第94話帝国へ(フィアット家)9
「ターニャ!」
名を呼ぶと、離れた場所ながらも急いでそばに来てくれた。
「はい、公爵令嬢」
「帰るわ。もう、ここには用は無い!」
あえて大きな声でいい、必死に消火作業や片付けをしている人達を睨みながら歩いた。
背後から、嫌悪感に満ちた私への悪口雑言が聞こえた。
当然だろう。
ヴェンツェル公爵家の為に働いてくれているのに、労いもなく、怒鳴り散らして終わり、なんて、憤る気持ちになる。
「公爵令嬢、本気、ですか?」
不穏な空気に、ターニャは戸惑いながらも、ついてきた。
「私はこの国では、非道な令嬢なの」
これでいいのよ。
「だから、あえて先程のような罵倒を浴びせていたのですね。いやあ、驚く程似合ってましたよね。私だけでなく、特に自国の者達が、最低女だ、と吐き捨ててました」
ああ、と得心を得たように楽しそうに笑いだした。
「いちいち教えなくていいから」
「しかし、落ち込んだ時の、私はこの世の不幸を背負った令嬢です、と言わんばかり顔で、人のお情けを乞うような顔するくせに」
かいちいち教えてなくていいから」
そ、そんな顔してるの?
「今のように、鬼の様な非常な顔と声で威圧を掛けてくるなんて、いやあ、敵にしてはいけませんね。それで、これからどうされるのですか?」
なんだが、面白がるように言われた。
「何も」
「何も?」
「そう、何もしないわ。クルリとリューナイトは捜索は打ち切って貰う。こちらで見つけ、帝国へと一緒に向かった、と噂を流すようにに頼んだわ」
「公爵令嬢! ?」
一気に表情が凍り、逼迫した声を出した。
「申し訳ありませんが、今のお言葉は、まるで本気で捜索を打ち切ったように聞こえました!」
「本気よ。捜索は終了よ」
「馬鹿な!貴方様の大切な召使い達でしょう!その為に我々はここに来たのではありませんか!?」
「静かにしなさい、ターニャ」
顔を青ざめながらも、納得いかないとギリッと睨んできた。
「落ち着きなさい。2人が、私の代わりに連れ去られたのは聞いたでしょう?捜索すればする程、こちらの手駒が誰だか顔が割れていく。それは是が非でも避けたい。それに、捜索をして見つかるような愚かな連中ではないでしょうね。それならば、クルリとリューナイトはこちら側で保護したと流し、捜索を打ちきればどうなる?」
「偽物だと思い、直ぐに殺されます」
「どうかしら?」
すい、とターニャを見つめた。
「私ならそうしないわ。元々馬車に乗っていたのは私の身代わり。その時点から、全てが狂っている。では、捕えた2人は本当に、クリンとリューナイトか?偽物なのか、本物なのか?では、誰がそれを確認できる?誰も出来ないわ。でも、確認したいでしょうね。本物なら、餌として使える」
「そこを、狙って捕まえるのですね」
「そうよ。綻びは必ず出てくる。それに、生きて帰ってくる確率は少ないわ。私でなければ、用は無いでしょうから、違う手を使ってくるはず。それならば、死体から証拠を探すわ」
「非情になるのは結構です。情はスティング様の言うように、綻びを生んでしまいます。しかし、貴方様がどこまで冷酷になすか?」
ターニャの見透かすような言葉と表情から逃げるように顔を背けた。
ギリギリと胸が痛み、狂いそうだった。
そうしなければ前に進めないのよ!
自分の気持ちが1番弱いのは、私が知っている!現実逃避をしたいのをどれだけ我慢しているかわかる!?
でも、できないのも分かっていた。
そうした所で、2人は戻ってこない。
それなら、前に進むしかない。
掴んだ情報が、2人の犠牲の上に成り立つなら、
無駄にできない!
「何を言っているの。現実を見ているだけよ。さあ、フィーのカレンの所へ案内して。それと、ザンにも言っておいて。外では、私の事を公爵令嬢と呼ぶように、と」
「御意」
一瞬足をとめ、綺麗に頭を下げると、すぐに私の前を歩き出した。
顎を上げ、睨みながら歩いた。
襲われたヴェンツェル公爵家の馬車の後を片付けしてくれている人々から、嫌悪感を感じる目線と、聞こえるように悪口が耳に入る。
何故か笑いが出た。
悪女、か。
優しい言葉をかけられ、ぬるま湯に浸かるよりも、棘の道を歩く方がずっと私を気高く、冷酷にしてくれる。
「何をしている!!ヴェンツェル公爵令嬢である私が通るのよ、さっさと前を開けなさい!!ターニャ、汚い人間達を退かせなさい!!」
あまり広くない道を、バケツを持つもの、燃えた木々を拾う者達が、怒りの目を向けた。
「誰のためにやっている思っているんだ!」
溜まりかねて男が怒鳴ってきたのを、ターニャが溝打ちに1発殴った。
余計に空気が悪くなった。
「誰にものを言っているか、分かっているの?お前達が、ヴェンツェル公爵家の為に動いて当たり前だろうでしょう!無駄口を叩く前にさっさと動きなさい。ターニャ、早く馬を寄越しなさい!こんな汚らしい場所から早く出たいわ!」
「申し訳ございません、公爵令嬢。前を開けろ!!」
ターニャの言葉に帝国騎士が動き出し、作業をしている人達を羽交い締めにしながら脇に寄せ、前を開けた。
悪口雑言の花道をぬけながら、私は悠々と歩いて行った。
ターニャは、無表情のまま私の背後からついて歩いてきてくれた。
馬に乗るのすぐ様その場を離れ、近くの水飲み場の休憩で、ターニャは 詰め寄ってきた。
「あそこまでする必要があるのですか!?」
「あるわ。敵を欺くにはまず味方から、と言うでしょう。私の味方は、本当に数少ない。それに、救助作業をしている人達は、ヴェンツェル公爵家の者達ではなかったは。勿論何人かはヴェンツェル公爵家騎士がいたけれど、その者達はちゃんと分かっている顔をしていたわ」
リューナイトが説明しているのだろう。私を見る眼差しが、覚悟を決めていた。
いや、むしろ私よりも辛い気持ちでいる筈だ。目の前で、クルリとリューナイト連れ去られたのだ。心中穏やかでは無いだろうし、私に合わせる顔もなかっだろう。
「いいのよ、これで。ところで、フィーとカレンは何処で待ってるんだろうね。疲れたから、ゆっくり休みたいんだけど、宿とか取れてるのかなぁ。ねえ、どう思う?」
うーんと背伸びしながら聞くと、
え!?
と、何故か微妙な顔をし、まあまあ、の所ですよ、と変な事を言った?
どういう意味?
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