第67話 サースバード大会戦 ⑦

■中央ゴレムス暦1582年12月20日 14時

 ラムダーク


 後方に控えていたドーガ、新たに駆けつけたラムダーク、更には本隊のおっさんまでもが総攻撃を開始し、前線はアウレア軍で溢れた。


 一進一退の戦いを繰り広げていた両軍は当然のことながら両極端な反応を見せる。

 アウレア兵たちは歓喜に声を震わせ、バルト王国軍は絶望に怨嗟の声を上げた。


 この動きに対してバルト王国軍も後詰を全て投入したが、アウレア軍よりも疲弊の見える状態でどこまで持つかは分からない。


 ラムダークは崩れゆく敵部隊はその他の貴族に任せて、まだ拮抗していると思われる箇所に戦力を投入した。


 周囲で火縄銃の音が木霊する中、ラムダークは大剣で襲い来る雑兵を叩き斬りつつ、大声で叫ぶ。


「突き抜けろッ! 敵は乱れているぞッ!」


 騎兵の先頭に立って突撃を敢行し、その身を晒すことによって味方の士気を上げて回る。中性的で美しい顔付きのラムダークは美丈夫として知られていた。


「援軍だッ! 援軍がきたぁぁぁ!」

「あれはテイン侯爵閣下の軍勢だ!」

「アウレア万歳! アルデ将軍万歳! ラムダーク将軍万歳!」


 完全に勢いを取り戻したアウレア兵たちは、最後の力を振り絞ってバルト王国兵に斬りかかっていく。


 騎兵突撃で敵部隊を一気に突貫したラムダークは、バルト王国兵に囲まれている1人の兵士を見つけた。とは言っても付けている装備は大層な物である。

 身分の高い指揮官クラスだと当たりをつけたラムダークはすぐに助けに入るためにアドに鞭を入れて加速する。


 その時、ダダーン!と火縄銃の音が轟くが兵士は何とか身をかわした上に敵を薙ぎ斬っている。しかし足を怪我しているのか、その場に倒れ込んでしまった。


「我こそはラムダーク・ド・テインッ! かかってきませぃ!」


 ラムダークは注意を引くために大音声で名を名乗った。

 テイン家のラムダークと言えば、名門中の名門であり知らない者はいないと言っても良いほどに名を馳せている。


 敵の指揮系統が乱れた。

 ベアトリスとラムダークのどちらを討ち取るべきか兵士たちに迷いが生じたのだ。

 その一瞬の隙をついてラムダークはアドで一騎駆けして距離を詰めると敵指揮官を叩き斬った。


「大丈夫かッ!?」

「テイン卿でしたか? 助かりました。足を挫いてしまったらしく力が入らなくて……」

「貴女は……ベアトリス殿か。無事なようで何より。すぐに離脱しましょう。私のアドの後ろに乗ってください」

「は、はい。ありがとうございます」


 ラムダークは部隊を副官に任せると僅かな供を連れて戦場を離脱した。

 後方の本陣を目指してアドを走らせていると後ろからキュッと強く抱きつかれる。


「テイン卿、あなたがいなければ志半ばで討ち死にしていたでしょう。感謝申し上げます」


 ベアトリスはいつもと違ってどこかしおらしい。

 一方のラムダークは彼女の反応に心当たりがあった。

 女性からアプローチを受ける時のようなあの感覚だ。


「いや、前線が崩れなかったのはベアトリス殿の奮戦があってこそ。そんな貴女を助けるのは当然です(参ったな。私は女なんだが……)」


 さて一体どうやって誤解を解こうかと考えながらラムダークはアドを走らせた。




 ―――




■中央ゴレムス暦1582年12月20日 14時

 ナリッジ・ブレイン


「この……俺がここまで押されるとは……」


 ブレインの舞うような攻撃にガイナスは息も絶え絶えに呟いた。

 ガイナスは知らないが、お互いに【個技ファンタジスタ】の《一騎当千》を発動している状態なのに、である。《一騎当千》のレベル差はあるものの武勇がUPする率に大差はない。


 では何が違うのか?


 個人のレベルの差である。

 単なるチャラそうなブレインではあるが、彼はこの世界に来てから波乱の人生を歩んできた。【個技ファンタジスタ】や【戦法タクティクス】は元から所持していたし、装備もレベルの高いものだったのだが、如何せん転移した場所が悪かった。元々、歴史に興味の欠片もなかったブレインは突如として異世界に来たらしいと言うことは分かったが、戦国時代がどう言うものか理解していなかったのだ。


 現代人が当時の価値観を理解できるはずもなく、ブレインは騙されたり、脅されたり、流血沙汰になり逃亡生活を送ったりと過酷な転移後だったのだ。

 お陰で性格に少々難のある人物になってしまったが、何とか兵士としてここまで成り上がってきたのだ。


 現代人に昔の価値観を理解しろと言っても無理な話である。

 しかし、せめて推し測るくらいのことはするべきなのだ。

 知ろうと努力はするべきなのである。


「お前さんは強かったよ。ただちょっとばかし相手が悪かったな」


「貴様は何モンだ? ちょっと強過ぎんぜ」

「俺? 俺は、あー言うなればプレイヤーって感じか? この戦国時代のゲーム主人公その壱って訳だ」

「プレイヤーだと……? ゲームだと?」


 おっさんは力のことは話したがプレイヤー云々の話はしていない。


「なーに驚いてんだよ。お前の力はあの、何つったか、お偉いさんにもらったんだろ? 違うのか?」

「ああ、将軍閣下に頂いたモンだ」

「あ、名前とか隠さなくてもいいぜ? こっちは全部分かるようになってっから」


 ボードに目を落としながらブレインが適当な感じで返事をする。

 もちろん、ガイナスにボードなど見えようはずもない。


「なるほど。アルデ。本名は倶利伽羅くりからなつめか、同じ日本人じゃねーか。つっても外国人がいるかは知らねーがな」


 その後もおっさんの秘密が暴露されていく。

 ガイナスは茫然としてそれを聞いていた。

 ある程度は説明を受けているものの、おっさんのことを全て知っている訳ではないガイナスとしてはどうしても驚きが先に来てしまう。


「それは本当なのか? 何故そんなことが分かるんだ?」

「同じ存在とでも言おうかねぇ。ま、そいつと俺は同郷って感じなんだよ」


「ど、同郷だと!?」

「そりゃ驚くわな。つってもこんな戦乱の世界から来た訳じゃないぜ? 平和で安全な世界から来たんだ」


「そんな世界が他にあるのか……? それを信じろと言うのか? それに……それに閣下はまるで動じてなかったんだぞ! 普通に敵をってたぞ!」

「知らねーよ。サイコパスなんじゃねーの?」


「さいこぱす……だと?」

「こっちじゃ通じねぇのか? まぁアレだ。ちょっと何処かがおかしいヤツってことだな」


 ブレインのあんまりと言えばあんまりな説明に、ガイナスは何故か少しだけ納得したような顔をしている。

 そこへバルト王国兵やブレインの副官たちが慌てて駆け付けてきた。


「閣下ッ! お味方は総崩れです。踏ん張っているのは一部だけにございます。殿しんがりは私が務めます故、すぐに撤退を!」

「なーに言ってんだおぇ。お前らじゃ勝てねーよ。ケツは俺が持ってやる。直ちに退却してコバルト城に入れ」


 撤退を一手に引きつける殿を巡ってブレインは副官と言い争い始めた。

 周囲の者も何言ってんだこいつと言った顔をしている。


「総大将が殿しんがりなど聞いたことがありませぬ!」

「じゃあ今から見せてやっからよーく覚えとけ」

「まさか閣下……」

「るせぇ! 俺は死なねーよ。こんなところでな」


「ガイナース! 何処だー!」


 地面に手をついて何やら考え込んでいたガイナスがその声にハッとして立ち上がる。周囲の喊声で聞き取りにくいが声の主はおっさんであった。


「ほら敵さん来ちまったじゃねーか。お前らさっさと行けッほら行った行った!」

「(まぁ閣下が何モンでも構わねぇか……一部とは言え秘密を教えてくれたってこったろ? それならその内分かんだろ。何より面白そうだ)」


 副官のケツを蹴り上げるブレインを見て笑いを噛み殺しつつ、ガイナスは再び立ち上がった。

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