奪われし意思の暴走は止まらず

 私が部屋でノーチェとラビをあやしていると、ジーニーがノックし、良いかなー?と扉の゙向こう側から声がした。アンネがサッと立ち上がって扉を開けてくれる。


「ジーニー!どうしたの?」


 学園長のローブ姿のまま来るなんてめずらしいわと私は眺める。


「リヴィオが念のため自分がいない時は護衛してくれって頼んで行ったんだよ」


「心配性すぎるわ。リヴィオたちの方が知らない地へ行くのだから、危険だと思うんだけど?」


「リヴィオは自分のことよりセイラだからね」


 いつもそうだよと苦笑するジーニーの雰囲気が少し違うことを察して、アンネに席を外すように合図した。一礼し、出ていくアンネ。


 部屋にはノーチェ、ラビ、ジーニー、私だけになった。


「……話したいことあるってわかった?」


「その言い方はミツキね」


「そうなんだ。リヴィオが思っていた以上に僕がミツキだってことを気にしていたから、あまり話せなかった」


 確かにねぇと私は笑った。一番動揺してたわね。


「姉さん……セイラに転生してて、ここでまた温泉しているのはなぜなのかな?跡継ぎなんてイヤだ!ミツキがしなさいよって言っていたのに?」


 そうねぇと私はノーチェとラビの手を伸ばしてくるのを愛おしげに手をつなぎ、思い出す。


「成り行きだったような……?シンヤくん……お祖父様がここで温泉作っていたから、それを見て、温泉旅館しよう!って思ったのよね。自分で実際にしてみたら、楽しかったし、経営して、お客様に接してみたことで母さんの苦労も小言の意味がわかったわ」


「嫌じゃなかったんだね?」


「そうよ。なによ?ミツキの時は強気だったのに」


「ミツキは5歳からジーニーの記憶を持っていた。ここでは僕はつい最近思い出したから遅かったけど、あっちの世界じゃ早いんだ」


「はあ!?ごっ、5歳!?」


 私が驚く番だった。………ミツキが確かに生意気になったのはそのくらいの歳からだった気がする。


「でも姉さんがセイラでリヴィオがアイツだなんて知らなかった」


「なんで記憶を持っていたのよ!?」


「そんなこと僕がわかるはずがない」


 確かにその通りだわ。わからないわよね。しかしカホもシンヤ君にもこちらの世界の記憶があることは知らないし、お互いに……知らないままなの!?そんなに近くにいるのに!?


「あー!だから、僕は自由に生きる!って言っていたのね?」


 ふとミツキの口癖を思い出した。


「そうだよ。このジーニーは学園長としての責務がある。仕方ないよ。だけどミツキは自由を許されると思った……姉さんに押し付けてね。でもそれは後ろめたかった」


「馬鹿ねぇー。そんなことで悩んでいたの?……カホの性格考えなさいよ。本当に嫌ならしないわよ」


「姉さんに言われてるようだよ。向こうのミツキにそのことを教えてやりたいよ」


 あの生意気なミツキがカホに申し訳ないと思っていたなんてびっくりよ。


 ジーニーはフッといつもの穏やかな表情に戻る。


「ま、そういうわけなんだ。聞いてスッキリしたよ。ありがとうセイラ」


「どういたしまして。ジーニーがミツキなんて嬉しい誤算よ」


「そう言ってくれるなんて嬉しいよ。ジーニーである僕はセイラのこと………」


 ジーニーが茶色の目を優しく細めて笑い、何かを言いかけた瞬間、窓がバンッと開いた。強風が吹き込む。私はノーチェとラビを咄嗟に庇う。その私をジーニーが庇う。


 窓辺に立っている人物がいた。銀色の髪をした美しい女性。雰囲気がなんだか……違うけどミラ?


「……ミラ、帰ってきたの?元に戻ったのね!?はやか………っ!?」


 目にも止まらない速さで、近づいて私の首に手をかけようとした。


『黒龍の守護者だな?ここにも一人』


「……え?」


 首に触れると思った瞬間、ジーニーが状況判断をし、叫ぶ。


「やめろ!……セイラ、結界を張るんだ!子供を守って部屋の端へ!」 


 鋭く蹴りを入れ、間合いを詰めるジーニー。ミラは体をひねって避け、距離をとる。私は双子を抱えて部屋の端まで逃げて結界を素早く紡ぐ。


『邪魔するな!』


 ジーニーは術を発動させようとした。しかし無詠唱のミラのほうが早い!手のひとふりでドンッという音と共にふっ飛ばされて、壁に叩きつけられる。グッと声をあげるジーニー。魔法の力は歴然で強すぎる。それでもジーニーは立ち上がり、風の魔法を放つ。逆にはね返されて、風の矢は切り刻むように皮膚に亀裂を入れ、血が流れ出した。


「ジーニー!!」


「セ、セイラ……来るなっ!逃げろ!」


 私は防壁を解いて傍へ駆け寄ろうとしたが、止めるジーニー。


 ミラが酷薄な笑みを浮かべ、私の方を向いたため、動きが止まる。両腕にはノーチェとラビ。


『黒龍よ。この地を民を返せ』


 どういうことなの!?私は足が震える。


「ミラ!どうしたの?お願いだから自分を取り戻して……」


 これはミラじゃない。別人だとわかる。


『長かった。その永久とも思える時間をおまえたちは知らないし、のうのうと生きてきた。その罪を贖え。まずは守護者から潰してやろう』


 ミラの手がこちらに向けられた。私の結界……どのくらい保つ?そんなこと計算してわかる。一撃で破壊されることは間違いない。汗が流れる。


 私はノーチェとラビを抱えて守る。カッ!と白い光が起こった………と思ったら消えた!?


「危機一髪だな」

  

 私とミラの間には白銀の毛並みを持つ大型の狼が立っていた。美しい狼は私に背を向けてミラから視線を外さない。


「ワンタロー!助けに来てくれたの!?」


「今、その名前で呼ぶなっ!」


 白銀の狼は悠々とした動きで私の゙前に立っている。


『白銀の狼、自ら来るとは。しかし以前より随分と力を失っておるが?』


 そうだった……ヨイチとアサヒに大半の力を受け渡したんだった。


「おまえの後ろを見ろ」


 ワンタローがそう言うとミラの後ろには、いつの間にか黒髪の少年たち。ヨイチとアサヒがいた。二人はヒュッと筆を持ち、文字を描く。『防壁』と輝く文字は私の結界を強固なものにした。


 二人の顔は強張っていた。その表情、ここにリヴィオがいないこと……私は嫌な予感がして、怖くなる。


『もう追いついてきたか……まあ、良いわ。今回は挨拶だ。長い時の報復は時間をかけて楽しみたい』


 フッと青白い光と共に消える。


「ミラ!待って!どこへ行くの!?」


 私の声は彼女には届かない。いったい何があったの?


「ワンタロー、無茶するなぁ。まさかセイラさん達を守りにくるなんてね」


 アサヒに言われて、白銀の狼はいいであろう!?と怒ったように言う。


 ジーニーは骨をやられた……と言って、ヨイチに治癒魔法をかけてもらっている。とりあえず無事そうで、ホッとする。だけど……。


「ミラに何があったの!?リヴィオは!?キサは!?」


 僕等も何が起こったか、よくわからないとヨイチは言った。


「リヴィオとキサは怪我をして、転移装置でいったん、あの村に帰ってる」


 怪我ですって!?


「だ、大丈夫なの?」


 私は今すぐ行きたい気持ちだったが、ヨイチが待ってと止める。


「あっちにはトトとテテがいるから、なんとかなるだろうし、僕らが治癒してきたし、命に関わるほどでもない」


 私は力が抜けて、ぺたんと床に座り込んだ。今、起こったことに対して、どうしたら良いのかわからない。

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