第35話 アウレア平原の戦い・終局
■中央ゴレムス暦1582年7月1日 14時半
アウレア平原
戦場は最早大混乱に陥っていた。
ガイナスの急襲により側面を突かれたバルト王国軍の敗走をきっかけに、ネフェリタス軍の前線は崩壊し始める。
辛うじてオゥル伯爵軍が中央平原で孤軍奮闘していたが、シルフィーナ軍がここぞとばかりに潰走する味方を追撃していた。
「閣下! もう支えきれませんッ! 直ちに退却して下さいッ!」
「どこに退くと言うのだッ! もう兵はおらんぞッ!」
「ネスタトには僅かに残っておりますッ! そちらにッ!」
「籠城しろと言うのかッ!? 援軍などないのだぞッ!」
「バルト王国軍が――」
「貴様はあの国がこれ以上、軍を出すと思うのかッ!?」
オゥル伯爵が怒鳴りつけると、何も言い返せずに家臣は押し黙ってしまった。
その間にもオゥル伯爵軍は包囲されてゆく。
「くそッ……あの夢ばかり見て現実を直視しない
「閣下、むざむざ敵の手に掛かる必要はございません。バルトへ落ちのびて再起を図ってください」
忌々し気に近くに居た敵を叩き斬ったオゥル伯爵は、近づいて来たレノキア将軍に気付いてそちらに顔を向ける。
「レノキアか……。あいつらが敗軍の将を迎え入れると思うか? メリットなどないのだぞ」
「しかし大義名分に――」
「謀叛人に大義などないッ!」
クーデターに大義も何もない。
とは言え、今は世界中の国家が相争う戦国時代である。
現代日本の価値観が通用しようはずもない。
力なき者は蹂躙され、大切なものを護ることなどできない。
もしかしたら後世の歴史家たちは、現在足掻いている者たちをあざ笑うかも知れないが、所詮それは結果を知っているからそうできるに過ぎない。
「し、しかし……それではあまりにも……」
「覚悟をして臨んだがまさかアルデ将軍がこうも速く帰ってくるとは思わなかった。しかも大戦果のおまけ付きでな……」
「おのれ、サナディアの老害めが!」
「アルデ将軍ならこの国を何とかするかも知れんな」
「奴は
アルデ・ア・サナディアは質実剛健の人であった。
公明正大で謙虚だが、いざ戦場に立つと兵が震えあがるほどの猛将である。
融通が利かず、頑固な面がある、貴族の間ではそんな不名誉な評判が立っていたほどである。国家を率いていくよりも兵士を率いて戦場を駆ける方が似合っているし、実際性に会っていると思われていた。
「……そうだな。そんな御仁であったな」
「なれば」
「……死ぬ訳にはいかんな」
「はッ!」
レノキアはすぐにオゥル伯爵をアドに乗せると手でその尻を引っ叩いた。
こうしてオゥル伯爵は供廻りを護衛につけてアウレア平原から落ちのびていった。
「貴様ら!
レノキアが大喝で鼓舞すると、兵士たちが雄叫びを上げる。
そこへシルフィーナ軍が殺到した。
―――
■中央ゴレムス暦1582年7月1日 15時過ぎ
ネスタト
オゥル伯爵の女婿であるイムカが、アウレアス城からネスタトへと舞い戻って来ていた。アウレアで戦っている義父からの命令である。
落としたアウレアス城には僅かな兵しか残していない。
駐屯しているのはオゥル伯爵軍二○○とバルト王国軍三○○だけだ。
後は少しでも兵力を補填しようとしたネフェリタスがアウレア平原に呼び戻させたのである。
「伝令ッ! 伝令だッ! 通してくれッ!」
「騒々しいぞ! 何事だッ!?」
突然の大きな声と響く足音に、オゥル伯爵の執務室にいたイムカは部屋から出て怒鳴りつける。伝令は伝令でその迫力ある一喝を物ともせずに告げた。
「ア、アウレア平原の戦いにて我が軍は敗北ッ! オゥル伯爵閣下の行方は知れません。大公陛下もであります」
「何ィ! 1日だぞ? 1日で終わったと言うのかッ!?」
「はッ……兵力の差は如何ともし難く……」
「
「アウレア平原から脱したところで伏兵に遭い、散り散りになってしまったのです」
「付き従っていたのは
「さ、三○程度かと……」
イムカは天を仰いだ。
アウレア平原に展開していた以上の兵力が相手には存在する。
もしかするとアウレアス城も落城している可能性もある。
その時、また別の兵士が回廊を走ってくるのが目に映った。
どうやら良い報せではないようで、その顔には鬼気迫るものがあった。
「イムカ様、敵が……敵が進軍してきます。その数およそ三○○○……」
「さ、三○○○だと!? どこにそんな兵が隠れていたのだ?」
「軍旗を見るに様々な部隊の混成だと思われます……傭兵もいるかと……」
「
イムカは回廊を走り、アドへ飛び乗ると城壁の方へと駆け出した。
彼の心中は「信じられない」と「信じたくない」と言う複雑な感情でかき乱されていた。
―――
■中央ゴレムス暦1582年7月1日 17時
ネスタトへの道中
「しぶといヤツだな。オゥル伯爵は。ってか包囲網敷いたのに穴開いてんじゃーん」
おっさんはアウレア平原の戦いは数の差で必ず勝つと確信していたので、退路に全て伏兵を配していたのだ。そう全て。完全にだ。
おっさんの頭には窮鼠猫を噛むと言う言葉はない。
今回に限ってだが。
「はッ……返す言葉もございません」
殊勝な態度を示すドーガに、ガイナスがニヤニヤとしながらアドで近づくと肩をポンポンと叩く。
「おいおい。いつもは用意周到なドーガさんが大チョンボだなオイ」
「……テメェは調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「八つ当たりは止めてくれよ。俺ぁ、バルト王国軍を蹴散らしたし敵将のヘリオン
「それを言うなら俺も緒戦で撃破したし、何ならグラケーノを討ち取ったっつーの」
「
それを言われると弱いのかドーガはぐぬぬと
「ところで聞きたいんだが、なんであの時、森林側からバルト王国軍を襲ったんだ?」
「え? 閣下の声が聞こえたからですが……あれは閣下ではなかったので?」
ドーガの声が段々小さくなっていく。
ガイナスに聞こえないように配慮したのだ。
「ええ……もしかして何か聞こえてたのか?」
「はい。ガイナスに森から回り込んでバルト王国軍を急襲させろと……。良く分からないのでこちらからも話し掛けたんですが、閣下から返事がないので……ならばと決行したまでであります」
「(おお……通信手段になんのか!? でも一方通行と言うことか。便利なような不便なような……。対象は能力を与えた者のみか? うーん。分からん。今後の検証に期待だな)」
気が付くとガイナスがこちらを見て何か言いたげな顔をしていたので、おっさんは慌てて話を逸らした。
「それにしても主要人物が全員見つかってないのよ」
「悪運は
「戦ではアウレア家臣団が一丸となって戦ったことを示した。後の美味しいところは俺たちが頂かなきゃな」
恐らく普通に考えれば、男子の後継ぎ不在であるアウレア大公国はシルフィーナ第1公女が大公になるだろう。仮にだろうが。
何故なら、今国外に第3公子のホーネットがいるからだ。
大公家のお家事情はしっかりと把握済みなおっさんである。
もちろん、予習相手は
そうなれば必ず家中は割れる。
その時、大きくおっさんの立場、ひいては人生を左右するのは発言力なのである。
おっさん的には混乱に乗じて主家を乗っ取るか、半独立状態へ持っていければ良いと考えている。
何の因果か、異世界の戦国時代にやって来たのだ。
おっさんは何かの運命の様な物を感じ取っていた。
この世界に来た意味は必ずあるはずだと、おっさんは確信しつつもそっと呟いた。
「ふ……意味を持たせたいだけなのかもな」
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