第92話帝国へ(フィアット家)7

地獄絵図だった。

辿り着く前に、焦げた臭いが鼻をかすった時、

それが現実なのだ、受け入れろ、

と心に叩きつけているのに、

人は、

認めたくない現実には、

背ける傾向がある。

違う。

これはどこで野焼きしているのよ。

違う。

これは馬車が燃えているのよ。

葛藤する想いに揺らぎ、結局己の目で確認した時、

やっと、

現実を受けいられる。

それは、

とても辛い現実だった。

豪華で大きかったヴェンツェル公爵家の馬車は見る影がない程崩れ落ち、真っ黒になっていた。

原型を留めて居ない状態から、激しく燃えたのだろう。

まだ、燻っている煙と赤い火に、自国の兵士や近くにいた民が幾度も水をかけていた。

「もう少しだ!」

その掛け声に応えるように、バケツリレーは繰り返され鎮火に力を注いでいた。

加勢するように帝国騎士団は共に動いてくれた。

聞く所によると大きな怪我を負った者はおらず、皆は1番近い療養所や、貴族の家で治療を受けているとの事だった。

つまり、私が乗っている馬車だけが狙われたんだ。

黒焦げになった馬車を見て、怒りが込み上げてきた。

「公爵令嬢に会いたい、と言われる者がいます」

ターニャが声を掛けてきた。

「私に?私の事を何て呼んでいるの?」

「スティング様、と」

「会うわ」

「?・・・呼び方が気になるのですか?」

「ええ。私の呼び方を、私が決めたの」

どうやって?と不思議そうなターニャの顔に、少し落ち着いてきた。

「案内して」

にっこりと微笑むと、ターニャは安心したように頷き、案内してくれた。

特にテントや休憩所として設けられた場所ではない。それでも、小さな机があり、本部的な指示をする明確な立場を示していた。

賢いわね。

何にしても、拠り所は大事だ。

そうでなければ人は勝手な判断を下し、正当な答えを掲げ、身勝手に動いてしまう。

でも、こうやって、判断を仰ぐ場を設けられれば、そこに縛られ報告を義務とされる。

そるに、情報も集まりやすい。

「これは、スティング様。お初にお目にかかります。ユングレー・テンビ、と申します」

稲妻が全身を走るように、震えた。

その方は、恭しくしく膝を付き見上げたその瞳の奥は、私に敬意を払っていた。

「・・・ターニャ、他の者も、少し席を外しなさい」

「御意」

背後で声とが聞こえ、ターニャの他の他の者も少しずつ離れていく気配がし、完全にいなくなるまで待った。

振り向くと誰もいないが、帝国騎士団が包囲を囲み、誰も入れないようにしてくれていた。

「皆はどうなったの!?詳しく教えて!!」

テンビ男爵様は、焦る私に何度も落ち着くようにいい、優しく状況を教えてくれた。

初めて会う、手駒だ。

テレリナ子爵様と歳は対して変わらいと聞いていたが、とても若く見え、優しい顔をしていた。

黒髪の桃色の瞳。

桃色か・・・

と、気になるところはあるが、ともかく、いいおじさんだ。そうして、テレリナ子爵様と同じように丁寧に説明してくれた。忘れていたが、テンビ男爵様は国境を含む場所に領地を持ち、国境を管轄する立場にあった。

テレリナ子爵様より、ヴェンツェル公爵家の馬車を見張れ、と連絡があり、国境もさることながら、近辺に見張りを置いてくれてたようだ。

そうして、ヴェンツェル公爵家の馬車がやってきて、事件は起きた。

火炎瓶と火矢を使い、あっという間の、馬車が炎上し手が出せない状況に戸惑う中、一気に襲われた。

それも森の中での襲撃に、飛び火を消しながらの消火作業上と、山賊は地形に詳しく、こちらが戸惑っている間に、馬車にいた女性2人を連れていかれた、という事だった。

クルリ・・・リューナイト!!

「直ぐに追いましたが、如何せん・・・あまりに動きが早く、けもの道を知り尽くしているようで・・・」

辛そうに、顔を歪め、頭を深深と下げた。

「申し訳ございません!自分の領地でありながら、それも敵の動きを知りながらの失態、謝罪も意味が無いのは知っております。捜索をしておりますが・・・まだ、足取りが掴めておりません。・・・申し訳ございません!!」

私よりもずっと歳上で、私よりもずっと背が高く大きいのに、

とても、小さく見えた。

「頭を上げてください。これ程までに被害が抑えられたのはテンビ男爵様のおかげでございます。ありがとうございます。聞くと、テンビ男爵家にて治療をして下さっている聞きました。本当に有り難く思っています。当主に変わり、お礼を言います。ありがとうございます」

心からそう思い、頭を下げた。

コリュ様の、

任せときな、はこれだったのだ。

私の動きを読んで、テンビ男爵様と一緒に動いてくれたおかげ被害が少なく済んだのだ。

「本当に感謝しています。あとは・・・馬車に乗っていた・・・2人の捜索をお願いします・・・たとえ・・・死体となっても・・・探して下さい!」

ぽたりと涙が落ちてきた。

2人の顔が浮かび、胸が痛くて、苦しくて、申し訳なかった。

「あ、頭を上げてください!当然捜索は続けます!!」

慌てた声で、私の肩に手を置いてきたが、頭を下げたまま首を振った。

「いいえ・・・私がお願いしている立場なのです。私が・・・私が皆様を巻き込んでいるのです・・・!!」

溢れる涙と、溢れる気持ちに抑えが効かなかった。

甘い気持ちで王妃派を潰す事を、始めた訳ではなかった。

本当に、この国の為を想い、何を犠牲にしても必ずやり遂げる!

確固たる意志を持ち必死に動いてきた。

でも、

何故私ではなかったの?

私が連れ去られば良かった!

どれ程の人を私は巻き込み、これからどれだけ同じように危険に晒していくのだろうか?

少数精鋭部隊。

聞こえはいいが、1人1人の肩に乗る責務は大きなり、重くなる。

それだけ危険と隣り合わせとなり、少しの油断が命取りになる。

これだけ護衛がいたら大丈夫だ、過信した結果が、これだ。

クルリと、リューナイトを巻き込んだ。

これから私を誘い出す為の道具となり、結局最後は殺される。

それなら辞めてしまったらいいのでは無いのだろうか?

そうしたら、もう犠牲は出ない。

私が諦めれば、2人は解放されるかもしれない。

そうだ。

もう誰も無くしたくない。

傷つけたくない。

「頭を上げてください!失礼致します!!」

ぐい、と肩を捕まれ身体を起こされた。

涙で目が痛くて、まともな顔では無い私の頬をご自

分のハンカチで無造作に拭った。

正直雑で痛かったが、痛みを感じると、感情が少し落ち着いてきた。

「いいですか、よく聞いてください。今回の襲撃のおかげで、大きな収穫がありました。犠牲は付き物だと分かっているはずです。ですが、確実な情報を得られた時、犠牲は無駄ではなく、必然となります」

私の心を突き動かすように、真摯な声で言ってきた。

「・・・2人の犠牲を払った代償を手に入れたの?」

「そうです。公爵様の馬車が通る前に何台も馬車が通りました。いつもなら見かけない台数です。そして、共通点があった」

「共通点?」

「はい。馬車の下の部分に、桃色蛍光塗料が塗られてました」

桃色!

「テレリナ子爵殿より普段より目を光らせてくれ、と文を貰いました。召使いや、国境近くを護る兵たちには、最近盗賊が増えているから、と言い蛍光塗料が分かる光を持たせました。大切な荷物には蛍光塗料を塗り、それを盗賊が盗んだ時と、証拠が残るようにしているのです。昼間だから分かりずらかったですが、確かに同じ色の塗料が塗られてました」

がしっ、と私の両腕をテンビ男爵様は強く掴み、睨んできた。

「これからでございます!我々は権力に屈してスティング様の手駒になった訳ではありません!この国を変えてくれる方だと、信じたからこそ、ここにいるのです。さあ!宜しいですか!?我々は王妃派からかなり痛手を蒙り、そのせいで幾つもの犠牲を払ってまいりました!それを、それを貴方様が変えてくれると信じテレリナ子爵の船に乗ったのです!!」

・・・私に風は吹いている。

こんなにも私の事を前に向かせてくれる人が、集まってくれている。

こんなにも、私を、助けてくれる。

自分の弱さと、落ち込む性格に本当に嫌だ。いつも考えすぎて、空回りして、皆に心配させる。

でも心配してるから、

見捨ててない、

と教えてくれる。

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