んでも無駄なこと。我が主サナディアはサースバードにてバルト王国軍を叩きのめしてございます。更にジィーダバ家は北にガーランドと言う敵を抱えております。リーマス殿まで死ぬことはありますまい」


 むしろ大公であるホーネットは、おっさんへの対抗馬としてジィーダバ家を何とか存続させようとするだろうが、ボンジョヴィはそんなことなど教えてやる必要はない。仮にホーネットが罰しなくても貴族諸侯からの突き上げを喰らうのは間違いないだろうが。


「貴殿の言いたいことはよく分かった。今日のところはお引き取り願おう」

「良き報せを待っております」


 そう言ってあしらわれたボンジョヴィであったが口元には確信の笑みが浮かんでいた。


 後日、リーマス将軍からの書状を読んだボンジョヴィはひざをポンと手で叩くと、ニンマリと笑ったのであった。




 ―――




■中央ゴレムス暦1582年12月27日 

 ラルノルド 領都ラル


 シルフィーナは自室でジィーダバの訃報を聞いていた。

 隣には傅役もりやくからの家臣であるトールトンも控えている。

 彼女のその瞳は悲哀を含みながらも、やはりこうなったかと言う諦めの色も交じっていた。


「後継はレナルド殿ですか?」

「ご嫡男はレナルド様ですが、承認されますでしょうか?」

「分からないわ……流石に庇いきれないかも知れない」


 理由はどうあれ、ジィーダバはアウレア大公国の対バルト王国で全権を委譲されたおっさんに刃を向けたのだ。謀叛と取られても仕方ない。

 おっさんを討ち取っていればどうとでも言い訳できたのだろうが、負けた上に死んでしまったのだから残された者たちとしては何も弁解しようがない。


 ホーネットは何とかしてジィーダバ家を存続させ、味方を残しておきたいと考えるだろうが、貴族諸侯がそれを許すかは微妙なところだ。因縁深きバルト王国側と結んで挟撃したのである。従軍していた貴族たちは下手をすれば死んでいたかも知れないのだ。


「(流石に標的はアルデ将軍だけだったのでしょうが……)」


 伏し目がちで俯いているシルフィーナは絵画から切り取ってきたかのように美しい。そこへ元々正室であったジィーダバ夫人が訪ねてきた。声も掛けずノックもせず慌てた感じで部屋に入ってきたのだ。


「シルフィーナ様、どうなるのでしょうか!? ジィーダバ家はどうなってしまうのでしょうか? レナルドはどうなるの!」


 ジィーダバ夫人は今にも卒倒しそうな勢いで一気にまくし立てる。


「私にも分かりませんわ。敵国に通じた上での謀叛でしょうし最悪一族郎党処刑になるかも知れませんわね」


「まさかまさかまさか……はッ……あなたは、大公家はサナディア卿とジィーダバ家を潰し合わせる目的でッ!」

「何を抜かす! 無礼なことを申すなッ!」


 トールトンがすぐにジィーダバ夫人を叱責するが、彼女は何かに取りつかれたように叫び続ける。両手で頭を掻きむしりながらうわ言のように同じことを繰り返していた。


「違いない違いない違いない……サナディア卿の台頭を防ぐために犠牲になったのだ犠牲になったのだ犠牲になったのだ……」


「おいッ! この女をつまみ出せッ!」


 すぐに外に控えていた衛兵たちがやってきてジィーダバ夫人を押さえ付ける。

 一層暴れる夫人は力づくで引きずられ部屋から連れ出されていった。


「ごめんなさい……」


 遠ざかっていく金きり声を聞きながら、シルフィーナは小さな声で呟いた。

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