すれ違う者達

「ひどいじゃないか!少し調べるだけだったのに!」


「おだまりなさいっ!まったく……シンバが報告してくれてよかったわ」


 前学園長はビシッと怒られて静かになる。完全に奥さんの尻に敷かれている……。


「母さん、来るのが遅くなかったかな?」


「あら……?来るとわかっていたの?」


「セイラに忠告していたから、来るだろうとは思っていた。塔にどうやって入れたんだ?」


 ジーニーの母は皆に椅子に座るように勧めて、自分も座り、悠々とクッションに肘をついて、ゆっくりと話し出す。


「出入りできるように認証キーはこの人からもらってるのよ。たまに差し入れとかしているのよ。でも……あの長い階段疲れるのよねぇ。今も早く行こうと思ったのに階段が長すぎるの!」


 エレベーターというものを後からプレゼンテーションしてオススメしよう……そう私は思った。


「さ、差し入れ!?そんなに父さんと仲良かったのか?どうでも良いんじゃ……?」


「あら?そう見えた??」


 首を傾げる母。


 知識の塔にいるのに、浮気の心配までしているのだ。どうでもいいわけではなさそうだ。


「僕のことも関心なかったはずなのに、なぜ急に関わってくるんだ?」


「………あるわよ?あなたの動向もちゃんと知ってるわ」


 ジーニーは目を丸くした。


「あなたには嫌われてるから、距離を置きつつもちゃんと見守っていたわよ!?覚えてないの!?この美しいわたくしに向かって、10歳のあなたは『おばさん、なんの用なの?僕は忙しいから相手する暇なんてないよ』って言ったでしょう!?」


「それは……自分達が日頃、僕を放ったらかしているくせに、パーティーや同行してほしい時だけ親の顔をしてくるからさ……それに学園の課題も山ほどあったし。いや、そもそも10歳の子どもの言ったこと気にしてたのか!?」


 ジーニーの母はもちろんよ!と力強く言った。


「あなたに言われたことで、美しい姿を保ってやるわと火がついたわね」


 そっちの方向を頑張ったわけ!?私はツッコミいれたいのを我慢する。


「嫌がられないように、距離もちゃんととりつつ、陰ながら見守っていたわ……まあ、遊びに行くのは許してほしいわね。学園はわたくしにとっては退屈な場所なんですもの!」


 ジーニーの父はおだまり!と言われたためか、口を閉ざして静かに聞いている。とても忠実である。  


 ジーニーは驚いて声が出せずにいる。

 

 長年、すれ違っていた家族関係の糸の絡み合いが緩もうとしている。私は微笑み、そっと場を外した。


 家族同士で話し合った方が良いと思ったのだ。なんだか良いなぁと少し羨ましくなりつつ、ナシュレの屋敷へと戻った。


「………と、いうことがあったのよ」


 リヴィオはへぇーとお茶を飲みつつ、相槌を打つ。親友の話だが、そこまで興味を示さないと言うか………?


「反応薄いけど、知っていたの?」


「いや……別に……」


 私はリヴィオのちょっとそっぽを向いたような顔をじっとみつめる。


「怒ってる?」


「怒ってねーし!」


 ………いや、怒ってるよね?というよりも拗ねているのかしら。


「なんで拗ねてるの?」


「子どもじゃあるまいし、拗ねてもいない」


 平静を装い、ポットからお茶をカップに注ごうとし、こぼして、アチッとか言うリヴィオはやはりどこか変だ。


「まぁ、良いけど……で、知識の塔の賢者にはまた引き続きわかったことがあったら教えて貰えるように頼んできたの」


 ガタッと立ち上がるリヴィオ。


「その時はオレも行くからな!」


 …………察した。


「もしかして、私が知識の塔に勝手に行ったから拗ねてるの?」

 

 うっと一瞬言葉に詰まったリヴィオは椅子にストンと座って、はーーとため息をついた。


「なんでジーニーと知識の塔に行ってるんだよ。オレ抜きで!」


「フリッツの監視の目が無い時、狙っていたからよ?それに学園長のジーニーの力がないと知識の塔には入れないでしょう?」


「そうだけど、心配だろ!?……身の安全というか……この場合は……その……アレだ!」


「アレ??」


「察してくれよ……そこは……」


 私はもしかして!と人差し指を立てた。


「ヤキモチ!?」

 

 静けさが部屋に満ちた。リヴィオは顔を赤くして立ち上がった。


「オレ……頭冷やしてくる」


 パタンと扉が閉まった。


 私はしばしお茶を飲みつつ、無言でいたが、リヴィオの苛立ちもわからなくもないかなと気持ちを思いやれず、失敗しちゃったなと反省した。


 でも私だって……できることしたいんだもの。黒龍の守護者の半分の役目を頑張って果たしたい。リヴィオやアオのお荷物になるのだけは勘弁したいわ。


 リヴィオはシン=バシュレの記憶があり、他国のことも知っている。私だけ何もないんだもの……彼が私に危険なことをさせたくないとまた一人でなんでも抱えてしまわないためには、私も情報を得て、しっかり考えていかなきゃならないのよ!


 巻き込みたくないせいか、あまりリヴィオは私に話してくれないし……。


 モヤモヤとしていると、突然、うわーーーっと声がした。私は反射的に立ち上がって走る。お風呂場!?


「どうしたの!?」


 リヴィオだった。


「今……誰かとすれ違ったんだが!?男だった!でも消えてしまった。いや、待て!冷静になれ!オレ!」


 一人で何を言ってるのよ!?誰とすれ違ったのよ!?私は落ち着いて!と声をかけたが、リヴィオは怒った顔をして名を呼ぶ。


「アオーーーっ!出てこいっ!おまえなぁ……」


 トコトコと廊下を普通に歩いてくる黒い猫。


「騒がしいのぉ。どうしたのじゃ?」


 ヒョイッと首根っこを素早く捕まえてリヴィオはアオを顔の高さまで持ち上げて、睨みつけた。ジタバタしているアオ。


「こら!神様をそんな持ち方するなっ!」


「おーまーえーなぁ?なんか風呂場にわけのわからんものを呼び出してねーか?」


 アオがスーーーッと目をそらす。


「おい!その反応、身に覚えがありまくりだろ!?」


「良いではないかっ!楽しさは皆で共有するものぞ!温泉とやらを見せびらかしてやっても良いであろう!?」


「だ、誰に!?見せびらかしてるのよ!?」


 さすがの私も口を挟む。


「他の神達じゃ!」


『かみさまーーーーっ!?』


 私とリヴィオの声が見事にハモった。


 この世界の神様も温泉を好きになってしまうなんて!

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