第30話七夕祭り1
「殿下が来てるようだぞ」
朝食が終わり、皆でお茶を和やかに飲んでいると、ロニがお父様に耳打ちした内容が、それだった。
昨日殿下の誕生日パーティーがあり、本当なら夜遅くまで参加する予定だったから、王宮に宿泊する筈だったが、皆で帰ってきた。
フィーとカレンは少し前からヴェンツェル公爵家で過ごしているから、当然一緒に食事をしている。
「会うの?」
カレンが面白そうに聞いてきたが、すぐに首を振った。
「まさか。勝手にやってきたのでしょう、お父様?」
「ああ。門を開けろ、従者が大騒ぎしているようだ。馬車の中に殿下がいるようだ、と報告があった」
「自業自得でしょう。これまでの好き勝手にやってきて、フィー皇子とカレン皇女様がおられるから、体裁の為に来ただけです」
珍しくお母様が厳しい顔で、はっきり言った。
「塩でも撒きましょうか?」
「いいこと言うね、ロニ。私も一緒に行こうかな」
「カレン!あなたが言うと本気に聞こえるからやめてよ。こっちから手を出しては駄目よ」
「そう?少し手を出した方が、向こうが釣れる、という事もあるでしょ?」
「相手によるわね。陛下はその手が有効かもしれないけど、王妃様や殿下は、自分の描いた結果を求めているから、下手に手を出すとそれを上手く使ってくるわ。だから、手を出さずに待っているのが1番よ。それで勝手に釣れるわ。勿論、こちらの都合のいいように言う時は言うわ。あの方達をよく知っているのは、私よ」
「お前、変わったな」
お兄様が驚かれた。
「そう?吹っ切れたからかもしれないわ」
久しぶりに清々しい気持ちで今日は起きれたもの。
「いい事だわ。でも、お2人が来てから本当にいい顔になったわ」
お母様が嬉しそうに行った言葉に穏やかな空気が流れた。
「お嬢様、今日街に出てみませんか?祭りをやってますよ。いつもなら王宮におられるから、ご覧になった事ありませんよね?」
クルリが食べ終えた食器を片付けしながら提案をしてきた。
「祭り?そう言えば殿下の誕生祭で街で何かしているのよね?」
確かにいつもは王宮で、必死に作り笑いをしながら色々な方に挨拶をしていた。
その奥で、あの二人は楽しそうに笑っていた。
今思い出すと、腹が立つわ。
あの時は本当に辛いと思いながらも、きっと私に帰ってきてくれるわ、と思い自分を、傷つけながらたち振舞っていた。
「宜しければ、皇子様と皇女様ご一緒に娘と出かけて頂けませんか?帝国とは比べ物にならない程ささやかな祭りかもしれませんが、外の世界をあまり知らず育った娘が、やっと外の世界を気付いてくれました。3人を見ていると、とても楽しい気持ちにさせてくれます。私は・・・お2人に出会った、今の娘がとても生き生きしているように見えます」
お父様の言葉に、お茶を置こうとした、ロニとクルリの手が止まり、私を慈しむような顔で見た。
いいえ、皆がそうだった。
私はこんなにも愛され、心配されていたのに、気づけなかった。
私は殿下を愛した事を後悔はしていない。だってそれは、私の気持ちで、フィーが言ったように、確かに本心だった。
ただ、レインが現れてからは自己暗示のような、感情に変わってしまった。
感情。
本心。
隣に座るフィーを見ると、私を包むような顔で見ていた。
目頭が熱くなった。
・・・もう、お父様ったら。
「フィー、カレン、良かったら一緒に出かけてくれない?」
「勿論よ」
「勿論だ」
2人の即答に、お母様が泣きそうな顔をして微笑んだ。
「ねえ、それなら、王子の乗っている馬車にでも手を振って出かける?」
ニヤリと、いつもの意地悪な笑いを浮かべるカレンに、
あらあ?面白いことを言ってくれるわね、と楽しくなってきた。
「いい考えねカレン。悔しがる殿下を見てみましょうか」
「そうと決まれば、出かけよう」
「そうね。あ、そうだお父様。私、殿下と婚約解消はしないわ。もし、王宮から何か言われたらそう答えて欲しいの」
私の言葉に一気に空気が剣呑に変わった。
「スティング!?」
フィーの鋭い声が1番に部屋に響き、その真剣な顔にお父様の顔が曇った。
「待って、殿下に気持ちはもうないから、心配しないで。でも、婚約者、という立場で少しやりたい事があるの」
「・・・本当にあのスティングか?いまのお前は見違えるように、頼もしく見える」
「言ったでしょ、お父様。私は公爵派として動くと、ね」
ふふん、と笑うと皆が不思議そうに見ていた。
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