罠は張り巡らせられて
王家御用達と言われる、王都にある個室制のレストランの一室。貴族たちもよく政治の話などをするために集まるお店だ。
ダフネが赤毛の青年に扮している。美青年に仕上がっている。私もダフネと言われなくては、まったくわからない。
私は髪を三つ編みに編み込み、きちんとした紺色の服を着て、ぶ厚いレンズの眼鏡をし、真面目そうな秘書になる。
「なかなか似合うじゃない。王家の事務官っぽいわ」
「ほんと?」
これは諜報部員デビュー!?私はスパイ映画の主人公のような気分になる。
「何喜んでんのよ!?褒めてないわよ?地味オンナ役が似合うって皮肉言ってんのよ?さあ、打ち合わせどおりいくわよ」
皮肉だったのか。しかし地味で目立たない役を与えられたのだから、任務を全うしよう。静かに佇む。
ドアがノックされる。
「はいってくれ」
ダフネの声が男性のものとなる。さすが諜報部だ。
ドアが開いて入ってきたのは久しぶりに見るソフィアだ。なんだか、やつれて金色の髪はくすみ、碧色の目は疲れているように見えた。
「失礼いたしますわ」
「ソフィア=バシュレだね?」
ダフネが悠々とした態度でソフィアに手で座るように示す。ソフィアが頷いた。
「手紙を読んだ。実に興味深かったよ」
センスを優雅に取り出してニッコリと微笑むソフィア。
「宝石商のペネローペ様はセイラ=バシュレの管理している鉱山をご存知ですか?」
「知っている。なんでも鉱山と温泉を兼ねて観光地にしたという珍しい話だからな」
ソフィアの碧色の目が意地悪く光る。
「あそこはもともとはバシュレ家のものですのよ。これが権利書ですわ」
……本物じゃないわよね?ペネローペ宝石商に扮しているダフネが手に取り、私に渡す。
「これは私の秘書だ」
権利書に目を通す。確かに私にくれたものと同じ物ではあるが、用紙が比較的新しいことから、最近作られたことがわかる。……ん?
「インクのにおいがしますね」
私がポツリと言う。ペネローペ宝石商役のダフネがクスッと笑う。
「もしかして……これ偽物ですかね?」
ソフィアが平静を装い、そんなわけございませんわ!と強く言う。
「実はセイラの持っている権利書が偽物なんですわ」
「見比べられないのでわからないのですが、セイラ=バシュレを陥れることについては手を組めるのではないかと思っています。ですから、これが本物であろうと偽物であろうとどちらでも構わないですよ」
ダフネが悪い男の人相をした。ソフィアがニヤリと悪どい笑いをする。
こいつらまとめて、魔法でふっとばそうかな?その方が世のため人のためになる気がしてきた。話も早いし。
……リヴィオならすでにしてるだろう。
いや、せっかくの罠を張ったのだ。最後まで全うしよう。無表情の秘書役を演じ続ける。
「この権利書は少し作りが甘いです。鉱山を買った時期に合わせた紙の古さとインクの乾き具合が必要です。作り直しておきます」
私は淡々とした声で言う。ダフネに書類を返すとうむと頷く。ソフィアがなるほどと感心している。
「後はセイラ=バシュレのアキレス腱。何を奪えば一番効果的だと思いますか?もう1つくらい手土産がほしいですね」
ダフネ、なんかイキイキとしてない?気の所為かな?ソフィアがしばらく考える。
「セイラの婚約者であり、公爵家のリヴィオ=カンパネルラですわね」
「ああ……『黒猫』ですか」
忌々しげにソフィアの顔が歪む。美人なのに憎しみがこもると醜くなる。鏡をみせてやりたい。
「『黒猫』は我々の業界でも有名ですよ。なかなかの手練れであり、葬るのは難しいかと思いますがね?」
「そんな野蛮なことはしませんわ!いい考えがありますの。わたくしの友人で学園時代に付き合ったことがあると言う女性がいますのよ!その女性にセイラから奪ってもらいますわ!」
なんと!!そんなことに?……えーと、元カノってこと?どれだ!?ダフネもしばし無言になる。どの人だろうと思っているに違いない。
「リヴィオ=カンパネルラはやめておきませんか?彼自身も危険だが、カムパネルラ公爵家を敵に回したくない」
つまらないですわと口をとがらせるソフィア。
絶対リヴィオには関わらせたくないという空気を察する。ダフネは彼のことが苦手らしい。
「……こういうのはどうです?セイラにバシュレ家の財産を渡すと言って、おびき寄せて罠にはめるのはどうです?その場でスタンウェル鉱山の権利をこちらへもらうということも披露してやれば楽しいパーティタイムになるでしょう」
「まあ!面白そうですわ。やはり間近でショックを受ける顔を見てやりたいのですわ。オホホ!すごい顔になりそうですわねぇ。おまかせくださいな!」
む、無表情、無表情っと……。
ダフネはカバンをパカッと開けてお金を見せた。
「これは鉱山売却支払い金とセイラ=バシュレを陥れた時の成功報酬です。こうして用意してあります」
「まあ!素敵!!……ペネローペ様はどうしてセイラを陥れたいのですの?」
「手紙にも書きましたけどね、宝石商として石を取り扱っていたのにセイラ=バシュレが鉱山を持ち、石を売り出してから市場を荒らされましてね」
ほんとに面白くない!とイライラして言う。演技よね??と疑うくらいうまい。
「わたくしたち、気が合いそうですわ」
「本当に!セイラ=バシュレに目に物を言わせてやりましょう!!」
………力いっぱい言う。………演技よね?
「そうですわ。わたくし、セイラを苦しめるためにあるものを用意をしてますのよ。オホホホ!」
高笑いするソフィアにダフネが一瞬眉をひそめたが、ほぅと感心するような、声音をあげて尋ねる。
「それは……?」
「後からのお楽しみですわ!」
残酷なほどの笑みを浮かべて教えてはくれなかった。ここまで恨まれるほど何かしたかなぁと思ったが、役柄的に無表情な秘書を演じ続けるしかなかった。
ソフィアと別れた後に私は聞いてみる。
「ダフネ……演技よね?」
「あー!たのしかったわ!あはは!あんた嫌われすぎね!」
爆笑していたが、スッといきなり真顔になる。
「ベッカー家の血を受け継いでいるから、諜報部員の才能あるかと思ったけど、そうでもないわね。顔に少しでもでたら、この職業は命取りなのよ。あんた才能ナシよ!」
「あら……顔に出ていた?」
ダフネは肩をすくめた。
「リヴィオの元カノなんて、いっぱいいるでしょ?気にしないことよ!」
「え!?そこで出てた!?」
私は自分の顔を両手で挟む。そんな出てたかな?そこまで気にしてないけどと言ったら嘘になるかな。
「さてと!作戦は遂行中よ。エスマブル学園の諜報部員のプライドにかけて成功させるわよ!成功したらエスマブル学園の諜報部を尊敬しなさいよっ!?」
ビシッと私を指差して、強気でそういうのだった。
いや、もう十分スゴイなぁと思ってるけどねと思いつつ、頷いたのだった。
「ただ1つ気になるのが、セイラになにかを仕掛けようとしている点ね。これはまだ掴んでいない情報だわ。リヴィオの傍にいる分には安全ではあるけれど、気をつけなさいよ?こっちでも何を用意してるか探ってはみるけれど……」
「わかったわ。ありがとう」
ソフィアはなぜ会った時から私を嫌っていたのだろういや、むしろ憎んですらいた。今も全力で嫌がらせを続けている。だが私は幼い頃から学園にいたため、接点はあまり持たなかったはずだ。
その理由もずっと気になっている私だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます