【フォスター家の次期当主は褒め殺す】

 ストロベリーブロンドの長くサラサラの髪を一つに束ね、赤色の目をした高身長の美青年が『海鳴亭』にやってきたのは初夏になる頃だった。


「綺麗すぎて近寄りがたいわね」


「客室係は誰なの!?代わってほしいー」


「えー!むしろ緊張しちゃうー!」

 

 お客様に対して玄人と言える客室係のスタッフたちまでこんな感じで……。


「あなたたち、いつも通りの対応を……」


 珍しく私は注意をする……が、逆にブーブー言われる。


「女将はリヴィオ様でイケメン耐性あるからそんな冷静なんですよ〜」


 イケメン耐性!?そんな耐性とかってあるの!?


「慣れすぎも人生損ですよ!」


「そうそう!キャーキャー言うのが楽しいのに!人生に潤いです!」


 ………人生まで語られてしまった。


「と、とにかく、いつも通りよ!平常心!」


 アサヒかヨイチがここにいたら筆で『平常心』と書いてもらい、飾っておきたいくらいよ。


『ドミニク=フォスター』そうサラサラッと無言で書いた。


 あれ?ストロベリーブロンドとこの目の色、フォスター……って?まさか!?


「あの……トトとテテの……もしかしてお兄さんですか?」


「そうです。はじめまして。トトとテテがお世話になってます」


 ニコッと煌めくような笑顔を見せて、ペコリとお辞儀する。爽やかな雰囲気の彼に、後ろのスタッフたちの気配がざわめく。なんか人を惹きつけるオーラがある。


「セイラさんには感謝しきれません。フォスター家を代表し、お礼を言わせてください。もっと早く会いに来たかったのですが、忙しくて……なんて言い訳ですね」


「いいえ。感謝なんて……トトとテテには私の方こそ元気をもらい、助けてもらってます。フォスター家の方々に私こそお礼を言いたいです」


「セイラさんは素敵な方ですね。トトとテテが懐くのもわかります。あの二人が発明家として有名になったのはセイラさんのおかげですし、王宮魔道士にするべきだと言う他のフォスター家の親戚一同も最近ではトトとテテの才能を認めています。セイラさんはトトとテテの恩人です。しかもこんな人々が癒やされ、喜ぶものを作るなんて心が綺麗なんじゃないかと……」 


「あ、あのっ………ドミニクさん、言い過ぎです。も、もうお部屋へ行き、温泉に入って日頃の疲れを癒やされるとよろしいかと!」


 私はどこまでも良い人のドミニクの話を聞いて、そこまで言ってもらえることにはずかしいやら申し訳ないやら複雑な気持ちになり、言葉を遮る。遮らなければどこまでも続きそうだった。


 部屋に入ってからもそれは続くこととなった。


 客室係のスタッフがお菓子とお茶を持ってくる。青や水色、薄いピンク、白の琥珀糖がお皿の上でキラキラとしているのを目を丸くして驚く。純粋で素直な感情がすぐに表情に直結している人だ。


「すごい!宝石のようです!これは初夏をイメージされてるんですね?」


「そうです。琥珀糖と言います。甘くてシャリっとして美味しいですよ。ぜひ召し上がってください」


「丁寧なご説明ありがとうございます」


「えっ……いいえ」


 お菓子の説明をし、お茶を差し出す客室係がお礼と共に笑顔を向けられ顔を赤らめる。


 ………これは危険な男かもしれない。なんだか嫌な予感がした。


「本当だ美味しい!お茶も香りが良くて美味しいですね。いや……あなたが淹れてくれたお茶だから美味しいのかな?」


「フォスター様は褒め上手ですね。ありがとうございます」


 客室係が接客よ!接客!と小さい声で言っているのを私は聞き逃さなかった。


「お風呂と夕食のご案内をさせていただきます」


 いつも通りに話すスタッフだったが……。


「すごく丁寧でわかりやすいよ。なんて親切にしてくれるんだろう」


 柔らかな笑顔でそうドミニクは言った。ほんとにあのトトとテテ、イーノ、カインの兄なの!?私の頬に一筋の汗が伝う。


 私とスタッフが部屋の外へ出る。その瞬間、お互いにはぁ~とため息をついた。


「なんだか……疲れたわ」


 私は額に手を当てる。あれからもインテリアを褒めたり、所作が美しいとスタッフを褒めたり……延々と褒めるのである。人間、褒められ過ぎると疲れる気がする。


「ええっ!女将、それはひどいです。とても素敵で良い方です……ほんとに素敵……」


「えっ……いや……でも……」


「まったく……女将はイケメン耐性ありすぎなんですよ。リヴィオ様やジーニー様を見慣れすぎなんです」


 イケメン耐性ってまた言われた。いや、大人になって、だいぶ丸くなったけど、リヴィオやジーニーは見た目は良いけど、中身は問題ある部分があるよね?と言いたかったけど、また言い返されそうなので、やめておいた。


 しかし……やはり私の嫌な予感は的中した。


「次は私よ!」


「何言ってるの!?さっきドミニク様のところへタオル持っていったでしょ!?」


「冷たいお飲み物運ばなきゃ!」


 女性スタッフたちがずっとこの調子で騒いでいる。やはりこうなると思っていた。


 ドミニクの宿泊中、めんどくさいことにならないようにしなきゃ……。


 そしてしみじみと感じることはフォスター家って、どの人も濃い気がするということだった。

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