第36話 ネスタトの攻防
■中央ゴレムス暦1582年7月1日 18時頃
ネスタト イムカ・ア・オゥル
「温室育ちのクソッタレ貴族共に目に物を見せてやれッ!!」
城壁の上で獅子奮迅の働きを見せるのはイムカ・オゥル。
オゥル伯爵の女婿となった猛将であった。
先の戦争で大敗を喫し、有能な貴族諸侯やその子息が討ち死にしたことにより、それぞれのお家を継いだのは、将来を不安視していた長子以外の子息たちであった。
アウレアとその周辺諸国は長男が嫡男となり後を継ぎ、その他の子息たちは成人すれば自分で自分の道を切り拓かねばならなかった。大した相続もなく家から放り出されるのである。しかしホラリフェオの代になって養子制度や奉公制度が整備され、放逐に怯えていた子息たちは危機感を持つ必要がなくなったのだ。
ちなみに日本では大いに利のある制度であったが、それ以外の国ではあまり受け入れられないらしい。セーフティネットとしてメリットのある選択肢ではあるのだが。
イムカが城壁に梯子を掛けて上ってくる兵士を叩き斬る。
その迫力にビビった兵士が梯子から数名を巻き込んで滑落していく。
罵声を浴びせ掛けながら何とか城内へ侵入しようと斬り込んで来る敵兵。
「この裏切り者がぁぁぁぁ!」
「貴様ッ! 腑抜けが何を言ったッ!?」
負けじと言い返しながらイムカが吠える。
その形相は
イムカはとある貴族の四男であった。
生粋の変人として領内では有名で、兄たちはホラリフェオの治世の下、ぬくぬくとぬるま湯につかるように育っていったのに対し、彼は傭兵になるべくただひだすらに剣の腕を磨いた。
『貴族なれども、武勇忘れるべからず、豪傑であれ』
イムカは討ち死にした父の言葉を愚直に守って精進したのである。
現当主と後継ぎを失った家は次男が継ぎ、武門の家系であった家は腑抜けの家になってしまった。
イムカも養子に出されそうになったのだが、オゥル伯爵の目に留まり、その娘の婿として迎え入れられることとなったのである。
オゥル伯爵と交流を深める内に彼の心の内を知るようになったイムカはオゥルに傾倒してゆく。オゥルはオゥルでアウレアの未来を憂えていた。
ホラリフェオの政治は元列強国としての誇りを捨てたように見えたに違いない。
彼が貿易で銃火器を手に入れようとしていたことも秘匿されていたため知るはずもなかった。イムカからしてみれば、強大国家が商売国家に成り下がったと思ったのである。
「貴様らなんぞに落とせるものかッ! 大義は我らにありッ!」
何とか雪崩れ込もうとする兵士を叩き斬りながらイムカは吠えた。
―――
■中央ゴレムス暦1582年7月1日 19時過ぎ
ネスト山中
「閣下、もうひと踏ん張りです。もうすぐネスタトですぞ!」
怪我を負い、息も絶え絶えなオゥルを気遣ってか、側近の1人が努めて明るい声でそう告げた。
「ああ……ネスタトにはイムカがいる。簡単には落ちん」
「そうでしょうとも!」
ちょうど座り心地のよさそうな岩を見つけたオゥルが腰掛けると、側近たちも周囲を警戒しつつ、体を休め始めた。
「(まさか、敵兵があれほど多いとは……練度はそれほどでもなかったが……ホラリフェオにそこまでの人望があったのか? 第1公女のシルフィーナが? ……いや、やはりアルデ将軍か。幾つか強い部隊がいたのも奴の軍だろう)」
斬られた左腕がじわじわと痛む。血は何とか止まったものの痛みは治まる気配はなく、オゥルを苛んでいた。
「しかし、バルトも頼りにならんな。見誤ったわ」
舌打ちをしてそう吐き捨ててみるが、考えれば考えるほどアルデのことが脳裏を過る。バルト王国軍が弱かったのではなく、アルデ軍の方が強かったのか?とオゥルが思い始めた時、彼らに近づく幾つかの人影があった。
「へっへっへ……なーんか上等なのを見つけちまったぜ」
「あれは結構な身分だな……ついてるじゃねーか」
「おい。褒美は山分けだぞ?」
無遠慮に近づく人影は落ち武者狩りであった。
ネスタト近くの村から騒ぎを聞いて周囲を嗅ぎ回っていたのだ。
オゥルの側近たちは剣を抜いて、その進路を邪魔するかのように立ち塞がる。
その数、13名。
対する落ち武者狩りは10名ほどであった。
しかし、オゥル側で傷ついていない兵はいない。
「あッ! 誰かと思ったらオゥルじゃねーかッ!」
「あーん? オゥル~?」
「領主様だよ領主様!」
その男の言葉に少しだけ空気が弛緩する。
地元の領民ならば見逃してくれるかも知れないと思ったのである。
しかし、リーダー格の男から出た言葉は無慈悲なものであった。
「それは大物じゃねぇか。褒美をもらえる上に『裏切りのネスタト』の汚名を晴らせるってんなら俺たちが
「殺すのはマズくねぇか? 捕らえた方が――」
「ああ、でも死んじまったら何もならねぇだろ? 全力でかかろうや」
一旦緩みかけた雰囲気が一瞬で霧散する。
それぞれに得物を持った男たちはオゥルたちを囲むようにじわじわと間合いを詰めてくる。
「貴様らッ! ネスタトの領民が領主を
「ああ? 領主様が俺たちに何をしてくれたよ?」
「俺らの村は毎年干ばつに悩まされてきた……でも何もやってくれなかったじゃねーか! 俺らは税を納めるために普段の仕事で精一杯なんだよッ!」
「貴族なんて俺たちが税を納めねぇと何もできない癖に!」
オゥルは絶句して固まっていた。
この国のために強兵を推し進めようとしてきたつもりだった。
しかし、上を見るばかりで自分の足下を見ていなかったのだ。
この時、オゥルはようやく民あっての国であることを痛感した。
とは言え、自身が完全に間違っているとも思えなかった。
国あっての民でもあるのである。
「お前ら黙れ」
リーダー格の男――ガンゲイルの低い声が村人たちを黙らせる。
「俺はネスタトの騎士だった。やめちまったから分からねぇが、アンタにはアンタの理想や大義があったんだろう。だがな……1人で見る上の景色はどうだったよ?」
そう言い捨てるとガンゲイルはゆっくりと騎士剣を鞘から抜き放った。
それを見て、オゥルの側近たちも主君を護るべく、それぞれの得物を持って立ちはだかる。しかし奮い立たせてはいるものの士気は上がらない。皆ボロボロであった。
「閣下、ネスタトまでお逃げください。シーウェル、お前は閣下のお供をしろ」
「お前らッ! 油断しないで一斉に掛かれッ!」
それが合図となった。
双方がぶつかり、剣撃の音が鳴り響く中、オゥルはシーウェルに引きずられるようにしてその場から退場した。
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