秋の海辺
リヴィオには秘密でカムパネルラ公爵家に来ている……いずれ来なければならないと思っていた。
当主であるハリー=カムパネルラが真面目な顔をして私を見た。
「リヴィオがいないから率直に言う。君に関わることとなると、あいつは暴走しすぎる」
確かにと頷き肯定する。
「その行為はカムパネルラ公爵家としては危険がある。ステラ王女の件はレオンの油断だったとしても君は何かしら事件を持ってくる」
「はい……」
謝罪に来たつもりだったが、謝罪を受け入れてもらえる雰囲気ではない。レオンにも謝りたいと言ったが、公爵は必要ないと跳ね除けた。
「カムパネルラ公爵家としては残念だが、君とと縁を持つことは避けたい…」
「……あの……実は……私は先日、リヴィオから結婚の申込みをされて受けました」
ハリーは顔色を変えない。もうリヴィオから話を聞いていたのかもしれない。
「いずれそういう日はくるだろうとは思っていた。君には考え直すことを求める。リヴィオにいっても無駄だからな。君から結婚は考え直すと伝えてくれないか?」
重々しい空気が流れる。しばらく沈黙がある。
深呼吸し、私は口を開く。ぐっと膝の上の拳を握る。手の平にじんわりと汗をかいている。ギュッと一度目を瞑って、意を決してハリーを見据える。
「私はリヴィオのこと、手放したくありません。諦めたくもありません。図々しいこと言ってるとは思います……ご迷惑をおかけしたことは事実ですし、もちろん結婚を許してくださらない考えはわかります!ほんとうに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
私は深々と頭を下げた。カムパネルラ公爵は……はぁと溜息をついた。
「いや、すまない。うちのリヴィオも我慢できないところがあり、あいつに悪い部分があることも重々承知している。しかしなにかしら事件が起こる君よりも穏やかな暮らしをしている女性のほうがあいつには……なんてな……!アハハハハハッ!」
「はい……!?」
いきなり笑い出す公爵。ど、どういうことなの!?
「そうか〜。うちのリヴィオの片想いってわけではなかったんだなぁ。よかった!いやー、気持ちを確かめるような真似をして、悪いね。ほんとにあいつ、好かれてるのか?とオリビアと心配していたんだ。謝罪は必要ないと言ったはずだが?わざわざ来なくても良かったのだが……」
「え!?……ええっ!?」
私が目を白黒させてるとカムパネルラ公爵はリヴィオによく似た好戦的な笑みを口の端に浮かべた。
「子爵家へリヴィオのしたことは確かに常軌を逸したことではあったが、カムパネルラ公爵家に刃を向けるものにはどうなるのか教えてやるには良い機会だっただろう。これで当分、他の貴族も大人しくなる」
フフンとどこか得意気だ。そして優雅な仕草でお茶を一口飲むと私に向かって言い放つ。
「君とリヴィオくらいカムパネルラ公爵家の力で守ってやることはできるぞ!見くびるな。かなり強い!」
目には絶対的な自信が満ちている。
このセリフや雰囲気をどこかで聞いたし、見た気がした……これは……
「リヴィオにそっくりですね」
愚息と言ってる割には、一番下の息子を嫌いではないらしく私の一言にニヤリとした。
「わかってしまったか……実はあいつが一番わたしに似ているんだ」
そして私の顔を見て言った。
「確認だが、本当にリヴィオでいいんだね?カムパネルラ公爵家の問題児だが?」
「は、はいっ!……私のほうこそ私で良いのかなと思ってます」
「何を言う!よくうちのリヴィオを御してると思うぞ」
あいつは扱いにくい。とぶつぶつ言っている。いや、カムパネルラ公爵家の息子たちはどれも扱いにくそうだよねとアーサーとレオンの顔が浮かぶ。
さて、仕事にお互いもどろうじゃないかと忙しいこの国の宰相は言った。
「宰相の視点で言わせてもらうと、君が男なら良かったのにな……君の功績は素晴らしいし、仕事への熱意もある。もっと活躍できていただろう。陛下からの信頼も得ているし、もったいないな」
その言葉にフッと私は微笑んだ。
「私は女であったことに後悔はないです。……今回はこれでお暇させて頂きます。貴重な時間をとって頂き、ありがとうございました」
「また会おう。息子の長年の想いが叶って、親としては純粋に嬉しいし、喜んでいるよ。君はカムパネルラ公爵家の娘になるんだからね!お義父さんと呼んでくれても構わないよ!今度、他の家族も混じえて食事でもしよう」
そう言って温かな言葉と優しい笑顔で見送ってくれた。
カムパネルラ公爵家の強さはこの一族の繋がりの強さかもしれない。そう思った。
海辺の旅館の建物は少しずつ出来上がってきている。ベントが腕を組み、順調にいってます!と報告する。
「部屋から海が見えるように建てました。後、お嬢様のご希望どおり、一階のテラスを広めにしました。ちょっと『花葉亭』や鉱山温泉の時と違いますね」
「そうね……少し変えてみたの。ここは王都から近いから、日頃、ちょっとした息抜きに気軽に使ってもらえたらと思ってるわ」
テラスでお茶したり、ちょっと気分転換に海を眺めにきたり……もちろんお風呂も海を眺めながらはいれるように設計されている。
楽しみですねぇとベントが言う。
「けっこう大きい旅館にしてしまって、手間をとらせてごめんなさいね」
「いえいえ!なんだかここ数年で自分の建築技術も上がった気がしますよ!」
そう言ってもらえて助かるわと私は感謝した。
少し海辺を歩いて帰ろう。
秋の海は少し寂しげだ。人もいない。ザザザンと波も荒い。
「ああ言ってくれたけど、ゼイン殿下事件、マリアの事件、ステラ王女の事件、そして子爵家の事件……巻き込みすぎよねぇ」
一人で海に向かい、そう言うとストンと砂浜に腰をおろす。
あえて気持ちを確かめられた。
リヴィオを手放すとは言えなかった……迷惑かけたという申し訳ない気持ちはある。こんな私でいいのかな?だけど私には、もう彼のいない日常の想像がつかない。
「おかしいなぁ……私、結婚しない主義だったのになぁ。いつの間に考え変わってたのかな」
結婚どころか特別な人を傍に置くことも考えていなかった。リヴィオを意識し始めたのはいつだったのだろう?
砂がつくことも考えず寝転ぶ。寒い風が時折吹いてくる。秋の空は高く、雲も風に流されていく。耳には波の音。
屋敷に帰るとメイドたちがキャーーーと悲鳴をあげた。
「お嬢様っ!何してきたんですかーっ!?」
「砂だらけですっ!」
「玄関から動かないでくださいね!そのままですよ!?」
海の砂だらけの私に慌てる。払ってきたと思ったんだけどな……。
砂を落とされ、すぐにお風呂へ行くように言われた。
チャポンとお風呂に入る。屋敷にも温泉ひいといて良かった。冷えた体があったまる~。ホカホカすると温まった分だけ気分が上向きになれる。
新しい家族を作るということ……それはリヴィオと私だけの話ではなく、カムパネルラ公爵家は私まで守ると言ってくれ、受け入れる覚悟を決めてくれていた。
……それが嬉しかった。
心の中が温かい。今までなかった感情に少し涙が出たが、ごまかすように、お湯で顔を洗って流す。
ベッカー家にも家族になろうと言われたか、嬉しくなかった。養女にとか資産をくれるとか私がかわいそうとか、そんな物や言葉が欲しかったわけじゃない。
ハーブの香りのする石鹸を泡立てる。考えながらしていたら、泡立てすぎてモコモコしてる。でも良い香りで落ち着く。
湯船に長めに浸かってからあがる。
夕食は……なんだが胸が一杯で、食べる気が起こらず、断っておく。その代わり温かいお茶をもらった。
執務室でパラパラと売り上げや領地の収穫量などを見たりする。ふと手を止めた。
家族か……と私は何度も反芻する。自分が思ってる以上に嬉しいようで、顔がにやけてしまうのであった。
しかし気になることもある。私を大事にしてくれた唯一の家族らしい家族であった祖父は今、いったいアオと一緒にどこで何をしているのだろうか?
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