【表舞台に立たぬ者】

 カサカサと風に落ち葉が舞って、慌てて箒で抑える。風が強くて、なかなか掃除がはかどらない。

 玄関先に落ちてきた落ち葉を履いていると、風と共に女性が現れた。


「一晩泊めてもらえる?」


「こんにちは。構いませんが、空き部屋があるか確認させてくださいね」


 どうぞと私は旅館内へ案内する。まだチェックインするには早く、他の人はいない。受付にもスタッフ一人。


 今日のお客さんの名簿を確認する。そこへリヴィオがどーしたー?と受付の机の所に顔を出す……その瞬間、私の体をバッと引き寄せて、自分の後ろへやり、ダンッと机を蹴って飛び出す。


 女性客がリヴィオの攻撃に備えて構える。


「おいっ!なんでこんなやついれた!?」


「こんなやつって……?」

  

 私は驚く。


「エスマブル学園の諜報部に入った……クラスメイトまた覚えてねーのか?」


 忘れてたわけではない。そもそも覚えてない。


「セイラ=バシュレ!他人に興味がないのは相変わらずねぇ。でもさすがに……ライバルのあたしのことくらい覚えててもいーんじゃない?」


 いや……今はあります。と思いつつも距離感を保つ。ライバル!?マジマジと顔を見る。


「うーん………誰でしたっけ?」


 その瞬間、ものすごく不機嫌な顔をされた。


「いや……けっこー、こいつ、セイラに難癖つけて絡んでただろ?イジメかよ?とオレは思っていたんだが?ダフネ=キャンデロンだろ?」


 ライトブラウンの短い髪に緑色の目をした彼女をマジマジと私は見た。……うーん。いたような気もするような?


「その都度、邪魔するのがジーニーとリヴィオだったけどね!あと、あのうるさいフォスター家の双子っ!!それがよけいに女子の反感を買っていたのよっ!」


 ビシッと指をさしてくる。


「そんなことあった?かばってもらってた!?お礼言うには遅いかもしれないけど、ありがとう」


 リヴィオに言うと、いまさら感だと肩をすくめた。


「で、何の用だ?」


「リヴィオ!あんた元諜報部員S級をメッタメタにしたでしょ?」

 

「知らねーなー。諜報部員だったのか?」


「とぼけないっ!ジーニーから聞いてるでしょ?こっちはジーニーに言われて、セイラ=バシュレのためにいろいろ諜報活動をしてやってるっていうのに、どうなのよっ」


 リヴィオがハッと鼻先で不敵に笑う。


「S級の割によえーな。もっと鍛錬しとけよ」


「元!元諜報部なのよっ!……あたしは素敵な方だと尊敬していたのよ!」


「それで?なんだ?仕返しにきたのか?」


 受けて立つぞ?と不敵な笑いをし、好戦的に構える。

 

「エスマブル学園、諜報部に顔だしなさいよっ!あたしの気がおさまらないわ」


「ふーん……いいぜ?オレが何をしたのか知ってて言ってるんだよな?やる気なら容赦しない」

  

 リヴィオがニヤリと邪悪な笑みを浮かべるとビクッと体を震わせるダフネ。目に恐怖の色を浮かべた。


 二人のやり取りに私は焦る。


「待って!私が行って謝るわ。リヴィオは私のためにしたのよ!」


 私の言葉にダフネは目を丸くする。


「そんなこと、言えるようになったのねぇ。ってか、あんたがあのベッカー家と関わりがあったとかホントありえない!あたしの青春返して!」


 ど、どういうことなの?青春ってなに??


「いいから!セイラはここにいろ。危ない」


「これは私のせいで起きたことだもの……リヴィオに、これ以上迷惑かけられないわ」


「言ったはずだ。オレがセイラを守ると……」


「リヴィオ……」


 はいは~いと手をパンパンと叩いてスタッフたちが呆れる。


「そこまでにしといてくださーい。お二人共、そろそろお客様きますよー」


「ちょっとふざけてるでしょ?」


「茶番劇を見せつけるのやめてくださいよ」


 私はペロッと舌を出す。リヴィオはバレたか?と笑う。


「めんどくせーし、行く気ない。用があるならそっちから出向いてこい」


「だいたい、ジーニーが何も言わないのに学園長を越して言いに来るのは越権行為よね。で、宿泊するの?しないの?」


 何故かダフネは半泣きで『するわよぉ!』と言ったのだった。


「アホみたいやつだが、諜報部には優秀なやつしか入れない。実力はあるとみていい。セイラに敵意をもっている。オレが対応しよう」

 

 ヒソヒソとリヴィオが言う。


「私がするわ。大丈夫よ」


 リヴィオが……ま、いいかと言う。


「あいつがセイラに勝てたところを見たことがないしな。だが、気をつけろ。何、しでかすかわからないからな」


「聞こえてるわよっ!はやく案内しなさいよーっ!」

 

「では、改めまして、いらっしゃいませ。お部屋まで案内させて頂きます」


 私が部屋へと案内する。キョロキョロとインテリアや建物内を見回す。


「へぇ……なんか異国情緒溢れるわね。素敵ね」


「ミニ提灯、お土産用のインテリアなど売店にありますから、後で見ていただいても楽しいかと思います」


 興味がわいてきたらしく、ダフネは頷いている。


「こちら季節のお菓子とお茶です。胡桃と栗を使った小さなお饅頭となってます」


「優しい甘さで美味しいわ……セイラ=バシュレ、ほんとに雰囲気変わったわねぇ」


「あら?女将、どんな感じだったんですか?お召し物こちらに置いておきますねー!お風呂のセットも一緒にありますから、使ってくださいね」


 スタッフの一人がお風呂セットを持ってきて、声をかける。


「冷たいし、誰も目に入ってないし、暗いし……そのくせ生意気で負けず嫌い」


 クスクスとスタッフが笑う。


「女将、負けず嫌いなのはあまり変わりませんわね」


「そうかもしれないわ……勝負事はムキになっちゃうもの」


 フフフッと私も笑う。


「良かったですねぇ。クラスメイトが訪ねて来られるなんて、なかなかないですものね。懐かしいお話をどうぞ、ごゆっくりなされてください」

  

 スタッフがそう和ませて去っていく。


「……良いスタッフね。そうやって笑う姿とかびっくりしてるんだけど?」


「そうですか?お茶のおかわりいかがですか?」  


「ありがとう。お茶をあんたに注いでもらう日がくるとはねぇ。……もう一度勝負しない?学園のときのように」


 私は目を丸くした。しばらく考えてから答える。


「勝負事にもよりますけど、きっと現役のダフネさんの方がもう強いですわ。温泉に入ってゆっくり過ごされるのがよろしいですわ」


 シーンと静かになった。そのまま私は部屋から出ていった。リヴィオがドアの前で待っていた。大丈夫そうだなと去っていった。


 うーん……思ったより悪い人ではなさそうだと私は思った。


 ダフネはしっかり大浴場や露天風呂をたのしみ、夕食も美味しそうに食べた。温泉旅館を満喫し、スタッフとも楽しそうに話してる姿を見かけた。


 本当なにしにきたんだろう?私は疑問文が浮かんだが、まぁ……ただ遊びにきたかっただけかもしれない。


 お酒をまったりと部屋で飲んでいるらしく、追加が入ったので私が持っていく。


「失礼します。これはサービスです」


 おつまみのナッツとクラッカーを載せた皿を置く。彼女は窓辺で静かに飲んでいた。


「あら?ありがとう……ここ良い旅館ね。気に入ったわ」


「良かったです。またいらしてくださいね」


「あたし達、諜報部は表に出ないわ。華々しく成功をしているあんたにはわからないかもしれないけど……けっこう辛いこともあるわ」


 はぁ…と頷く。


「でもこうやって、ゆっくり過ごせる時間があると心が癒やされるものね。あんたが卒業式間際にいなくなったとき、皆、騒いでいたのよ。何も言わずに消えるんだもの!別れくらい言っていきなさいよね。その中でもリヴィオとジーニーたちのショックを受けていた様子が忘れられないわ。いなくなって本当につまらなかったわ」


「すいません……実家にすぐ戻ってこいと言われたので……」   


 私も卒業式まではいたかったのだが、それは許されなかった。卒業の資格は得ていたから良かったが……もし得ていないとしてもあの時の私にとって、どうでもいいことだっただろう。


 祖父がいなくなり、私は一人になった。バシュレ家への帰路はそれはそれは……足取り重く、その先の将来もなにもかもどうでもよくなっていた。


「一口飲む?もう、仕事終わりでしょ?」


「止めときます。リヴィオから油断するなと言われてますので……」


「ほら!それよ、それっ!今まで誰が何を言ってもどーでもいいって顔してたのに!人の話を聞いて判断するとか……びっくりなのよーーっ!あたしの酒が飲めないのかーーいっ!」   


 酔っ払いめ……と心の中で毒づく。私も帰って明日に備えたいのよっ!明日も忙しいのよ!


 落ち着け、スマイル0円。笑顔を保つ。


「秋は夜が長いですわ。ごゆっくりお過ごしください。私はまだすることがありますので」


 そーっと去っていく。後ろからなにやら声がするけど。


「待ちなさいよーっ!お酒の相手しなさいよ!冷たい女ねー!!」


 他のお客様の迷惑にならないように隅の部屋にしといて正解だったわね。


 スタッフに酔いすぎないように後からそっと見にいってもらえるよう頼み、私は屋敷に戻った。いつもより遅くなってしまった……。


 執務室にジーニーがいた。


「悪いな。めんどくさいやつが来ただろ?諜報部の所長が止めたが行ったとか……所長が謝っておいてくれと言っていた」


「大丈夫よ。すっかり楽しんでるわよ」


 温泉で懐柔しときました。

 

 やれやれと肩をすくめる若き学園長。


「ジーニーはなんで旅館手伝ってくれたの?」


「学園長をしていると、学園時代を思い出す。懐かしくて戻りたくなる。リヴィオとセイラとトトとテテと過ごしていると、少しだけその時間に戻った気持ちになる。なかなかそんな友人達とずっと付き合えるなんてない。貴重な時を過ごさせてもらっている」

  

 ほんとに同世代ですか?というくらい大人びている。私が変わったようにジーニーも大人になっていく。学園長らしくなっていってると微笑んだ。


「ありがとう。私も助かってるし、一緒に皆と過ごせて……むしろ学園時代のできなかった楽しいことをもう一度させてもらってるわ」


 バンッと扉が勢いよく開いた。リヴィオだ。


「こ、こんな夜更けにどしたのよ!?先に休んでたんじゃないの?」


「こっちのセリフだーーっ!なかなか帰ってこないし……執務室でジーニーと喋ってるし、おまえなーっ!」


「ふふん。ヤキモチかい?」


 焦ってるリヴィオとは逆にジーニーが余裕の笑みで、ニヤリとした。


「ち、違うっ!」

 

「僕は人妻でも範囲内だからね」 


 ん?どういうこと?なんの範囲??


「なっ、なにを……おいっ!ジーニー!?」


「うかうかしないように、気をつけることだね」


 私は意味がわからず半眼になって二人に言った。


「二人共、屋敷の人達が起きるから、静かにしてよ」


『ハイ』


 素直に静かになった二人だった。


 次の日、ダフネは二日酔いの頭を抱えて帰っていった。ニヤニヤとリヴィオはそれを見て言った。


「やっぱりセイラに勝てなかったなー。」


「お酒に負けたんでしょう」


 私は飲みすぎた彼女に二日酔いの薬草を渡して見送った。


 その後、エスマブル学園諜報部の慰安旅行に『花葉亭』を利用していただける事となった。



 


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