砂糖菓子は毒となり

 カムパネルラ家から危急の連絡です!クロウがそう叫ぶように言ったのは、遅めの夕食の時間が終わる頃だった。


 私とリヴィオが執務室の連絡球へ走って向かうと球体にカムパネルラ公爵がうつっていた。顔色があまり良くない。


「リヴィオ、すぐ王城へ行くぞ。カムパネルラ家全員だ」


「なにがあった!?」


 ただごとではない雰囲気である。


「レオンがステラの王女に贈った砂糖菓子の中に毒が入っていた。王家への反逆罪の疑いがかけられている。……この場合、一族が王城に召し上げられる。拒否権はない」


 まさかレオンがそんなことするわけがない。嵌められたとしか……。


「レオンはそんなことしねーだろ。するならもっと狡猾にするぞ。誰だ?カムパネルラ公爵家にそんなことを仕掛けるやつは?」


 リヴィオは鋭い目つきになる。ハリーがわかってると頷いた。


「カムパネルラ公爵家の皆は当然ながら、レオンはシロだと思っている。慣例に従い、法に従って王城へ行くまでさ。さぁ、用意しろ」


 ギリッと奥歯を噛むリヴィオ。私は不安になりつつも着替えることにする。


「はぁ?なんでセイラまで行くつもりでいるんただ?」


「え?当然行くわよ。私はあなたの婚約者でしょ?」


 一瞬、怒りを忘れてリヴィオはキョトンとした顔になった。その後にそうだなと嬉しそうに笑った。


「でも危険だから来ないでくれ。なにかあってもセイラには害が及ばないようにするから」


 私は隣の部屋で黒と白を貴重とした質素な服装に着替える。こういうときは地味な方が良いわよね。

 リヴィオの方へヒョコッと顔を出して言った。


「さっさと行くわよ。私がピンチのときはいつもリヴィオが助けてくれたじゃない。私がいてもなんの力にもならないかもしれないけど……」


 何か役に立てることもあるかもしれない。


「本気か……?最悪ナシュレ領にも迷惑かけるかもしれないんたぞ!?」


「それはそのとき考えるわ。ステラ王女の様子も気になるわ」


 解毒の術はもちろん王城の医師がかけただろうから心配いらないだろうが……気持ちの面で心配なのだ。 


 転移の術で瞬時にカムパネルラ公爵家についた。重々しい雰囲気で玄関ホールにハリー、オリビア、シャーロット、マリア達が集まっている。アーサーとレオンは先に王城に行っているらしい。


「待っていた。……ん?セイラさんも?」


 カムパネルラ公爵が私に気づく。そしてリヴィオのちょっと嬉しそうな顔を見て察したのかクスリと笑った。場が和む。


「な、なんで父さん、笑ったんだよっ!?」


「いやいや、なんでもないよ。セイラさん、ありがとう」


 いえいえ……?と首を横に振る。見透かされたリヴィオだけが憮然とした。


 馬車が夜道を走っていく。ハリーはこちらの方に乗っている。リヴィオと私に状況説明するためだ。


「宰相という地位ゆえ、嵌められることがないように細心の注意を払っていた」


 ハリーは目の奥を光らせる。それは恐ろしく鋭い眼光だった。


 宰相という立場ゆえ、普段は好戦的な性格を隠している公爵なのだろう。しかしカムパネルラ公爵家はわりと全員が好戦的だよね……喧嘩売った人、死ぬんじゃないかな。そんな予感がした。


「大抵の手口は抑えられる……だが、今回は網をかいくぐっている。レオンはプレゼントをするときは細心の注意を払っていた。相手がステラ王女なら尚更だ。聞くところによると王都の菓子店……いつもカムパネルラ公爵家が利用している店だ。そこに特注で頼み、パティシエから直接受け取っている。砂糖菓子を直接箱に入れるところまでチェックしている。そして同じ物を二箱用意し、一箱はカムパネルラ公爵家のお茶の時間にオリビアとマリアが使っている。もちろん二人共なんともない」


 ……め、めんどくさいことを!と私は驚く。ぬかりなさすぎだろう。カムパネルラ公爵家という地位だけあって、足元をすくわれぬように普段から気をつけてるってこと?私の頬に汗がつたう。


 リヴィオの心配症も心配というより、そうやって身辺を常に気をつけて生きているからなのだと今、気づいた。公爵家って偉い人って大変だわ……。


「失礼かもしれませんが、確率は低いけど、ゼイン殿下……ではないのですよね?」


 ハリーは首を横に振る。だよね。ゼイン殿下に宰相の目をくぐり抜ける術はないだろうし、そんなことは、さすがに側付きの騎士団長は止めるだろう。


「ステラ王女付きのメイドは?」


「幼い頃から傍についている。毒見もしたが、大丈夫だったようだ」


 私とリヴィオは顔を見合わせた。


「最初は二箱あり、その一箱を贈り、次は同じ箱に入っていた砂糖菓子の中で、どれを食べるのかわからないわよね?そして毒味したメイドは知らなかったのよね……でも信頼のおける人で……?」


 探偵にでもなった気分だ。どうやって??


 だから手詰まりなのだ……とハリーは溜息混じりにそう言った。


 さあ、着いたぞとハリーが言う。カムパネルラ公爵家は王城から近い。すぐに海の道を渡ってきた。潮がひいている時間で良かったなと公爵は言う。


 広間に通される。持ち物のチェックをされ、一列に並ぶように言われた。


「ごめんね、こういうことになって……」


 レオンが申し訳無さそうに皆に謝る。


「お兄様は何もしていないわ!それはわかるわ!謝らないでちょうだい!」


 マリアがビシッと指を差して堂々たる態度でそう言うと、そうねとオリビアも頷く。ウンウンとその場の全員が頷く。


「レオンを手玉に取るやつなんて……只者ではない」


 アーサーが鋭い眼光を光らせて言う。リヴィオはこの状態が罪人のようでおもしろくないなと呟いている。


 信頼してる家族同士の姿を見て、良いなぁと私は見る。こんな時、家族で一致団結できる絆がとても羨ましく感じた。


「カムパネルラ公爵家は仲がいいですわよね。大丈夫ですわ。何事もなく終わりますわ」


 コソッと耳打ちするシャーロット。こんな時でも落ち着いている。彼女もまたカムパネルラ公爵家を信じている。


「女王陛下がいらっしゃる。皆、静かに!」


 カムパネルラ公爵がそう言うと、扉が開いた。久しぶりに見る女王陛下は相変わらず美しかった。


「こんな夜更けに全員揃って来るとはご苦労なことだな。相変わらず宰相は真面目だな。宰相だけで良いと言ったではないか」


「そういうわけには参りません」


 めんどくさそうに陛下は手を振る。


「今回の件は不問である。一部の者しか知らぬから安心せよ」


 ありがとうございますとカムパネルラ公爵は頭を下げる。 


「フフン。いつも妾を叱ってばかりの宰相に謝られるのは悪くないのぉ」


「陛下!おふざけにならないでください!」


 ハリーに叱られて肩をすくめる陛下。そうだ。こんな人だった。


「ステラの容態はどうでしょうか?」


「ああ、そなたマリアだな。行ってやれば良い。解毒の術をかけたが、もともと王族は多少の毒には体を慣らしてあるからのぉ。大したことではないわ」


 ハイッと言って、マリアはステラ王女の元へと行った。


「……この先は小娘に聞かせる話ではないからの」


 陛下はマリアを見送ってから、話を変える。


「レオンとやらが毒を盛っていないことはわかる。毒見役が終わってから毒がついたとみていいだろう。それは結果としてであり、今問題になるのは……何のためにだ?」


「目的ですね……宰相の地位からひきずりおろしたい者がいるのか?」


「いや、それならば妾を狙えば良いであろう?」


「陛下にわたしからプレゼントなんてしませんよ」


「妾とて、おまえからのはいらぬわ!」


 二人で言い合いになりかけて、コホンと咳払いするハリー。


「ステラ王女とレオンの仲を知っている者は多いですか?」


 私が尋ねると陛下が眉をあげた。


「……そうだな。知らぬ。妾も今回初めてしったのだ」


「わたしもだ……」


「私達も……」


「誰にも言ってません。ステラ王女もそれを望んでるわけではないですから」

 

 ニッコリとレオンはそう言い、ほほえむ。大人である。夢を見させてあげている……そう言うことなのね。リヴィオの言った意味がわかる。


 時々、届く贈り物や優しい言葉をかける。ステラ王女の年頃なら、それでドキドキ感を味わえて、とても楽しいだろう。


 望み薄いのかしら……と嘆息したが、今、それは置いておこう。


「ステラ王女は私とマリアときっと側付きのメイドくらいにしか明かしておりません」


「そなた、心当たりがあるのか?」


「今のところはまだ無いです……相手がどうしたかったのかも読めません。ただ、王女とレオンとの関係を知っているからこそ使える手でしょう?レオンからの贈り物と知らなかったんじゃないかと思います。つまり、カムパネルラ公爵家は関係ないと思うんです」


 贈り物の箱を見つけて仕掛けてみたが、カムパネルラ公爵家の物からだと知り、相手は今頃焦っているかもしれない。


「うむ……そうなるのぉ」


 陛下が考え込む。


「あの……私もステラ王女に会ってもよろしいでしょうか?」


「よい。会っていけ。セイラ=バシュレ……犯人がわかったらそなたの一存で裁くことを許す」


 ザワリとカムパネルラ公爵家の面々がざわめいた。陛下は懐より黒龍の紋がついたネックレスを私に渡した。両手で受け取る。


「……これはよくシン=バシュレにも与えた権限である。その意味わかるであろう?」


「陛下のお心のままに……」


 スッと私はお辞儀する。信頼し、任せてくれるというわけか。または陛下の代わりに手足となり動くように命じられたということだ。


「ほんとに、よく似ておるわ」


 そう言って陛下は目を細めて笑う。


「この度の陛下の温情には感謝を致します……が、セイラをけしかけるのはやめて頂きたい」


「リヴィオ!口を慎め!」


 アーサーがリヴィオに言う。陛下はリヴィオの性格を知っているので面白そうに言った。


「『黒猫』がついておるから大丈夫であろう」

 

「ただでもセイラは首を突っ込むのに陛下にそう言われては、余計に解決しようと動くのではと……」 

   

 いや、それ私じゃなくてリヴィオじゃないの!?そんなに無鉄砲じゃないわよと反論しそうになる。


「婚約者どのは心配しすぎるのぉ。では、こうしようではないか。セイラ=バシュレとリヴィオ=カムパネルラ。二人に妾の代理人として犯人をみつけしだい、裁くことを許そう」


「そ、そーじゃねーだろーっ!?」


 ……と、思わず、叫ぶリヴィオの口をアーサーが抑える。


「わかりました。うちの愚息がどこまで、できるかわかりませんが、陛下のお心遣いありがたく存じます」


 ハリーがさっさと引き受けている。こら!まて!というリヴィオをレオンが後ろへひっぱっていき、意見は無視されている。三男の扱い……ひどいなぁ。

 

 私はステラの部屋を訪れた。具合はすっかり良く、レオンの無実を信じていた。


「セイラも来てくれたのね!わたくしの油断のせいですわ!レオン様にはご迷惑をおかけしてしまいましたわ……このせいで距離をとられちゃったら……どうしたら!?」


 マリアがなぐさめるように兄様には言っておきますからとステラ王女に言う。

 ……恋となると聡明な彼女は年齢相応になるなぁと思った。可愛らしい。私は提案する。


「手紙を書いてはいかがですか?一言でもいいと思いますが……」


「それいいわね!ペンと紙を持ってきて!」


 メイドがはいっと持ってくる。部屋の隅っこではジーナがしょんぼりといじけていた。


「あ、あの……ステラ王女。あれは?なんでしょうか?」


「ジーナったら、寝るときに起きた事件だから、関係ないのにああやって自分を責めてますのよ!めんどくさいったら!!……放っておいてくださいなっ!」


 まったくと怒りつつ手紙を書いている王女。ふと、私はベッドの横にある。小さな赤いバラに気づく。胸の鼓動が少し早くなる。


「これは……」


「あ、箱についていた飾りの一部よ。捨て忘れてましたわ」


 私はハンカチを出してスッとミニバラの花を包む。


「頂いても構いませんか?」


「ええ。かまいませんわ!……ねえねえ。マリア?これでいいかしら?」


 手紙の文章をかんがえることに夢中の王女は私の何気ない行動に気づかなかった。


 そして私はこのバラが誰が誰に宛てたものなのか、その可能性に気づいてしまったのだった。


 砂糖菓子についていたのではない。この飾りのバラに触れた後に口にしたからだ……調べればわかる。バラには毒がついているだろう。箱は持ち去られていたが、花は王女が何気なく置き、忘れていたのだろう。どの時点でバラを箱につけたのだろうか?王宮内に入り込み、こんなことができる人はなかなかいない。


 ………回りくどいことする!怒りが沸き起こる。許さない。絶対に。私は拳をぐっと作って握る。


 数日後にリヴィオが「これなんだ?」と私に聞く。箱を開けた瞬間に黒い毛皮?一瞬、猫の死骸かと思ったが、獣の毛だ。声をあげそうになって口を抑えた。


 宛先は私ではない。リヴィオ=カムパネルラだ。差出人の名が無い。


 私は後退りした。リヴィオは触らねーほうがいいなと冷静に一瞥した後、魔法で顔色一つ変えずに燃やす。青い炎がチラチラと揺れる。


「こんなもん1つで動揺するんなよ」


 ただの悪戯だなとリヴィオはどうでもいいと肩をすくめて旅館の方へ歩いて行った。


 悪戯?そんなわけない。私に警告している。いつまで拒み続けるのだ?と。次はリヴィオを狙うつもりね……。


 心臓の音が痛いくらいに鳴っていた。


 私の周りの人達を守りたい。失くしたくない。自分の存在のせいで周囲を苦しめることは辛くて……怖い。この居場所を失うことが怖い。体の体温が下がり、震えていた。


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