振り回されるのは彼女か?彼か?

「はー、サッパリした」


 私は、思わずその声で振り返る。その先にはリヴィオ。サウナをして温泉に入って、まったりとした後らしい。


 ラフな格好に白いタオルを首に下げ……。


「ちょっとリヴィオ!?その格好、イケメン度が下がってると思うの」


「いきなりカホみたいなセリフを言うなよ……って、なんかイライラしてるのか?」


「してないわよ」


 私は食欲ゼロのまま、パンをちぎって、お皿に置いた。美味しくないのである……。今まで食べること大好きな私だった。それなのに食べれない。特に夕食が口にすることができない。


「さてと……冷たいものでも飲むかな」


 ビール!?ワイン!?何を飲むつもりなの!?……私、ずっと食べれてないのに!?


「もう良いっ!」


 バタン!と扉を閉めて出て行く。こんな態度とりたいわけじゃないの!違うの!……って思うのに、なんだか制御不能だった。お腹の中の者に操られてる?


 こんなわけわからない自分にシクシク泣きたい気持ちにもなった。


 数日後、乳母のアンネが来てくれた。


「今日グレイシア様はいないので、気軽にお話できますよー」


 と、冗談っぽく笑いながら言った。


「グレイシアはどうしたの?」


「温泉に入ってますよー。ほんとに気に入っちゃって、うちの街にも温泉の銭湯作ってくださいよ〜!」


「そんなに気に入ってくれてるのね。支店考えておくわ」


 アンネの頼みに私は微かに笑った。今や、ウィンディム王国内に温泉の銭湯はいくつもあった。馴染んできていて、かなり王国民に親しまれており健康作りに一役買っているぞと女王陛下からも褒めてもらった。


「お食事、あまり召し上がられてないみたいですけど、大丈夫ですか?」


「気持ち悪くて食べれないもの……」


 確かに痩せてしまった気がしますと眉をハの字にするアンネ。そう。そうなのだ。こうやって、リヴィオにもちょっとくらい心配してほしかったのだ。身の危険は心配しすぎるくらいするくせに、飲めない食べれない私の前でお酒を飲むとか……別にいいけど、いいんだけど、なんか理不尽さを感じちゃうのよ!


 男の人には体調のことは、わかりにくいですよーと、スタンウェル鉱山のミリーに相談したら、言われたのだけれど、どうしてもイライラして我慢できなかった。


「果物はどうですか?」


「果物と……ゼリーならなんとか食べれる……」


「まあ、そのうちおさまることなんですけど、あんまりひどいなら仕事を休んで、横になっていないとダメですよ」

 

 ……それは医者のアランにも言われた。続くなら、仕事は許可できないと。


「でも……」


 休みたくないもの……と思う。アンネが微笑む。


「ずっとじゃなくていいんですよ?無理な日は……休むっていう感じにされたらどうでしょう?それと、体調が悪いなら悪いと口に出してリヴィオ様にもお伝えすることです。言わなきゃ絶対わかりません。これはセイラ様に限らず、よくある話なんですよ」


 私はハイと返事をし、その日は早速横になって目をつぶる。


 ……夢を見た。ヨイチとアサヒ?


 日本にいる?私はカホではない。セイラとして見ている。二人が憂鬱そうに家から出てきて、ランドセルを背中にかついで、話しながら歩いている。


「はー、また弟たちの自慢話かよ。朝から胸くそ悪い!」


 アサヒが苦々しく言う。ヨイチが気にしないでおこうよと無表情で淡々と言っている。


 今にも降り出しそうな雲行き。二人は傘を持っていない。その横を彼らの弟が車に乗って通り過ぎる。弟たちは手を二人に窓越しに振った。


「見ろよ。あのムジャキに手を振っていくやつらを……ちぇっ。なんだよ。あっちは有名校だから送迎するってか!?」


 苦々しくアサヒが言う。ポンポンッとランドセルの背中をヨイチが叩く。


「僕らは体力がつくさ!急ごう。雨が降る前に学校へ行こう」


 タタッと駆け出す二人。降り出しそうな黒い雨雲の下を走ってゆく。その背中を私は見送った。


 私は目を覚ました。汗をかいていた。


「これは……どういう?」


 アサヒとヨイチが帰りたくないと言った意味は……まさか……夢は夢よね?イキイキと二人が空中に文字を書いて、楽しそうに力を発動させる。そんな姿しか見たこと無い私は戸惑う。夢の中の二人はどこか暗い表情で、何かを諦めたような顔をしていた。


 ドアがノックされる。ヒョコッと顔を出すリヴィオ。


「大丈夫か?……汗をかいてるな。着替えるようにメイドに言う。これ……食べれるか?」


 リヴィオがそっと出したのは季節外れの梨だった。梨は私の好物だった。


「ありがとう。食べれそう……リヴィオ……私、イライラして、ごめんね」


「いや、オレも無神経だった。アンネに聞いた。体調悪いって、毎日……なんだよな。ごめん」


「それで、聞きたいことがあるのよ」


 なんだ?とリヴィオが構え、緊張した顔をした。


「アサヒとヨイチはなんで日本に帰りたくないのか……シンだったリヴィオなら知ってるの?」


「は!?待て!?今、そんな話の流れだったか!?」


 リヴィオが困惑している。


「えーと、話の流れは気にしないで……」


「体調悪いのに何、考えてたんだよ!?なんであの双子のことなんだ!?……まぁ、その……そうだな。あんまり家族とうまくいってないとは言ってたな。あいつら有名な書道家の息子だったから、期待もすごかったらしい」


 私の思考がわからないと言いつつも答えてくれる。


「そうなのね……」


「なんで急にそんなことを考えだしたのかわからないけど、ゆっくり休めよ!?仕事、無理するなよ……頑張りたいのはわかるが、休息をとることも今のセイラの仕事だ」


 うん……と私は頷いたのだったが、双子の少年達の夢は現実だった気がした。二人が駆けてゆく背中の寂しさや怒りが私には痛かった。

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