【歌姫は恋の歌を高らかに唄う】

『海鳴亭』の玄関ホールはかなり広い。クリスマス時期になり、私はツリーを飾る。この国にそんな習慣はなかったらしいが、この飾りは可愛いと評判になり、真似をして飾る人も出てきているそうだ。


 喫茶コーナーの椅子やテーブルをホール側に向けて、ツリーの傍に舞台を設置した。


「あら!わたしの舞台のためにありがとう」


 エナの魅力溢れる笑顔にスタッフ達も、一瞬で虜になり、『い、いえ!』『エナさんのためなら!』なんて動揺している。


「うわぁ!本物の歌姫ですねぇ」


「フリッツ、最近、監視者サボり気味なのにこんな時は来るのねぇ〜」


「えー!気のせいですよ。リヴィオさんが、人使い荒くて、ナシュレとカシューを行ったり来たりしてるんですよっ!ほんとに忙しいんです」


 ジト目で言った私に焦りながら言うフリッツ。もはや、フリッツは監視者ではなく、一人の労働力として、リヴィオに使われてるようだ。


「そのリヴィオはどこなのよーーっ!またいないの!?」


 エナが腰に手をやり、仁王立ちし、綺麗な顔を歪めて怒る。


「誘ってみたんだけど、今日は公爵家に用事があるって言われちゃって……」


 わざとじゃないわよねぇーと私に詰め寄るエナ。まぁ、いいわっ!と意外とアッサリ引き下がる。


「あの……歌姫エナさん!」


 気弱そうな男性が声をかけてきた。エナがファン?なにかしら?とややめんどくさげな顔をする。


「お願いがありますっ!じ、じつは……」


「サインや握手はおことわりよ。特別には出来ないわ」


「そうではなく、このコンサート中に彼女にプロポーズしたくて……」


「あらあら。素敵じゃないの」


 素敵じゃないのといった割に、苦い顔をするエナ。言ってることと表情は真逆だ。


「そ、それで、恋の歌をお願いしたいんです!その時にプ、プ、プロポーズします!」


 真っ赤になっていう男性にエナはハイハイ、わかったわよっと適当に返事をした。


 ありがとうございますとお願いしますを何度も言って、去っていく。


 はぁ……とため息をつくエナ。やる気が出ないとブツブツ言っている。クリスマスツリーに手を伸ばし、イルミネーションを見上げる。


「こんなにキラキラしてて、ロマンチックで綺麗な飾りの下で歌うのは嫌じゃないけど……人の恋ばっかり!私にも素敵な恋人がほしいのよーーーー!」


「まあまあ……」

  

 落ちついて、クリスマスケーキでも……と私は白い粉がかかったシュトーレンと紅茶を出そうとすると、そこへジーニーが通りかかった。


「あら?珍しいわね。こっちのお風呂に来ていたの?」


「ああ。このツリーの評判を聞いて、お風呂のついでに見に来たんだよ」


 片手にアイスクリームを持って、椅子に座る。エナがちょっと!と言う。


「あれ?エナ、来てたんだね。コンサートかい?」


「なんで、このわたしがいるのに、どうしてクリスマスツリーの方だけしか目が行かないのかしら?どうみてもわたしの方が綺麗でしょう?そう思わない?」


 エナが美しい笑顔をジーニーに向けた。うっとりするような綺麗な仕草で頬に手をやる。ジーニーが、えっ?と一瞬、考えてから、にっこりと優しく微笑んだ。


「そうだね。エナはいつも綺麗だから、この綺麗な飾りと並んでいても、あまり違和感なかったのかな」


 ガタッと私は椅子から落ちかける。ジーニー!?これは天然!?自然と演じてるの?


「ふ、ふん!それくらい言われ慣れてるわよっ」


「アハハ。そうだろうね。わかってるよ」


 ジーニーは軽く笑って、お風呂上がりのアイスクリームを食べながらツリーを楽しげに見上げている。


「くっ……なんなのよ。あなたの周りの男は曲者ばっかりじゃない!?ジーニーは本気で好きになったら駄目な男のにおいがするわ」


 残念なイケメンが多いとは思うわよとウンウンと頷く。


「あーあ、嫌になっちゃう!恋の歌を歌うっていうのに……」


「歌姫の恋のネタ作りに参加したくないね。僕を利用しようと思うなら、もう少し手の込んだことしてくれ」


 フフンと小憎らしい感じに笑っている。ジーニーはエナの恋人ほしーい!のあたりから話を聞いていたんじゃないだろうか?と私は可笑しくなる。エナが悔しそうに顔を歪める。


「エナ、お風呂もクリスマス限定、バラのお風呂なのよ。とてもいい香りだし、リラックスできるわ」


 とりあえず気分転換にお風呂へ誘う。


「ええ。そうするわ」


「歌姫。頑張れよ」


 そうジーニーは後ろから声をかけた。エナはキッと彼を睨みつけてからお風呂へ行った。


 しかし、その日の恋の歌はもちろん素晴らしくせつなく、愛おしげに歌われて、涙する人、プロポーズする人……そして、ジーニーもまたアイスクリームを食べつつ、歌を聞いて満足げに微笑んでいたのだった。


 フワフワとした白い天使のような衣装を着たエナは美しく、声は大聖堂にいるかのように響いていた。


「素晴らしかったよ」


 花束をいつ用意したのか、ジーニーがエナに手渡す。


「えっ?あら?……ジーニーにしては気が利くわね!」


「今度、エスマブル学園でも歌ってくれ。卒業生として頼むよ」


「仕事の依頼なの!?なんなのよおおお!」


 ジーニー……と私は半眼になって小声で言う。


「わざとそんなこと言うのはやめなさいよ」


「やっぱりセイラにはわかったか。からかいたくなるんだ」


 それでもエナは嬉しそうに、言った。


「たまには曲者のイイ男から花束をもらうのも悪く無いわ。みてなさいよ!?あなたに参りました、さすがエナ様ですと言わせてみせるわよ!歌を!舞台を!極めてみせるわよ!」 


 ジーニーと私はその勢いに拍手した。


「学園長として、卒業生が活躍することが一番嬉しいよ」


 そう、エスマブル学園の学園長は微笑んだのだった。


 キラキラと星もツリーもイルミネーションも今夜はいつもより煌めいて見えた。幸せそうにお客さんたちは歌の余韻に酔いしれていた。


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