第29話 アウレア平原の戦い・奇襲
■中央ゴレムス暦1582年6月28日 14時過ぎ
アウレア平原
土砂降りの雨の中、ぬかるんだ地面にアドの足が取られ少し速度を落とした一団がアウレア平原を疾走していた。
「くくく……まさか敵も昼間から奇襲を受けるとは考えていまい」
本当に凄まじい雨だ。
地面を叩いた水滴が泥水となって跳ねかえりアドの脚を汚す。
特に後ろを走る兵はモロにそれを浴びていた。
視界が利くのはせいぜい5~10mと言ったところだろう。
アドに乗った兵たちは前を行く兵の背中を追うように走っている。
「これで第1の戦功は俺の物だ」
オゥル伯爵にこの作戦を聞かされた時は、あなたは神かとその知略に舌を巻いたものである。
いつも暗いとか陰険とか狡猾とか、負の印象ばかりのオゥル伯爵に謀叛を起こすと直前に聞かされた時は付いていって良いものかと困惑したものであったが、これでアウレアの竜騎兵部隊を蹴散らせば、勝利を大きく引き寄せることができるだろう。
あわよくば、走竜を生け捕って竜騎兵を組織できるかも知れない。
都合の良い妄想に浸っていたノーザン将軍が視界不良の中、前方にぼんやりと灯りの様な物が見える。方向的に敵本陣だと判断した彼は、どうせ雨音でかき消されると思い、大声で叫んだ。
「くくく……目印まで用意してくれるとはな……全軍突撃だぁ!」
陣幕まで後わずかまで近づいたが、見張りすらいないように見える。
完全に油断しているようである。
ノーザン将軍は自身を先頭に、水を吸って垂れ下がるようになっている陣幕を薙ぎ払って本陣へと突入した。
「目印がない者は全員斬れ――」
唐突に訪れる浮遊感――
「!?」
ノーザン将軍は何が起こったか一瞬理解できなかった。
そう。彼は何もすることができずに陥穽にハマったのであった。
深さはそれほどでもないが、アドから投げ出されて強かに全身を打ってしまった。
「
そして更なる悲劇が彼を襲う。
次々と突入して来た兵士たちが悉く落ちてきたのだ。
穴の底に杭などが打たれていることがなくて良かったと思ったのも束の間であった。彼は後から後から落ちてくる仲間とアドに押し潰されて意識を失った。
―――
■中央ゴレムス暦1582年6月28日 18時
アウレア平原 ネフェリタス大公軍本陣
「オゥル卿よ。奇襲が失敗したそうではないか。どうするつもりだ」
仰々しい態度で柔らかいソファーにもたれかかるネフェリタスが一同を睥睨する。
床几が堅くて座り心地が悪いと言うので特別に手配したのである。
「周辺の豪族には圧力をかけておりますし、立場を鮮明にしていない貴族諸侯には書状を出しておりますが中々……」
「余がアウレア大公になった暁には相応の位を与えてやると言うておるのに……」
大公亡き今、ネフェリタスは最早自分が大公位を継いだかのように振る舞うようになっていた。
「不遜な輩ばかりですな!」
「本当に身のほどを知らぬ輩よ……」
「大義はこちらにあると言うのにのう」
周囲の貴族たちは必死になってネフェリタスに
オゥル伯爵は不遜なのはお前だよと思ったが、もちろん口になどしない。
「並行して傭兵を雇い入れておりますが」
「オゥル卿よ。間もなく敵に援軍があると言うが、戦いは数ではないだろう。天の
「はッ御意に。畏まってございます(この何もない平原でどう戦えと言うのだ)」
「ギュンター殿、バルト王国からは援軍は見込めぬのか?」
「伝令を出しておりますが、本国までは日数が掛かります
ギュンターは飄々とした態度を崩さない。
彼は
炎帝グラケーノの命令を受けて兵を率いてアウレア平原に赴いていた。
しかし到着してみればグラケーノは討ち死にしバルト王国軍は離散した後であったのだ。ギュンターがアウレア平原に来たのは偶然である。理由はグラケーノが念のために呼んだだけであって彼の代わりにやって来た訳ではない。
少しずつ戻って来た兵士がいるお陰で一応兵力は二○○○ほどにまで回復した。
当初の計算上はネフェリタス側に付く勢力の方が多かった。
事前に準備をした方が勝つ。
狡猾で慎重なオゥル伯爵が立てた計画である。
抜かりはないはずであった。
アウレアの柱であるサナディア伯爵家(アルデ)、ディーダバ伯爵家、ニワード子爵家はそれぞれヘリオン平原、ガーランド、バルト王国の山岳地帯の勢力と睨み合って身動きが取れない状態であった。
オゥル伯爵は3人が遠方にいて動けないこの
しかし描いた青写真のようにはならなかった。
全てはアルデ将軍のせいである。
「(くそッ……奴の予期せぬ帰還が全ての計画を狂わせたのだ……)」
実際オゥル伯爵は、事変後すぐにネフェリタスの大公継承の正当性を上げて味方に付くように働きかけた。行動を起こす前にあらかじめ書状をしたためておき、決行と同時にバラ撒いたのである。
しかしその直後にアルデ将軍の檄文が各地に飛んだのだ。
まさに青天の霹靂とはこのことだろう。
ちなみにレーベ侯爵はヘリオン平原にいるはずのアルデ将軍が、何故か計画前にカノッサスを訪れたことに驚き、日和見を決めたためオゥル伯爵に情報を流していなかったのである。
「密偵が後詰の姿を捉えております。その数二五○○。その後もアルデ将軍自らやって来ると思われますのでまだまだ増えるかと」
「こちらの陣容はどうなっておる?」
「はッ、陛下の直属軍が一五○○、バルト王国軍が二○○○、オゥル伯爵軍が一五○○、ルメイ子爵軍五○○、コザック男爵軍二○○……」
ネフェリタスの近習が各貴族諸侯や豪族、傭兵の兵力を読み上げていく。
これはまだ到着していない、するかも分からないものまで入っている。
全てはネフェリタスの機嫌を損ねないためであった。
「(くそがッ……テイン侯爵家が大人しく従っておれば全兵力を呼び寄せられるものを……)」
鬼哭関の守将を務めていたラムダーク・ド・テインを捕らえて人質としてテイン侯爵家を脅したのだが、彼らはそれを突っぱねたのである。
テイン侯爵領はオゥル伯爵領ネスタト、ヨハネス伯爵領の北に位置している。そのせいで牽制のため兵を割けないでいた。
ネフェリタスは沈黙しているオゥル伯爵に目を向けると威圧するように告げた。
「期待しておるぞ。公 爵。」
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