冬の訪れ
冷たい風が吹く。マフラーとコートが必要になってきた頃だった。
「今回の航海も無事に帰ってきたよ☆」
明るいゼキ=バルカンが船員たちを連れて『海鳴亭』に慰安旅行に来ていた。
カンパーーイ!と、すでにお酒を手に盛り上がる宴会場。
「トーラディム王国は新王が即位するらしい。前王は優しい王だったが、病弱だった。新しい王は国民に歓迎されている」
へぇーとリヴィオが少し真面目に話すゼキ=バルカンに相槌を打つ。
「なんと新しい王は光の鳥の守護者らしい!その身に神を宿せる久しぶりの力ある王に王都は浮かれていたよ☆」
「それは国民は安心するだろうな」
「それで、一度、ウィンディム王国の者に会いたいと言っていた。大神官長様が君らをご指名していたよ」
リヴィオは顎に手をやる。
「そうだな。ゼキ、次の航海の船にオレとセイラも乗ってることにしといてくれ」
「いいよ☆………了解した」
少し目を伏せて笑いながらゼキ=バルカンはすぐに返事をした。
「何も聞かねーんだな」
「わたしはシンにはいつも忠実だった。アイザックとは違う意味でね」
リヴィオとゼキの場の空気が凍る。しばらく見つめ合う。先に視線を外したのはリヴィオの方だった。
ゼキは気づいている?リヴィオがシン=バシュレの力と記憶を持っていると?
「いつ頃かシンに君はよく似ていると感じたよ。だけど、それはわたしのただの妄想だ。気にしないでくれ☆それにセイラが絡むことのお願いは聞いてあげたいしね☆」
リヴィオに向けて話していたが、私にも目を向けてニコッ☆と笑った。しかし次の言葉は小声だった。
「深く聞かない、足を踏み入れない。それがシンが君たちがここにいれる状況だろう。目の前から消えるな。シンのように一人でいなくなるなよ」
ゼキもまたシンがいなくなり、寂しかった一人だった。
リヴィオがまいったなぁと笑う。
「ゼキ、ありがとう」
いつも私達よりも余裕であり人を食ったようなゼキがリヴィオのお礼の言葉に切ないような泣きたいような、今まで見せたことのない表情をみせた。
「説明はしない。すれば巻き込むことになる。バレたら、オレらに騙されたか脅されたか……どっちかにしておいてくれ」
「まぁ、ごまかすのはお手のものだよ☆世間を渡る能力はわたしの方が高い。気にしないでくれ☆」
その言葉にリヴィオはゼキにニッと笑いかけ、それ以上何も言わなかった
会話が一段落したと見て、私は言う。
「さて、今日はゆっくりしてくださいね!お料理もお酒も、じゃんじゃん運びますから!」
楽しみだねっ☆とゼキが言うと、ハリトがやってきた。……リヴィオと会話をしたかったのだと気づく。ゼキがハリトを遠ざけていることなど、あまりない。
その意図に気づいたのか、リヴィオはそれから宴会場には姿を現さなかった。シンとしてゼキと付き合うことは無いということだろう。
「『海鳴亭』のお風呂も良いね☆海で何が辛いって、温泉に入れないことだよっ!」
そう言って、ゼキは温泉に何度も入りに行き、堪能していたらしい。
二日酔いの人達に次の日は軽めの朝食と二日酔いに効く薬草を用意することになった。
やれやれと大人数の宿泊者を見送った後、私は屋敷へ帰り、冬支度を始めた。
「なに、ゴソゴソしてるんだ?」
リヴィオがヒョコッと顔を出した。
「すごい良いタイミングね!リヴィオやアオの大好きな物を用意してるのよ」
『コタツ!』
ん!?と声がハモってリヴィオが驚いて、振り返るとちゃっかりとアオが来ていた。
「どこから聞きつけて来たんだよ?」
「フフン。神様だからお見通しじゃ!」
「先にコタツに入るのはオレだ!居候の神は遠慮しろ」
「そこは神様に譲るところであろう!?ほんっとにシンからリヴィオになっても性格は変らぬなっ!」
「悪いな。自分に正直に生きてるだけだ」
言い争っている……なるほど。アオがリヴィオやシンは嫌じゃーと言っていたのは……馬が合わないとはこのことだ。私は肩をすくめる。
「まあまあ。皆で一緒に温まりましょうよ。お茶も用意したし……」
我先にとリヴィオとアオがコタツに入った。
「最初にこの世界でコタツを味わった時はなんだこれ!?と思ったけど、今となっては冬の風物詩だとわかる。なんでオレはつくらなかったんだろう!?……セイラ、作ってくれてありがとうなー」
幸せそ~にコタツに入って、すでに眠そうな目をしているリヴィオ。
「ええーっと……そこまで感謝されると思ってなかったわ。お茶とお菓子食べる?今年採れたりんごのジャムをクラッカーにのせてあるの」
リヴィオは1つ手に取り、サクッと食べる。
「へぇー!ナシュレの果樹園の物か。うん。うまいな。ここへ来たとき、野菜も果物も肉も牛乳も魚も……美味しいものがたくさんあると思ったが、あの頃より、もっと素材が良くなっている」
「リヴィオの領地経営のおかげよ」
「いいや。セイラがここで温泉を始めたことがきっかけになってる。みんな、今までよりも、もっと美味しいナシュレの物を届けたいとナシュレの人達も思ってる。美味しいと言ってもらえて、自信もついたし」
ジッとリンゴジャムクラッカーを見ながら、彼はそう言った。
「褒めすぎよ!」
私はそう笑い、リンゴジャムクラッカーをサクッと食べた。甘酸っぱいジャムと少し塩気のあるクラッカーが合う。お茶も一口飲む。
コタツに入りながら、おやつ食べつつ、本を開く……至福の時だった。
アオはすでに、コタツに埋もれ、気持ち良さげに寝ていた。静かな平和な時間だった。
ナシュレで過ごすようになり、何度目かの冬が再び訪れた。
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