二章 

ひよっこ夫婦

 朝、目覚めると好きな人がいて、朝日に眩しい目をして『おはよう』なんて顔を見て、言っちゃったりして、モーニングのメニューは何かな?なんて言いつつ、二人で仲良く起きる。


 なんてね。現実は……。

 

 ピチチと鳥のさえずりがして……おはようと声をかける間もなく。私はすでに執務室で仕事。


 リヴィオは忙しそうに黒地の服に着替えて王都へ行く!と新しい執事のアルバートに伝えている。


 新婚さんなんて幻想だった!ガッカリと机に突っ伏す。私は海辺の旅館の業務に追われている。


 まだ本格的ではないが、プレオープンし、親しい人達に宿泊してみて話を聞いている。いろんな要望があり、対応策を練るのは、けっこう大変だ。

  

 しかし新しい伯爵様も忙しい。


「悪い、今日も遅くなる!」


 貴族同士の会合に出るとかで、王都へ行くらしい。用意に先程からバタバタしている。


「三日前もそうだったわ……」


 私がポツリと言う。アルバートがなにか不穏な空気を察して私に声をかける。


「旦那様はまだまだ社交界では新人で、大変な時期ですから」


 ピアスをつけ、巻き毛のクルンと癖のある茶色の髪の毛の彼は若く、クロウの孫娘の婿である。仕事は手早く、かなりできる。


 クロウの方が領地には詳しいので、最初は私につけようと思ったが、リヴィオが嫌がり、オレの方に頼むといったのだった。なので、私は今までどおり、クロウにお世話になっている。


「そういうセイラも昨夜、かなり遅かっただろ!?」


「しかたないじゃない。あっちの『海鳴亭』の旅館に行っていたんだもの」

  

 転移魔法が使えるから、すぐ帰宅はできるが、夜、遅くなってしまった。


 リヴィオは昨日はナシュレにいたらしく、夕食を一緒に食べようと待っていたとクロウから聞いた。


「………いってくる!」


「いってらっしゃいませ旦那様」


 そうアルバートは白い手袋を渡して、見送る。


 私はなんだかイライラして見送りも返事もしなかった。

 

 そんなわけで、あまーい新婚生活は訪れていない。結婚して一週間は休暇をもらい、のんびり過ごしたが、その後はこんな感じですれ違い生活なのだ。


「なんだか、ご機嫌ななめですねー?」


 スタンウェル鉱山に来て、帳簿をミリーと一緒に眺めていると、そう言われた。


「え…?そう??」


「いつもに比べてですけど、なにかありましたか?新婚さんなのでラブラブでテンション高く、今日はやって来るのかと……」


 はあ……と私は嘆息し、夫婦仲の良いミリーに聞いてみることにした。

 

「ミリー達も夫婦、共に仕事してるから忙しいわよね?生活がすれ違いにならないの?」


 私の言いたいことが、わかったらしく、ミリーは『あら!まあ!』と言ってから微笑んだ。


「生活がすれ違いになると、気持ちまですれ違ってしまいがちになりますよね。わかりますよ!」


 わかりますか……と私はアドバイスを待つ。


「うちも坑道に入ってしまうと朝は早く、夜が遅いことが多いですから。でも夫婦で決めたんです。一週間に一回は二人きりで夕食を摂ること。1ヶ月に一回は休みを二人で合わせて過ごすようにすることって」

 

「その1ヶ月に一回の休みは二人で何するの?」


 私の質問に、そんなの掃除でも買い物でも、なんでもいいんですよー!と笑うミリー。


「とりあえず疲れもあると思います。鉱山温泉名物の岩盤浴でもして、ゆっくり考えると良いですよ」


 ミリーに勧められて私は低温の岩盤浴サウナへと行った。


 久しぶりの岩盤浴に寝転ぶとじわじわと背中から暖かくなってきて、疲れていた私の体を癒やしていく。ふわふわと漂うハーブの香りが良い。


 思ったより体も心も疲労していたようで、少し寝てしまっていた。


「たまに休まないとだめね……」


 かいた汗を洗い流し、露天風呂へ行く。緑が眩しく、爽やかな風がソヨソヨと吹き、お湯から出ている顔を撫でていく。


 ゆっくりお風呂に浸かると気分はだんだん落ち着いてきた。指の先まで温まったことを感じる。


「よしっ!」


 ザバッとお風呂から勢いよく出た私は明るさを取り戻していた。


 ミリーにありがとう!と礼を言うと彼女はクスクス笑い、頑張ってくださいと言った。

 

「ひよっこ夫婦でしょ?」


 ちょっと照れくさくなってそう言った私に、ミリーは優しかった。


「最初は皆そうです。でもその悩む時間も今だけです。それが良いんですよ。楽しんでください。元気になられて良かったです」


 見送られて帰ると、さっそく執事の二人を呼ぶ。アルバートとクロウに私とリヴィオの予定の調整をするように頼む。


『かしこまりました奥様』


 そう承諾したアルバートとクロウはにっこりとした。


 それから一週間ほど、やはりすれ違いの私とリヴィオだったが、互いに休日の日が来た。


「あれ?今日はセイラも休みなのか?」


「そ、そうなのよ!リヴィオは今日はなにか予定ある?」


 私は平静を装う。


「いや、今日は特に……」


「じゃ、じゃあ、お昼ごはん一緒に食べない?」


 いいぞと言ってから彼は旅館のサウナへとタオル片手に行ってしまった。


 ……予想通りのナイス行動!


 私はその間に準備する。アルバートとクロウも手伝ってくれる。


「おじょ……いえ、奥様も楽しんで来てください」


「ありがとう、クロウ」


 いまだにお嬢様と言いかけるクロウ。私だって奥様はまだ慣れない。


 帰ってきたリヴィオと湖の周りを散歩する。木漏れ日が木々の葉の間から差し込む道、爽やかな風が時折過ぎていくのが心地よく、しばらく会話もなく穏やかな気持ちで歩く。


 公園になってから、人々が憩う場となっていて、ジョギングしたりボートに乗ったりする姿がちらほら見える。船番のおじいさんに手を振る。


「さて、着いたわよ。お昼はピクニックにしたの」


 湖のそばの樹の下の一角に作られたピクニックコーナー。ピクニックシートの上に小さなテーブル。そこに可愛い花を飾り、バスケットの中はサンドイッチやフルーツ、焼き菓子などが入っている。


「これは……」


 リヴィオが驚き、目を丸くした。


「ここ座りましょう」


 私がシートの上に誘うと、うんと頷き、彼は狐に包まれたような顔で座る。

 

「コーヒーとさくらんぼジュース、お茶があるけど、どれにする?」


「えーと、じゃあコーヒーで」


 私がテキパキと用意していく。コーヒーとサンドイッチをもらった彼はようやく落ち着く。


「休暇合わせたんだな?……この日のために用意してくれてたのか」


「うん。最近忙しくてゆっくり顔を合わせる暇もなかったから、二人で休日くらいはと思ったのよ」


「そっか……余裕なくて悪いな」


 リヴィオもやっと休暇になり、気持ちに余裕ができた様子であることが雰囲気でわかる。


「私は好きなことしてるけど、リヴィオは苦手なことを頑張ってくれてるものね……苦手なことをする時は好きなことの倍のエネルギーがいるでしょ」


「今まで、ちょっとさぼってたからな」


 ……婚約してからは頑張ってくれていたことを知ってるわよと私は思ったが、微笑みで返した。


 食べ終わって、キラキラ光る湖面を眺めながらお茶を飲む。初夏に近づいてきた湖は木々や草の緑色を鏡面のように映している。


「よしっ!じゃあ、どうぞ?」


 ポンポンと私が膝を叩くとリヴィオは首を傾げた。


「なんの真似だ?」


「膝枕してあげようと思って。癒やしのプランBよ!」

 

 プランAは湖畔でピクニック。リヴィオは一瞬とまどったが、うーんとうなって少し顔を赤くして、パフッと私の膝に頭を置いて、目を閉じた。


「意外と素直ね?」

 

 リヴィオのサラサラとした黒髪を梳くように触れる。


「なかなかセイラからそんなこと言ってくれないから、貴重だろ。今日はありがとな」


 ……そ、そう?私のキャラに似合わなかったかしら?と思いながらいると、スースーと早くも寝息をたててるリヴィオ。


 はやい!!幸せそうに眠るリヴィオ。睫毛が長く、寝ていても綺麗な顔立ちだ。


 私にとっての癒やしは彼の寝顔だわとガラにもなく、あまーいことを思ったが、実はリヴィオの方も私の寝顔を見て、そう思っていたと後から聞いて知ったのだった。


 月に一回、どんなに忙しくても休暇を合わせようとこの日から決めた私達だった。

 



 

 

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