第28話 睨み合い

 ■中央ゴレムス暦1582年7月1日

  ミタガラ台地


 おっさんの連絡を受けてすぐに自領へと引き返すことになったレンスター子爵は一旦、領都レンスターに入り情報の確認をすると、すぐに国境沿いのミタガラ台地に布陣した。兵はおよそ六○○である。


 この場所はルナール川に接する周囲より高くなっている場所である。

 ルナール川がレストリーム都市国家連合との国境になっており、トルナドを中心としたレストリーム軍はまだ渡河とかしていなかった。情報の通り、国境は越えず、川の手前に兵を進めただけのようだ。


 レンスター子爵が布陣したのを見計らったかのように使者が訪れる。


「レストリームの使者殿、此度こたび如何いかなる理由で兵を向けたのだ? 同盟を破棄するおつもりか?」


 既に書状は読んでいたが、改めて確認を行う。


「こちらの方こそ問いたい。何故、トルナド都市長の娘、レガシー・カポネ嬢を拉致したのか?」

「何のことだかさっぱり分からないのだが?」


 レンスターは本当に分からないので素直に聞いてみることにした。

 おっさんの方でも調べるように動いているが、現在、首都アウレアはバルト王国軍とオゥル伯爵軍に占領されているため、すぐに状況が判明するとは限らない。


「しらばっくれると? アウレアを訪れていたレガシーが消息を絶った。定期的にトルナドに連絡を入れていたが、それが途絶えたのだ。そちらに心当たりがないと申されるのか?」

「アウレアにレガシー嬢が訪れていたことすら我々は知らない。それにそれが事実だとしても先に我が国に問い合わせるべきであろう。いきなり兵を差し向けるなど許される行為ではない」


 レンスター子爵は当然のことを言った。敵対国家ならまだしも、同盟国なのである。と言うか、敵国でもまず問い合わせるだろう。

 事実、レストリームからの使者は言葉に詰まっていた。レンスター子爵もここぞとばかりに畳み掛ける。


 本当のところは、レガシーの消息が絶ってすぐに彼女の父であるエル・カポネが心配するあまりにアウレアのせいだと決めつけて兵を挙げたのであった。彼は重度の子煩悩親バカであった。


「それにトルナド都市長の娘ならば、護衛などは付けていなかったのか? そもそも何をしにアウレアを訪れていたのだ?」

「別にやましいことなどない。彼女は単に観光でアウレアに滞在していたに過ぎない。これは彼女の個人的な旅行だ」


 レンスター子爵は呆れていた。

 国内の逆賊との連携で動いたのかと思いきや、単なる早とちりで出兵したようなのである。他にやりようはあっただろうと思うレンスター子爵であった。


「取り敢えず、こちらでも調査を開始している。兵を退いて結果を待たれるが良かろう」


 内乱状態の中で他国と戦争状態に入るのだけは避けねばならない。

 おっさんからもその辺りは十分に注意されていた。


「待つのは無理だ。こちらの調査団を受け入れて頂きたい」


 レンスター子爵の言葉に使者は、それができたら苦労しねぇよとでも言いたげである。実はエル・カポネは子煩悩親バカで有名であり、今回もトルナドと他の数都市が挙兵したに過ぎない。レストリーム都市国家連合に加盟している都市のほとんどが反対決議を出してエル・カポネを諌めたのだが、それを聞き入れずに独断専行しただけであった。


 レンスター子爵は調査する旨を伝えるが、使者は今にも泣き出しそうな表情だ。

 何の成果も得られずに帰ればエル・カポネに叱責……で済めばよいが厳罰に処されそうで必死なのである。


「貴国も我が国の現在の状況を把握しておられるだろう? レガシー嬢はそれに撒き込まれた可能性がある。同盟国と言えど、この状況で貴国の兵を入れられるとお思いか?」


 使者もですよねーと言った顔をしている。

 思えば彼も可哀そうな存在である。

 レンスター子爵は何とも言えない目で彼を見つめていた。


「はぁ……あ、いや……こ、後悔なさいますな!」


 使者は、そう捨てゼリフを吐くと陣から出ていった。

 明らかに憂鬱そうなセリフ仕事をやった感を出したようであった。


 それを見たレンスター子爵は大きく溜め息をついたのであった。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年7月2日

  ミタガラ台地


「申し上げます。ガラハド・ローレンス様がいらっしゃいました」


 睨み合いが始まってから1日。

 レンスターの本陣におっさんの要請を受けたローレンス子爵が訪れていた。


「何? 本人が直接来たのか?」

「はい。ご本人でした」

「そうか……お通ししろ」


 レンスター子爵は少し戸惑いながらも伝令に指示を出した。

 その顔は浮かない。


「おおう。レンスター卿。アルデ将軍閣下の命により加勢に参ったぞ」


 レンスター子爵の顔を見るなり大声でそう言ったのは、顔に深いしわを刻み、老練な雰囲気を醸し出している初老の男であった。

 レンスター子爵の家臣たちは顔を見るのも嫌なのか、皆、そっぽを向いている。


「これはこれはローレンス卿。有り難い。とても頼もしいですぞ」

「我が軍は一○○○。貴公の軍と合わせれば相手も迂闊には動けんだろう。ルナール川もあるでな」


 一見、仲が良さそうな2人であるが、領地が隣と言うこともあり、あまり良好な関係とは言えなかった。ガラハドがアウレア国内で唯一ホラリフェオに臣従していなかったため争うことが多かったのだ。ガラハドは自らの所領であるノーランドとレンスター領の境界にある土地の一部の領有権を主張していた。

 ホラリフェオが存命ならば誅伐ちゅうばつされていたかも知れないが、エストレア事変後にガラハドはおっさん支持をいち早く表明している。その土地は歴史的に見てもレンスター領なのだが、このままだと係争地となるのは間違いない。


「いやはや、ホラリフェオ陛下が亡くなったと聞いた時にはこの国の行く末に不安を抱いたものでしたが……。アルデ将軍がいてくれればこの国は安泰ですなぁ」


「(何をいけしゃあしゃあと……)そうですな。アルデ将軍がアウレアの将来を担うのは間違いない。できれば私も叛逆者討伐に参加したかったのですが……」


 ガラハドはエストレア事変のお陰で滅びの道を回避できたとも言える。

 彼としてはホラリフェオが死んだ上、国内での基盤を確固たるものにしたいであろう、おっさんについたことで自分の地盤も固めることになると踏んだのである。


「はっはっは! 叛逆者の未来など暗いものよ!」


「全くですな(お前も叛逆者だろうが)」


 言っていることと思っていることが180°違う。

 お互いに腹の中は正反対だ。


 なんにしろ、両軍はルナール川を挟んで動くに動けない状態に陥ったのであった。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年7月4日

  ヴェルダン


 ここはレストリーム都市国家連合の西に位置する蛮土と呼ばれる地域。


「インギス様、やはりレストリームとアウレアの間で何やらいざこざが起こっているようですぞ」


 草原に建てられた一際大きなグルカの中で1人の老臣が興奮した様子で男に言い寄っている。男はまだ若い。男の名はインギス。31歳で一族をまとめる棟梁と呼ばれる存在であった。


 ちなみにグルカは移動式の住居であり、遊牧民でもあるヴェルダンはそれを組み立てたり分解したりしながら季節によって居住地を変えて暮らしている。


「同盟国のはずだが、何かあったのか? 密偵は何と言っている?」

「トルナドを中心とした3都市が兵を出したらしいですぞ。国境沿いに兵を向かわせたとか」

「アウレアで事変があったんだろう? その援軍か何かじゃないのか?」

「いえ、それがトルナドの都市長が激怒しておりまして……連合議会にアウレア出兵を発議したとのことです」


 その情報にもインギスの顔に変化はない。

 ずっと神妙なままであった。


「ほう。そこまでしたのか……」

「棟梁! 兵を動かしやしょうぜ!」


 勢い込んでインギスに詰め寄るように進言したのは彼の義兄弟のジャムカである。

 吠えるようなその言葉にインギスは何やら考え込んでいた。


「いや、たった3都市でアウレアを攻めてもどうにもならんさ。いまはヴェルドの統一を優先する」


 ヴェルダンは対外的には国名と取られているが、ヴェルド地方の最大勢力であるヴェルダン族のことを指す。この地方は幾つもの部族がおり、勢力が乱立していた。


「しかし兄者ッ!」

「まぁ慌てるな。隙があればその喉笛に噛みついてやるさ」

「なら――」

「だが今回はその刻ではない。南のテスラートを潰し後顧の憂いを無くす!」


 その言葉にジャムカの表情が明るくなる。


「ひゃは……戦の時間だァァァ!」

「ジャムカ、お前には暴れてもらうぞ!」


 緑萌ゆる草原に蛮族共の喊声かんせいが木霊した。

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