カーター男爵

「いらっしゃいませー!」


 マリアの仲居が馴染んできた。最初はクタクタですわと弱音を吐き、二日に一回は休日を入れており、やはり無理かなと思っていたのに根性があった。


「あっ!セイラさん、そろそろお客様の到着でーす!」


「ありがとう。今、行きます」


 私はお礼を言ってマリアの方を見ると、ヒラヒラと蝶のように動きいなくなる。もう次の仕事へと行ってしまった。


 マリアは社交性も高く、接客も才能がある。お客様の話題にもついていき、明るい性格なので話も上手であった。


 カムパネルラ公爵家は才能溢れる人ばかりねと感心してしまう。


 ハリーは最初は公爵家の令嬢が!?と難色を示していたが、やってみなければ納得しないマリアの性格をよく知っていたし……すぐ飽きてしまうだろうと踏んでいたようだ。


 私の勘であるが、本当はマリアは何かあったのかもしれない。そう思いつつ、私は今は何も聞かずに見守ることにした。兄であるリヴィオも結局のところ見守っている。


 温泉旅館は順調であったが、伯爵の方の業務も忘れてはいけない……。


 リヴィオから夜会に出席しようと言われたので、今夜は久しぶりにドレス姿になる。紺色のドレス、ネックレスと髪飾りはパールを基調としたものにする。


 一番好きな組み合わせであり、私の黒髪黒い目に良く合うと思う。


 暖かな白い毛皮のコートを着ていく。夜の空気に白い息が溶けるように消えた。冬の少し寂しげな雰囲気とは裏腹に夜会は明かりが煌々と照らされており、華やかだ。


 リヴィオが顔を合わせた貴族たちに挨拶をしていく。私はその横に控えて、優雅にお辞儀する。


「ナシュレ伯爵。良い夜ですね」


 そう声をかけられて振り返る。私は顔が引きつった。


 ………アイザック!?こんな堂々と王都の貴族たちの集まりに来たの!?リヴィオはまったく気づかず、こんばんはと挨拶している。


「はじめましてカーターと申します」


「……カーター男爵?ああ、マリアがなにか世話になったそうですね」


 燃えるような赤い髪を持つ男は私が警告をリヴィオに知らせるより早く声を発する。


「ええ。商売を始めるにはどうしたらいいかとか、女が一人で生きていくには何が必要だと思うかなどの相談を受けました」


 紳士的に答えるアイザック。いったいどういうつもり?


「そうですか。マリアが失礼した」


「別に失礼ではありませんでしたよ。可愛らしいお嬢さんでしたよ」


 ピクリとリヴィオがこめかみを動かした。相手には表情を変えずに飄々とした対応を続ける。


「伯爵夫人も女だてらに商売をされてるとか?」


 私は返事をせず、扇子を開き、その奥からにらみつける。ここで言い合いすべきではない。他の貴族もいるのだ。


 下手をすれば私達のほうが場を壊し、貴族同士で争ったなどと噂を提供することになるだろう。


「伯爵の称号を女王陛下から下賜されるまでは地方領主でしたから自由にさせてもらっていました。ナシュレのための発展に力を注いだ結果ですよ。彼女は領民を思いやる気持ちを持っていますからね」


 リヴィオが私のかわりに答える。スラスラとていねいに答える彼は伯爵らしい。しかし私が無言であることに違和感を覚えてチラリと視線を合わせた。


 気をつけてという雰囲気をリヴィオならば感じ取れたはずだ。彼は白い手袋をキュッと嵌め直す仕草をした。


 アイザックは余裕で穏やかな笑顔を私達に向ける。


「人を思いやる気持ちか……素晴らしい!それこそ貴族です」


 わざとらしい拍手をするアイザック。ガヤガヤと周囲では他の貴族たちも賑やかに会話やダンスをしており、私達の様子には気づいていないようだ。


「マリアさんはお元気にされてるんですか?」


「お気になさらずとも大丈夫ですよ。マリアのために今までありがとうございました」


 マリアに近づくなと言うリヴィオの言い回しにアイザックは嘆息した。そしてニヤリと笑い、本性を出す。


「せっかくお近づきになったのに寂しいな。……うまく守られてしまい、残念な限りだった。もっと利用してやろうと思ったのにな」


「………どういうつもりだ?」


 そろそろだと私はパチンと扇子を閉じた。低い声音でリヴィオとアイザックと私だけに聞こえるように言葉を発した。


「リヴィオ、この人がアイザックよ。気をつけて」


「なんだと?」


 ジリッと『黒猫』は戦闘態勢を取る。私もいつでも魔法を放つ準備をする。


「ちょっとからかってやろうと思っていたのに、カムパネルラ公爵家は警戒するのが早すぎるね。さすがは公爵家というところかな。しかもマリア嬢をすぐに手元に隠すところが狡猾だね」


 さすがに『黒猫』がいるから、相手したくないな冗談っぽく呟き、リヴィオをからかうように見る。


 マリアを隠した?……偶然中の偶然なんだけど、結果的に良かったわけね。


 ハリーの溺愛も私のお節介も相手にとっては不都合であったらしい。


「なんのために近づいてきた?なんのために魔物を放とうとしている?」


 リヴィオが尋ねるが、その答えには答えず逆に質問で返してきた。


「腹の探り合いをしていても無駄だよね。率直に聞く。黒龍の守護を受けているのはどっちだ?」


 またかとうんざりとした表情になるリヴィオと私。


「どっちでもねーよ」


 そうかと意外とあっさりとアイザックは退いた。リヴィオの金色の目が鋭く相手を見る。


「いやだねぇ。君の目はシンを彷彿させるよ」


 そう言ったアイザックは憎しみなのかなんなのかわからない複雑な表情をし、身を翻した。


「待てよ!逃げるのか?」


「逃げる?また会う。必ず会うよ」


 じゃあねと普通に会場から出ていく。


「リヴィオ、追わないで!罠を張られてる気がする」


 私の声にリヴィオはハッとして追おうとした足を止めた。

 

 暗闇に消えていく彼は余裕がありすぎる。


 どこに仲間を潜ませているかわからない。手勢は必ず居る。なぜなら一人で航海はできず魔物を連れてくることもできないからだ。


「先手をとられているな」


「相手の手の内がわからないのは不気味ね」


 私達はアイザックとの対峙に疲れ、早々に切り上げて屋敷へ帰ったのだった。


 本物の『カーター男爵』は調べると、老齢のもう何年も寝たきりの動けないお爺さんだったのだ。……アイザックは名を利用していただけだ。


 挑発してくるのは祖父への嫌がらせなのか、単に私達が気に入らないのか、崇拝する黒龍を手に入れたいのか。真意はどこにある?


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