第100話帝国へ(帝国に到着8)

「成程、ね」

とても重く感じる、一呼吸をした。

「紙で知るスティング嬢の行動がやっと理解出来たわ。大丈夫、この話はレグリオにも、誰にも言いません。それなら、確かめて来なさい」

急に雰囲気が変わった。

まるで悪魔のような妖艶な微笑で、すっと左手を上げた。

「スティング嬢のその望みがどれだけ、大きく計り知れぬものか、その結果を己の目で見てきなさい。貴方の存在は、貴方の思う程に帝国に、小さくはない」

ぞっとする程、甘く小さな声で喋り終わると、ターニャが側に来た。

「フィーとカレンは?」

「お待ちでございます」

「では、スティング嬢と共に、月夜の間に行きなさい」

「月夜の間・・・でございますか・・・!?」

ターニャが驚いた顔で、言葉を濁した。

「2度、言わせる気ですか?」

「いいえ!申し訳ありません。では、公女様こちらでございます」

「え、ええ」

皇后陛下は、既に背を向け離れた場所にいるフィーとカレンの方に歩いて行き何か話をすると去っていった。

「スティング!」

「スティング!」

2人が真っ青な顔で近づき私のを呼ぶその言い方が、尋常ではないとわかった。

「行きましょう」

ターニャが目配せし、歩き出し、その後ろから私達は急いでついて行った。私達の周りの警護には、フィーとカレン専用の人達ばかりだった。つまり、表に出せない内容なのだ。

ドレスの裾が足に絡みつき邪魔で、よろけた。

ターニャに追いつけない訳では無いが、もっと早く走れば早く辿りつけるはずなのに、目の前がぐるぐると渦を巻くようにおぼつかない。

スティング嬢の望みがどれだけ計り知れぬものか

ドクン。

己の目で見てきなさい。

ドクン。

何を確認させる気なのだろう!?

いや、私の存在が帝国に小さくない?

激しい動機に身体がついて行かない。足がもつれそうになる度に靴を脱ぎ走りたかった。

月夜の間行けば全てが分かる。それなら早くその部屋へ行きたかった。

庭から宮殿に入り奥へと向かう。すれ違う人達が変わっていくのがわかった。

召使いが減り、兵士が増えた。

宮殿が広大なのは分かってはいるがそれでも、かなり奥へと来たのだから、当然だが、空気が冷たかった。

人気がない、と言うよりも人往来がない、寒い感じだった。

「月夜の間、と言うのはどんな部屋なの?」

もう、大丈夫だろうと思って聞くと、前を行くターニャが一瞬速度を落とし、顔は見えなかったがいい顔はしていないだろう、とわかった。それに、右にフィー、左にカレン、その2人も、暗い顔になった。

「月夜の間、と言っても幾つか部屋があるの。表に出せない貴賓や客人と会ったり、珍しい品物を見たり・・・」

何故かカレンが答え、言いにくそうに言葉を切った。

「死体の確認や、尋問する事もあります、まさに月夜に隠された間ですよ」

ターニャが冷たく言った。

呼吸が止まったが、やはり、という現実を受け入れれる自分がいた。

「クルリとリューナイトが見つかった、と言う事?」

生きているのか、と言う質問はしない。

愚問だわ。

「恐らくそうでしょう。捜索の方は公女様のご命令通り、少数人数でしたので、これだけ早く結果が出るという事はそういう事でしょう。ですが、本当にお2人とは限りません。公女様が関わっているからお2人と思っていますが、もしかしたらセクト王国よりの使者かもしれません」

言われて見ればそうかもしれない。

私の策が流布し、何か取り引きしたくて来たかもしれない。皇后陛下の言葉の意味も、それならそれで合う。

「ともかく私に関係している事は確かね。それなら、いい話ではないでしょうね。心配しないで、フィー、カレン、ターニャ」

カツカツと皆の靴の音が異様に響く廊下で、声も響く。

「いつものように私は落ち込んで、1人で抱え込んで、悪いことばかり考える。その私をここまで動かしたのは、紛れもなくフィーとカレンよ」

そう。

落ち込むなんて私の十八番。

全てを自分のせいのして、

誰の言葉も信じなくて、

この世は私の味方なんていない。

そう、

追い込んでいた。

でも、

カレンの元気でクルクル変わる素直な感情に私の感情が芽を出した。

フィーの真っ直ぐで私を心配し、想ってくれる感情に本当の愛を感じた。

だから、

前を向ける。

まあ、ターニャとザンは2人のおまけみたいな感じで私を気遣ってくれるけれど、そのおまけが、私にとってどれだけ励まされていか知らないだろうけど、とても前を向かせてくれている。

「皆で私を励ましてくれるでしょ?」

「勿論よ、任せといてよ!」

ハッキリ言うカレンの言葉に唇が動く。

うん。カレンのその元気の良さが大好きよ。

「当たり前だ!ずっと側にいてやるよ!」

感情有り有りのフィーの言葉に頬が固まった。

う、うん?フィー、それは少し恥ずかしいかも。

「図太くなりましたね。また、そんな悪女のような笑いをするのも辞めて欲しいですよ」

褒め言葉ね、ターニャ。

だって、自分の覚悟が甘かったからこんな状況になってやっと気付いたんだもの。

馬鹿よね。

あんなに必死に考えて動いて、全部上手くいく気がした。全部望みのまま叶うと思っていた。

それが、綺麗に崩れ、大切な人達がこぼれ落ちた。

分かっていた。

頭はでは、理解していた。

人間は、本当に都合よく物事を考える、という単純な生き物だと思い知らさせた。

「こういう時は皆に甘えないとね」

そう言わないと、自分が、潰れてしまう。

皆の顔が真顔になり、

歩きが止まった。

まるで、私達の思いを汲んでくれるかのように大きな扉の前に来た。

その扉の周りにだけ他の扉に比べ厳重に警備の兵がいた。

「お待ちしておりました」

声がすると、兵達は機敏な動きで離れ、誰も通さないように兵士の壁が出来た。

がっ、と取っ手を握った。

「待って、少し落ち着こうよ!!」

慌ててカレンが私の横に来て、肩に手を置いた。

私が一気に扉を開けようとするから、やけくそか意識朦朧としてるのでは、と思ったようで、笑いが出た。

「ありがとうカレン。私、落ち着いてるよ」

ここまで来て足がすくんだり、躊躇したり、泣いたりしない。

逆に、もし2人を見つけてくれているなら、有難いと思っている。誰だが分からない黒幕に片付けられるより、家族の元に返してあげれる。

幾らでも頭を下げる。

幾らでもお金を渡す。

幾らでも、ありがとう、と言う。

幾らでも、謝る。

それだけ有り難いと思っている。

それだけ、2人の存在は私にとって大きい。

「私が最後まで、カタをつけなきゃいけないのよ」

ぐっと、扉を動かした。

それが、巻き込んだ責任だ。

「スティング、俺は何時でもそばにいるから」

だから、フィーそれは恥ずかしってば。

ゆっくりと扉を引いた。

こんな時にふと思った。

もっと、クルリの作った服を着てあげれば良かったな。大好きなビビの真似をしてあげれば良かった。

もっと、リューナイトのリューナイトの・・・あれ?そう言えばリューナイトから特に私に対する要望はなかった。

こんな事なら、リューナイトの好きな事を聞いておくべきだったわ。

リューナイトは真面目過ぎて、私によく似ていた。

今更ながら、後悔する。

リューナイト、貴方の変わりに家族の願い叶えて上げるわ。

ギギ、と音と共に扉を開き、一気に扉を開けた。

そこには、

「お嬢様!!」

「お嬢様!!」

クルリとリューナイトが泣くのを我慢した顔で、私の名を呼んだ。

ゆ・・・め・・・?

バン、と扉が閉まる音がした瞬間、夢じゃないと思った。

その横に見知った姿があったからだ。

「どうですか!俺、すげーでしょ!!」

2人の隣に立つコリュ様が、得意気に満面の微笑みで声を出した。

「な、何であんたがいるのよ!」

驚いたカレンの言葉に、少し落ち着けた。

「そ、そうよ、何でコリュ様がいるの!?どうやってきたの!?」

「お前、何やったんだ!?」フィー。

「誰ですか、この方は?」ターニャ。

「お嬢様!!」

「お嬢様!!」

クルリとリューナイトが我慢できず駆け寄り泣きながら抱きついた。

夢じゃない。

クルリとリューナイトの何度も耳に響く、

お嬢様、

と言う声、

私を強く抱きしめるこの温もり、

これは、

絶対に夢じゃない!と確信した。

「・・・良かった・・・」

それだけを言うのが精一杯だった。

だって、涙がどんどん出てきて、初めてこんなに泣いたと思うくらい、泣いて、言葉なんて出せない。

本当に良かった。

もう2度会えないと思っていたのに、2人がここにいる。

湧き上がる想いと比例するように涙が溢れ、言葉を嗚咽に変えていく。

3人で抱き合ってもう何も考えれないくらいに、

わんわん泣いて、泣いて、

やっと落ち着いた時、気づいた。

フィーが凄く泣いていた。

それをカレンが、冷ややかに見ながら、

男のくせに泣くなよ!

とか、

そんなのでお父様の跡を継げるの!?

とか、

ああ!!イライラする!!せっかくの感動シーンなのにあんた邪魔!!

とか。

うるさい!!お前のこそ何でここで泣かないんだ!!冷血女!!

と反論し、姉弟喧嘩していたのだ。

そんな2人を私達は顔を見合せて、笑った。

ふふっ、とリューナイトが珍しく笑う姿に、私もクルリも涙を拭きながら笑った。

2人の喧嘩が現実味を帯び、2人が生きているのだ、と確信を味わせてくれた。

それは、私だけでなくクルリとリューナイトも同じようで、カレンとフィーの様子を生き生きと見つめていた。

「場所を移動しましょう」

ザンがいつの間にかいて、いつものように無表情だが、とても穏やかな顔をしていた。

「お、お前!途中で何処かに消えたと思ったら何してるのよ!!」

ああ、ここも姉弟喧嘩が始まりそうだわ。

と肩を竦めていたら、クルリが声を出した。

「それ、後にして貰えませんか!見て下さいお嬢様様の酷い顔!」

あなたもよ、クルリ。

と言うか、私の名を出すはやめてよ。ほら、皆見たじゃない。今、私の顔関係ない。

「このような、泣き腫らした顔を見せるなど有り得ません!!ああ!!カレン様もですよ。泣いていませんが化粧が崩れています!!」

カレンの方をみて、フィーを見た。

「あれ、フィー様の方が、酷いですね?何か、逆じゃないですか?」

苦笑いしながら、そんな事を平気で言うから、ザンとターニャが睨んできた。

クルリお願い、もう少し空気よんでよ。

それがクルリなのだけれどね。

「クルリ」

「は、はい!!」

「少し黙りなさい。ザン、部屋を移るのでしょう。案内しなさい。そこで化粧直ししましょう」

「は、はい!」

何故かザんは酷く顔を強ばらせ返事をした。

「いつものお嬢様です!怖いですねぇ」

「はい、いつものお嬢様です」

「確かに、いつものスティングが戻ったわ」

「スティングの言う通りにするよ」

「公女様が戻りましたね」

「さあ、公女様ご案内致します」

皆が嬉しそうに言いながらも、何故か私から少しづつ離れていった。

どういう意味よ!

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