第72話 おっさん、新年を迎える

■中央ゴレムス暦1583年1月1日

 アウレア大公国 首都アウレア


 アウレアの新年。


 それは各地の貴族諸侯が集まって大宴会が行われ、毎年お祭り騒ぎとなる1日である。2日は休息日となり、3日から挨拶合戦が始まるのだ。


 今年も予定通りの日取りで行われることに決まったのだが、その前に向き合うべき重大事があった。


 ジィーダバの乱への沙汰である。


 取り敢えず、バルト王国とは5月までの停戦となっている。

 なのでおっさんもサースバードに兵を幾らか残し帰還していた。


 ――玉座の間


 おっさんは並み居る貴族諸侯から取り囲まれていた。

 理由は言わずもがなであろう。


「流石はアルデ将軍! あっさりとバルト王国を破ってしまうとは!」

「いや、あっさりと言う訳では……」


「しかもサースバードを奪ってしまうなど、大戦果ですぞ!」

「私も取れるとは思ってなかったよ……」


「相手はあのブレイン将軍だったとか!」

「お、おう(あいつ有名人だったのか)」


 おっさんは貴族諸侯の攻勢にたじたじであった。

 実際にはお互い、【戦法タクティクス】を使った激しい戦いであり、おっさんも一歩間違えば負けていたかも知れないのだ。


「いやはや、流石は将軍閣下。あのジィーダバ卿に背後を突かれたのにもかかわらず、それをものともしないとは」


 おっさんは声のした方を向いて思わずげんなりしてしまう。

 流石に顔には出さないが。

 声の主はあのガラハド・ローレンスであった。

 警戒すべき相手の登場におっさんの気持ちが少し引き締まる。


「ローレンス卿ですか。まぁたまたまですよ」

「たまたまでジィーダバ卿は討てんでしょう」

「いやー流石に挟み撃ちはきつかったですね(俺のステータス知ってんだろ。よく言うぜ、このハゲ親父が)」

「サナディア卿の采配ぶりを見てみたかったですぞ(誰に力を与えていのだ?)」


 その時、ホーネットの出座が告げられた。

 一斉に畏まった態度になる家臣一同。


 そこへホーネットが颯爽と登場するや、不機嫌な様子で玉座にドッカと腰を下ろした。そのあからさまな態度に一部の家臣たちからは苦笑いが漏れる。


「皆の者、大儀である。めでたい新年だ。今日は存分に呑み喰い踊るがよかろう」


『はッ!』


 あまりにも簡潔極まりない挨拶を終えると、ホーネットはそっぽを向いてしまった。この場にいる家臣たちが皆、ガキかよと思ったかは知らないが、実際15歳なのだから仕方がないのかも知れない。


 貴族諸侯が早速ホーネットに挨拶に向かう。

 正式に目通りして挨拶するのは3日なので、ここでは略式の簡単な挨拶のみが行われるのだ。


 ジィーダバの件が華麗にスルーされたが、それでいいのかと思いつつ、おっさんは中々挨拶に行く勇気が持てないでいた。


 そこへ怒声が鳴り響く。


「何がめでたいのだッ!」


 声のした方へ目を向けると、そこには激昂したホーネットと怒らせたであろう貴族が驚いた表情でいた。貴族の方は固まっている。何が逆鱗に触れたか分からないのだろう。当然である。


「ええ……(さっき自分でめでたいって言ってたやんけ)」


 おっさんは若干、理不尽過ぎだろと思ったが、ジィーダバの件を考えると致し方ないのかと思ってしまう。


 対おっさんのためにジィーダバに姉のシルフィーナを嫁がせて対抗馬としたのにもかかわらず、あっさりと破れて死んでしまったのだ。もう1人の実力者のニワードはおっさん側に降ったので実質、アウレアでおっさんに対抗できる者はいないと言って良い。それを知る者はいないが。


 エストレア事変では大公ホラリフェオだけでなく多くの貴族諸侯の当主が死に、代替わりしている。つまり、この国は上から下まで乱世を生きるための処世術を身に着けている者が少ない上、その関係性が薄れており、各貴族たちの基盤が弱まっている状況だ。


 まったくこの状態でよくバルト王国に喧嘩を売ったものである。

 おっさんは状況を理解していないようなホーネットを遠くから眺めながら、そっと溜め息をついた。


 春はまだまだ遠そうである。




 ―――




■中央ゴレムス暦1583年1月1日

 イルクルス 聖地エルクルス


 新年を迎えた聖地エルクルスは巡礼者で溢れ返っていた。

 ここはディッサニア大陸最大の宗派と言われる聖クルスト教の総本山である。


 場所はラグナリオン王国のすぐ西側に存在しており、やって来る者は絶えることはない。


 白を基調とした建物――大聖堂、聖教会、巡礼所などが建ち並び、何処どこ彼処かしこも信者たちで賑わっている。


 大聖堂には教皇であるフェクティスが各国の使節から挨拶を受けている最中であった。聖クルスト教を国教にしている国の首脳や重鎮たちが一同に会している。ここでは敵対していようが蜜月の関係だろうが、全ては平等である。


 この世界はまだまだ政教分離が進んでいない。

 時代の先端をいっているエレギス連合王国でさえも政治に宗教が絡んでいるほどだ。おっさんのような日本から来たものには慣れないかも知れないが、この世界はまだまだ大戦国時代なのである。

 それに政治と宗教は完全に分離することなど到底不可能なことである。

 政教分離とはあくまで特定の宗教に政治に口を出させないと言うことであり、政府が要人を国葬にしたり、国教とすることはそれに反しない。

 そもそも国家の成り立ちには宗教が関わっているのが普通である。潔癖なほどに宗教を排除しようとするのは無理であるし無粋であろう。


 ただ、確かなのはこの聖クルスト教の教皇フェクティスは積極的に各国の政治に関与しようと動いていると言うことである。


 各国使節の挨拶も終わり、フェクティスが教壇上から檄を飛ばす。


「天は聖クルストに世界を導く役目を与え給うた。彼は神聖ガイア帝國を建国し12人の使徒にその力を分け与え、各地に派遣した。世界が聖クルストの威光で満たされ、祝福されるはずだったところで裏切ったのが使徒の1人、ウネだ。彼奴は暗黒教団の言葉に乗せられて聖クルストを弑した。民衆を煽り自らの軍を、手を持って弑したのだ! 結果、未だに世界には蛮地が溢れておる。ウネの末裔が起こしたもその1つだ。滅ぼす必要がある。使徒たちの体に宿っていた宝珠を集めるのだ! その時、聖クルストは再臨する!」


 天を崇め、聖クルストを聖人とする聖クルスト教は独自の神殿騎士団を持ち、銃火器で武装している。これは西に黒魔の大森林に邪悪な魔物が出没すると言う理由からだけではなく南のフンヌ、ヴェルダンなどの蛮族に対する抑止力ともなっている。


 世界が動き始めた昨年。

 そして今年、世界的な宗教国家が動き出そうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る