敵は鮮やかに現れる
秋の色が濃くなってきた。秋は夜が訪れるのが早いわ。秋の日は釣瓶落としとはよく言ったものよね。
窓の外はもう真っ暗な海だった。
『海鳴亭』で秋の収穫祭と称して、楽団が来て、夜は賑やかに祭りの曲が流れる。お客様達も手拍子をし、明るい雰囲気に満ちている。
各種お酒、果実ジュース片手にだんだん陽気になってきて、知らない人同士なのに手を取り合って、ダンスを披露する人や笑い転げる人、ホールは賑やかで、時間が経つとさらに盛り上がっていく。
「良いですね。こんな楽しい気分は久しぶりです」
私の背後から声がした。振り返ると燃えるような赤い髪とグレイの目をした華やかで渋い雰囲気の叔父様が立っていた。
「楽しんでもらえて良かったです」
子供から年配の方まで楽しめる旅館がコンセプトな『海鳴亭』なので、いろんな人に楽しいと言ってもらえると嬉しい。
この人は長い時間、楽しげな皆の様子をじっくりと眺めていた人だ。混ざるわけでもなく、拍手をするわけでもなく……ただ眺めていた。
髪の色が印象的で、覚えていた。
「すみません、大浴場はどこですか?探していたけれどわからなくて……」
お風呂へ行く途中だったらしい。私はご案内しますと言って、一緒に歩いていく。
「旅館経営は楽しいんですか?」
「はい。楽しいですよ!皆さんに喜んでもらったり、笑顔を見ると私も嬉しくなります」
「優しい方なんですね」
いえいえと私は照れてしまい、慌てて首を振る。
「自分が好きだと思うことをしてるだけです」
ニッコリ笑顔を向けると、渋い叔父様もニコッと笑ってくれる。
「この温泉旅館があなたの人生の選択ですか?」
「祖父の遺言で好きなことをすればいいと言われ、それがきっかけで、なにがしたいか考えみたら温泉旅館に行き当たったのです」
「そうですか……それは変わった方ですね。普通は遊んで贅沢に暮らすという選択肢もあったでしょう?」
「うーん、そうですねぇ。あまりそんな方向には考えがいたらなかったです」
私はフフフッと懐かしいあの頃の自分を思い出して笑った。
「お若いのにしっかりしてるんですね」
「えええっ!?そんなこと言われたのは初めてですよ!」
「スタッフさんに聞いたのですが、ご結婚を最近されたんですよね?どうですか?伯爵は?」
伯爵と言われていまいちピンとこなかったが、少し間をおいてから、リヴィオのことを言っていると気づく。
「伯爵?ええーと、旦那様のことですね。一見すると生意気でふてぶてしいですが、心は優しくて、良い人なんですよ」
猫のような人ですと言ったほうがわかりやすい。
「やれやれ。羨ましいな。愛してるんですねー」
「えっ!?そ、そそそうですねぇ!」
顔が赤くなり、頬に手をやる。そんなことを話しているうちに、大浴場の入り口に着いた。
「で、ではっ!お風呂で、ごゆっくりくつろぎください」
大浴場まで来た。その瞬間、グイッと腕を掴まれて耳元で囁かれた。
「シンの大切な大切な孫娘セイラ。はじめましてアイザックだ。よろしく。また会おう。今日は挨拶まで……」
青い光。転移魔法!?目を丸くしている私をトンッと突き飛ばすと消えた。
「え?………はぁ?」
お、お客様だと思ったら……違った!?いまのが!?まさか!!
しばらく呆然とし、私はその場に立ち尽くしていた。
屋敷に帰り、その話をするとリヴィオが額に手を当てて言った。
「オレ、しばらくセイラの護衛に戻るわ……領地経営はアルバートとクロウに頼む。貴族の集まりは当分出ないことにする。会議や会合などは父とアーサーになんとかしてもらうし、陛下にもその旨は伝えておく」
「えーと……でも……」
「異論は認めない。それともオレ以上に強い護衛をみつけられんのか?」
難しい条件を言ってくるわね……いるとしたら、シン=バシュレか黒龍アオくらいしか、私は思い当たらない。
「やはり狙いはセイラか……いや?でも……変だな……」
リヴィオがブツブツと何か言っている。
「あっちからコンタクトとってくるとか、相当の自信ね。転移魔法を使えるということは魔力も高いわ」
「厄介だな……今、ゼキやジーニーはアイザックたちが信仰している集団の拠点を探している。必ず何処かにあって、魔物も手元に持っているとみている。船の隠し場所も限られてくるから港や海辺を隈なくな」
明日から温泉旅館勤務だな!と作務衣と法被を出しておくようアルバートを呼びつけ、用意させている。
どことなく浮かれているのは何故だろうか?と思っていたら、嫌いではなかったらしい『若旦那』役ができるからだったのだ。
「若旦那ー!久しぶりですね」
「今日は旅館に来てくれたんですか!」
「サウナに入って行くんでしょー?」
スタッフ達に声をかけられる。若旦那のリヴィオはまんざらでもない様子で機嫌が良く楽しそうだ。
「おー!久しぶり!サウナかぁ〜。時間あったら入りたいなー」
「リヴィオ……護衛しにきたのよね?」
もちろんだと言いつつ、サウナ行きたそうなのが伝わってくる。まぁ、久しぶりだものね。
やはり、なんとなく彼が隣りにいることが自然なことと感じてしまうし、私もいつもより浮かれているかもしれない。
「いらっしゃいませ。お荷物お持ちします!」
うん。いつもより元気な声が私も出てるかも。
「あ、オレが荷物を持ってくよ」
リヴィオがお客様の荷物を受け取り、働く。キャー!イケメンじゃない!?と女性客達が喜んでいる。『海鳴亭』でもこういう反応が生まれるのね……。
「本日はヒノキの木材をお風呂にいれてあります。木の香りが良いですよ」
「へえええ!お風呂にひと工夫されてると聞いてました!」
「楽しみだねぇー!」
ワクワクしながらお風呂へ行くお客様、売店のところではサニーちゃんやカミナリどんのグッズなどを見る子どもたちがいる。
「『海鳴亭』もお客様に愛されてるなと感じるよ。働いているとわかるな」
リヴィオが感心するように言う。
「最初はこの世界の人たちに受け入れてもらえるかわからなかったけど、ここまで大きくなるとはね」
『若旦那ー!』
私と話しているとリヴィオがスタッフに呼ばれる。はいはいっと働く。
「後からオレも風呂に行ってくるかな。ヒノキ風呂とか久しぶりだ」
「そう?行きたいなら行ってきていいのよー」
私はそう言って、朝から温泉スイッチが入ってる彼を笑った。そういえば、ヒノキ風呂したことあったかしら?屋敷のお風呂で試したことあったかな?
なかなか香りのする木を探すのは大変だったのだ。木の香りは心を鎮めて落ち着かせてくれ、私も好きだ。
後からお風呂に入ってこよう。事件はあったけど、そのおかげで、こうやって久しぶりにリヴィオと一緒に働くことになって、楽しい。良いこともあったわと思ったのだった。
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