第10話 おっさん、盗賊のアジトを潰す

 ■中央ゴレムス暦1582年6月13日 盗賊のアジト


 盗賊からアジトの場所を聞き出したおっさんは、兵を分けることにした。

 ノックスはまだまだ追いつかないので、もちろん数には入っていない。


 ドーガと兵士およそ一○○だけを村に残し、アジトにはおっさんとガイナスが行くこととなった。部隊を3つに分け、おっさんが二○○、ガイナスと部隊長が一○○ずつの兵を率いることにして【戦法タクティクス】の検証も行う予定だ。とは言っても盗賊の残存兵力は五○程度だと言うので勝負は鎧袖一触であろう。

 ガイナスがそこのところを突っ込んで来たので、基本は鏖殺おうさつだが、降伏する者がいれば受け入れることに決めた。おっさんとしては鬼畜な盗賊なんぞ能力の検証のために使い潰しても良かったのだが、体裁を取り繕っただけである。


 アジトは村から左程離れていない森林の奥にあった。大地が隆起してできたらしい丘に洞窟を掘って生活の場にしていたようだ。


「よくもまぁ、こんな場所にあれだけの人数が隠れていたもんだな」


 おっさんは若干の呆れが交じった声でボソリと呟くと半透明ボードを出現させる。

 戦法を見てどうしようか考える。昨日、使用した【戦法タクティクス】の色が元に戻っている。クールタイムはそれほど長い訳ではなくて少し安心したが、【戦法タクティクス】のレベルが上がるにつれて長くなる可能性もあるので要検証だろう。


「(あれ? アイコン付いてるぞ。これは……兵種か? アドみたいなマークと全兵? 騎兵は《赤備突撃(参)》だな。全兵種に効果がありそうなのは《軍神の加護(肆)》と《車懸りの陣(弐)》か。車懸りは騎兵のみかと思ったが違うんだな。《猛将の神髄(参)》は個人のみか。そりゃ【個技ファンタジスタ】なんだし当然だわな)」


 取り敢えずやってみようの精神だ。

 おっさんは自部隊の全員を走竜から降ろす。

 そして発動。


《赤備突撃(参)》


 さてさてどうなると思っていたら何も変化はない。ここまでは予想通り。

 今のおっさんの部隊は歩兵扱いのはずなので、騎兵種の戦法である《赤備突撃(参)》が適用されることはないだろう。

 そんなことを考えつつボードを見ると、戦法が使用済みになっていない。


「あーそもそも歩兵だから使えないって感じなんか」


 すぐにおっさんは、再度騎乗するよう命令した。

 何も変化は見られない。これも予想通りである。


「次は《猛将の神髄(参)》なんだけど使用できないのかな……?」


 ぶつぶつと独り言を呟いているおっさんに、ガイナスは何故か可哀そうな者を見るような慈悲深い目をしていた。もしかして憐れんでる?

 もしかすると仕官は早まったとか考えていそうである。


「まぁいいや。説明書きとか付けてくれんかな? んーでもゲーム的に考えるとやっぱアレかなぁ。多分だけどパッシブなのかもな」


 つまり、常時発動型ではないかと言うことだ。

 こっちに来てからおっさんは強力ごうりきを得た。

 十分に考えられる。

 現代日本人に猛将ってのは無理よりの無理ですよね。


「後はっと……」


《車懸りの陣(弐)》


 戦法を発動すると、全部隊が光輝いた。

 村での戦闘とは違い、オレンジ色と青色が交互に体を包んでいる。

 《軍神の加護(肆)》は金色だった。

 色の違いに意味があることは確実だろう。

 おっさん的には《軍神の加護(肆)》の方が強力な【戦法タクティクス】のように思える。


 そしてもう1度。これの発動だ。


《赤備突撃(参)》


 ちなみに、今回は他の部隊に【戦法タクティクス】が使えるか試してみたのだが、無理なようである。ガイナスの部隊を対象にしようと働きかけたが、効果が出たのはおっさんの部隊のみであった。


「んー残念。俺が【戦法タクティクス】使わなくても各自で強化できれば助かるんだけどねぇ。ま、こんなモンか。よし。全軍、突撃。さっさと分捕って帰るぞ~!」


 ガイナスの顔には盗賊討伐が目的じゃねぇのかよと書いてあるが、おっさんはその程度ではへこたれないのだ。


 その後、見張りを雑に弓で仕留めた後、ワラワラと湧いてきた盗賊たちを殺戮し、溜め込んでいたお宝を分捕って、おっさんたちは帰路についたのであった。




 ―――




 ■中央ゴレムス暦1582年6月14日 彼誰時かわたれどき 鬼哭関きこくかん


 朝靄あさもやで視界が利かない大河を巨大な影がゆく。

 見張りの任務についていたアウレア兵が寝惚けまなこをこすりながら、圧倒的な水量を誇る大河の方を眺めていた。その兵士は見間違いかと思ったのか、よくよく目を凝らしてジッと何かを見つめている。そして異変に気が付いた。


「お、おい、敵だッ! すぐに知らせろッ! あれは……バルト王国軍だッ!」


 大河沿いだが、堅い地盤が隆起してできた場所に建てられたのが、この鉄壁の異名を持つ鬼哭関きこくかんである。

 川幅がおよそ10kmにも及ぶ大河は天然の堀となり、隘路あいろ天嶮てんけんを上手く利用して建設され、歴史上最強を謳われるアリンシア軍を率いた大将軍ソンナ・ノムリーナをして『1万の兵を置けばどんな大軍を持ってしても落とせない』とまで言わしめたほどの巨大要塞であった。


 流れに逆らって鬼哭関きこくかんに巨大船で攻め寄せて来たのは、バルト王国軍であった。もちろん大河に橋など掛かっているはずもない。双方から砲撃や弓が放たれ、戦端が開かれる。


「ふんッ……落とせるものかよ」


 鬼哭関きこくかんを護るのは天騎士パラディンのラムダーク・ド・テイン。

 その顔に焦燥の色はない。現在、駐屯している兵力は一○○○しかいないが、ラムダークのみならず全兵が自信に満ち溢れた表情をしていた。


「敵は三○○○から四○○○と言ったところか。落としたいなら10万は連れてこい」


 鉄壁を誇る断崖絶壁の上では、ラムダークが余裕の笑みを浮かべていた。

 眼下には接岸、接壁して梯子を掛けようとするバルト王国兵の姿が見えるが、皆、真上から落とされる石や油を喰らってまともな動きが出来ていない。


「閣下ッ! ネスタトから援軍が参りました」

「……? 援軍だと……?」

「オゥル伯爵自らお出でです」

「伯爵が? 何故だ。おかしいぞ……」


 ラムダークが腕組みをして何やら考え込む素振りを見せる。

 バルト王国軍の襲来。

 先触れもなく訪れた、ネスタト領主のオゥル伯爵。


 唐突に過ぎる。


「取り敢えず使者と会おう。貴様、バルトの野蛮人共に痛い目を見せてやれ」


 ラムダークは近くの部隊長にそう申し付けると、階段を駆け下りていった。


※※※


 大河とは反対側の防御壁上へとやってきたラムダークは、眼下に整然と並ぶ兵士たちと、それを率いる豪奢な衣装に身を包んだ男――オゥル伯爵に目をやった。


「(はッ……拝金主義者が援軍だと? 不自然なんだよ)」

「我々はネスタト軍だ。バルト王国からの侵攻があると聞いて援軍に駆けつけた」


 ラムダークの姿を認めたのか、オゥル伯爵が大音声で用件を告げた。

 しかしラムダークは彼を信用していなかった。


「そんな報告は聞いていない。先触れもなしにいきなり来られても困る」

「それは申し訳ないことだが、何せ急報だったのでな」

「では、貴君の独断と言うことか?」

「いや、アウレアからの命令だ。バルト王国に放っていた密偵から情報が上がってきたと言うことである。直ちに開門を要請する」


 ラムダークは思わず溜め息をついた。言っていることが滅茶苦茶である。先触れを送らないこと自体おかしいのに、アウレア本国からの使者が鬼哭関きこくかんには来ず、ネスタトだけに派遣されたのは不自然なのだ。


「書状を見せよ。大公璽たいこうじを改めさせて頂く」

「見せるために開門せよと言っている」

「梯子を降ろす。書状を持たせて上がらせろ。1人だけだ」

「これは勅令である。直ちに開門せよ」


 とことん上から目線で命令するオゥル伯爵。

 その態度も言葉も高圧的だ。

 そもそもわずかな領地しか持たない若年貴族とは言え、ラムダークは侯爵家当主なのである。伯爵如きが取って良い態度ではない。


「現在、我が軍はバルト王国軍と交戦中だ。不審な軍など入れるはずがなかろう」

「不審だとッ!? 私を愚弄するかッ!」

「貴君は疑われて当然のことをしている。正義は我にありッ!」

「無礼であるぞッ! 大公陛下には貴殿に叛意ありとお伝えする」


 あまりにも舐めきった発言に挑発だと思っていても、声を荒げてしまう。


「ふざけたことを抜かすなッ! こちらも本国に使者を送らせてもらう。貴君はここをどこだと思っている? 鬼哭関きこくかんだ。アウレア最後の要害なんだぞッ! 注意してもし過ぎることはない。正式な手順を踏まなかった自分の浅はかさを恨むんだな」

「若造が……。皆の者ッ敵はラムダーク・ド・テインッ! えある大公国に対して弓を引く謀叛人に正義の鉄槌を下すのだッ! 全軍、かかれッ!」


 オゥル伯爵の言葉を引き金に、ネスタト兵が防御門と防御壁に殺到し、防御壁上に矢の雨が降り注ぐ。更に響く轟音。鉄砲による砲撃だ。

 最早、隠す気もないのか破城槌はじょうついまで近づいて来る。

 流石に両側から同時に攻められる想定はしていなかった上、兵力自体が少ないのだ。込み上げる怒りと悔しさでラムダークは唇を噛んだ。


「奴ら、正気か!? おい、三、いや二○○ほど連れて来いッ」


 鬼哭関きこくかんにラムダークの大音声が響き渡った。

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