第43話お昼

「あの女がスティングの噂を流したの?」

私のお弁当を食べながらカレンが、眉を上げ聞いてきた。

「ええ、そうよ」

あの顔で、確信した。

品のない笑いは平民だから、と思っていたけれど、あれは私を本気で嘲っていたのだ。

「何故そう思ったの?」

「祭りに行った時、私と王妃様の噂をしていたでしょう?その内容が同じだったからよ」

「同じ?それが何か?」

「噂はね、伝言ゲームなのよ。絶対に全てが同じ答えにはならない。それなのに、街の噂は、私と王妃様はどれも一緒だった。有り得ないわ」

「そう言われてみれば、一緒だった」

フィーが噛み締めるように呟いた。

「子供の頃に遊んだ伝言ゲーム。簡単な言葉なのに、何故か初めと、最後の人の内容は同じにならない。それが、人が増えれば増えるほど、変わっていく」

私の言葉に、誰もが小さく頷いた。

「確かにそうだわ。あれは、人の感情豊かさが現れる結果、だと教えてもらったわ」カレン

「人間は言葉と言う形ある物を、何故か脳に辿りつく頃には違う言葉に変換してしてしまう、という脳内変換が行われる、と聞いた。その変換は、その人のこれまでの生き方に左右される」フィー

「そう。それが、人の感情。すなわち、生き方、よ。人は生き方で、色々な考え、感情を持ち、そこから言葉を勝手に脳内変換し、伝えられた言葉を都合のいいように変えてしまう」私。

「確かにおかしいですね。街の民は何千、何万にもいる中で、答えが、1つ」

ザンの言葉が急に空気を張り詰めた。

「ええ。あり得るのは、誰がが、意図的に、それもかなりの少数人数で、かつ私と王妃様を知っている人」

「それであの女なのか!」

フィーの怒りに声に頷いた。

「さっきの質問で確信したわ。レインが噂の張本人よ」

「それ程までにスティングを嫌っているのね」

憤慨するカレンの空になったお皿を取りながら首を振った。

「他にどれ食べる?少し違うわね」

「違う?じゃあその鶏肉と、サラダをとって」

「いいわよ、フィーも取ろうか?」

「頼むよ」

2人のお皿にそれぞれ欲しいものを乗せ渡した。

「違うって何?それで、何を確認したかったの?噂を流した犯人はあの女なのでしょう。でも、それだけじゃあない顔ね」

もぐもぐ食べては、幸せ顔、もぐもぐ食べては、幸せ顔、と繰り返すカレンとフィーに、

2人とも猫みたい

と思った。

可愛いなあ、いつかは妹になる・・・いやいや!そんな事まだ分からないわ。

急にドキドキして、つい、フィーを見てしまったが、直ぐにお弁当に目線を戻し、卵焼きを口に放り込んだ。

「私も気になります」

少し離れている、ザンが呟いた。

殿下のパーティーから、ザンが口を出してくる事が多くなった。

つまり、牽制だ。

2人を巻き込むな、という感情を読み取れない低い声だが、その瞳から如実に感じ取れた。

本来なら個人の護衛は、たとえ殿下でさえも学園には入れない。

学園には、王宮騎士団が護衛として諸処に控え、見張ってくれている。

昔は王族にはだけは護衛がついていたが、いつしか護衛という名で権力をかざすようになり、教師さえも王族に口を出す事が出来なくなった。

その歪な状態に釘を指したのが、昔の公爵様達だ。

そのおかげで公平さが保たれている、となっているが、私にしたら、

王宮騎士団、

つまり、王妃様の息のかかった犬だ。

苦痛で、閉塞感を感じることしかないが、今は少し違う。

フィーとカレンの為に帝国騎士団が学園内に常駐する事が許され、フィーとカレンの周りには常にその帝国騎士団達が護衛として控えている。

さすが帝国皇子、皇女。

特別扱い、という訳よ。

フィーとカレンが友人になったお陰で、王宮騎士団達が私の監視をしにくくなっている。

だって、ザンの眼光と、醸し出すオーラはとても剣呑だ。

下手にフィーやカレンに近づこうものなら、今朝の殿下のようにやられてしまう。

フィーとカレンが入学したての頃は、よく見た光景だもの。

すらしとた無駄のない筋肉動きと無駄の無い動きと、眼光。

濃い赤茶色の短髪の髪と、深い碧色の瞳、細い顔表、その全てで見つめられると、足を掬われ、背筋が凍る思いをする。

でも、殿下パーティーからは、その冷徹な瞳の中に、とても興味あるような光が見える。

「私に対する嫌がらせの噂は、隠れ蓑よ」

「隠れ蓑?」ザン。

「そうよ。本当の目的は王妃様の捨て駒を探しているのよ」

私の言葉に急に沈黙が流れた。

息を飲む、と言うに相応しい誰もの呼吸が止まり、静寂に、空気が重たく襲ってくる。

「私が何故本部で、あえて殿下の婚約者、と何度も口にしたと思う?何故、誰もの目の止まる広場で騒ぎを起こしたと思う?それは、その言葉に群がる祭りに混じった貴族を集めるため。それも殿下の婚約者、と言う言葉により反応するのは学園に在籍する学生よ」

朝の殿下の背後にいた2人も、祭りで見かけた。

「あの時2人に確認させていたのは、その数だったのね」

カレンはお皿に乗っている最後の鶏肉を口に入れたのを確認して手を差し出すと、もういらない、と首を振った。

「フィー、始めの露天に言った時、殿下のパーティーに漏れた貴族か?と言われたのを覚えている?」

「覚えている」

「次の露天では、カレンが直ぐに貴族だ、と店の人は分かっていた。でも、他の露天では分からない人もいた。つまり、何を着ても貴族と平民を見分ける事が出来る人がいる」

「あの女なら、それが出来ますね。生まれは庶民だが、常に上級貴族と接しているの。公爵令嬢様の言うように隠れ蓑、と言う事は、あの噂はエサ。そのエサをばら撒き、王妃の笠を着たあの女が甘く囁けば、蛾のように群がってきた低級貴族達はこぞってその蜜を啜るに来るでしょう」

「それが、捨て駒だと知っていても、か。低級貴族が上級貴族と関わることはゼロに等しいからな」

ザンの言葉にフィーは呆れ顔だった。

「上手く考えたものよ。表向きは、私の悪評広めた格好だけれど、そこが問題ではない。王妃様が慈悲深く、自分達を上に上げてくれるかもしれない。都合よくそうはいかないと思っていても、繋がりは欲しいでしょうからね。それに、こうやって考えてみると、おかしな節が高等部に入ってから色々あったわ」

これまでは、高等部卒業後の婚約披露に向けて私の立場をより小さいものにしようとしている、と思っていた。

だが、

そんな単純なものではなかった。

「レインは、偶然入ったのではないわ。王妃様の手先として送り込まれたのよ」

何人に声をかけて

何人がその手に落ちたのか分からない。

そうしてその先はどうなるの?

考えるだけでも恐ろしい。

屍の上で王妃様とレインが笑っている姿が脳裏に浮かび、ゾッとした。

「何者なの、あの女」

カレンの言葉に首を振った。

「わからない。これからよ。ともかく1つ進んだわ」

レインももしかしたら王妃様の捨て駒かもしれない。でも、ここまで側に置くという事は、多少は何か知っているのだろう。

「その話は帰ってからしましょうよ。お父様にも相談しないといけない。お昼の時間がなくなるわ。今日のデザートはティラミスよ」

2人の皿をとり、ティラミスの乗った皿を渡した。

「ねえスティング、どうしてそこまで思いついたの?」

「あら?分からない?」

カレンの言葉に少し意地悪に笑った。

「『全てに行動、言葉に、意味がある。少し考えれば糸口になる。さあ、考えるわよ、ビビ』」

「リオンの台詞だわ!」

嬉しそうに声を上げた

「そうよ。私はその言葉の通り、全てを色々な目線から考えている。それだけの事よ。言ったでしょ?悪事を暴きましょう、とね」

「楽しくなってきたわね。私達は何もしない。でも、全てを見れる」

「俺は手伝いたいけどな」

少し寂しそうに、不貞腐れるように言うフィーとカレンにお茶を渡した。

「ありがとう、フィー。その気持ちだて十分よ。ほら、ザンを見てよ。凄い顔で私を睨んでるわよ」

「睨んでません!公爵令嬢、そのようなことを冗談で言うのは辞めて下さい。・・・皇太子の顔の方が私には恐ろしいです」

ザンの少し苛ついた感情が感じられ、なんだが和やかに気持ちになった。

確かに、フィーがザンを面白くなさそうに見つめていてた。

「でも、私も手伝いたいなあ。なんか、つまんないなあ」

「お前が首を突っ込むと面倒になるだろうが。俺がどれだけ尻拭いしたと思っている」

「当たり前でしょ。私の尻拭いするのはフィーの役割でしょう」

「はあ!?お前、おかしいだろ、それは!」

「そう?だってお母様が男は女の尻に敷かれるものだ、と言ってたじゃん」

「うっ・・・。いや、でもな!!お前のは普通じゃないだろうが!!」

「はあ!?また、ちっちゃい事言うわね!フィーの言う普通は私には普通じゃないわ!!」

とまあ、

また、兄妹喧嘩が始まった。

結局予鈴がなるまで喧嘩していた。


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