乙女の恋

 王都に珍しく私はいた。


 湧いた海辺の温泉を建築家のベントが配管や宿の設計などをしてくれていて、その過程を見に来たのだった。


 まだまだ完成にはかかりそうだけど、海が見えるオーシャンビューの温泉!素敵かも!と期待で胸いっぱいなのだった。


 海を見ながらのお風呂……絶対、最高よね!


 その視察帰りにカムパネルラ公爵家の次男でレオンにも会った。


 今回はなにか女の子に人気が出そうな飾りはないかと聞かれたので、最近、旅館の女性スタッフに好評なかんざしを持ってきていた。

 

「こう纏めた髪の毛にかんざしを挿すのです」


 私は自分の髪に花のついたかんざしをつけて見せる。テーブルの上には真珠、花、髪の毛に垂らすように貴金属がついているものなど様々な種類がある。


「へぇ……綺麗な飾りですね」


 リヴィオに声や髪などは似ているものの、タレ目で優しげな雰囲気は似ていない。レオンは物腰が柔らかい。


 手にとって見てマジマジとかんざしを見ている。


「男性から女性への髪飾りの贈り物は好意の表れと言います。その髪飾りはリヴィオからの贈り物ですか?」


 お茶を飲もうとした私はゲホッと咽る。熱っ!舌を火傷した。


「えっ、あ、そ、そうですわ……なぜおわかりになったのですか?」


 一度、海の底へ落として失くしてしまったが、また同じ物を作ってくれ、私は愛用している。パールがついていて、精巧な細工が施されている。


「カムパネルラ公爵家がよく利用する王都にある装飾屋のデザインには特徴がありますからね。リヴィオが頼んだにしては、なかなかデザインも良いです」


 フフフッと笑うレオンは美術、芸術に関しては確かに見る目もあるし、センスも良いと思う。彼の経営している王都の雑貨屋というより美術館のようなお店はかなり有名だ。


「若い女の子向けへプレゼントをしたいとおもうのですが、どんな感じが嬉しいでしょうか?」


 レオン問われて驚く。私のセンスより彼のセンスの方が良いと思うのだが……。


「かんざしをあげたいということですか?」


「色々な物はもうお持ちの方ですから、目新しい物かないかと思っていたのです」


「なるほど。ここにあるのはそんな高価な物は無いので……きっと高貴な方に差し上げるのでしょうから」


 ニッコリと私が言うと、少し目を伏せてそうですね……これと同じような形で特注で作ってみますと言った。


 私はナシュレに帰って、リヴィオに早速尋ねた。こういう話が楽しいのはなぜだろうか!?


 しかしリヴィオの返答はあっさりとしたものだった。


「は!?レオンが!?あー、でも本気かどうかは怪しいな」


「怪しい?」


 リヴィオは新しい旅館の制服の作務衣に袖を通してみている。……なんでも似合う人だな。


 和服でもサイズが合っていれば、違和感なく着こなせている。端正な顔立ちとスラリとした体躯に似合っている。


「あいつモテるからなぁ。ニコニコしてて、騙されるんだよな。俺らの中では一番優しいが一番冷酷にもなれる。頭が良くて、怒らせるとこえー。アーサーよりもな」


「人当たりも良いし、そんな風に見えないけど……」


 リヴィオがムッとした表情になった。


「他の男の話はここまでにしておけよな!レオンに騙されんなよっ!」


 わかったか!?と念を押してリヴィオは仕事へ戻る。


 ……いや、レオンに誰か好きな女性ができたんじゃないかと話をしただけだったのに。なんでヤキモチ?不可解だわ。


 恋愛レベルが低い私には向かない話題だったか?私も旅館の仕事へ戻ろうっと。


 ここで、この話は終わったかのように思えたが……。


 数日後、リヴィオが頼みたいことがあると珍しく言ってきた。苦々しい顔をしている。


「カムパネルラ家のお茶会に出席してほしい」


「いいけど……珍しいことを頼んでくるわね?」


「今回はマリアが主催するんだ。若い子を集めてするらしい。セイラにも来てほしいと招待状とは別に連絡とってお願いをしてきた」


 いつもリヴィオにはお世話になってるし、そのくらいの頼みなど、ぜんぜん良いのだが、なんだか渋い顔をしていたのが気になる。


 カムパネルラ公爵家の一番愛されてるカワイイ妹のお願いにはリヴィオも勝てないと見た!そんなところであろう。微笑ましくてクスッと笑った。


 マリアのお茶会は春の花が咲く庭で行われた。ぐるりと見渡すと広大な庭園で小さな小川が流れ、噴水がキラキラと水しぶきをあげておちてきている。雄々しい馬の彫像は見事だ。


 さすが公爵家の庭だわ。ソヨソヨと緑の木々が風に揺られて心地良い。


 白いクロスがかけられたテーブルの上にはサンドイッチ、焼き菓子、ケーキ、フルーツなどが置かれている。


 美味しそう……じゃなくて!私はドレスの裾を持って、主催しているマリアに挨拶する。


「本日はお招きありがとうございます」


「いらしてくれて良かったわ。実は今日、ステラ王女が来ますの」


「ええっ!?」


 王女がいらっしゃるとなると皆、びっくりするんじゃ?

 

「ちょっと後から相談したいことがありますのよ。お茶会の後に残っていらして」


 わかりましたと私は頷く。なんだろうか?

 ステラが登場すると予想通り、どよめいた。


「でも最近、ステラ王女とマリア様は仲がよろしいから、あまり驚きませんわ」


「そうなのですね」


 私は相槌を打つと、話していた令嬢が言葉を続ける。


「微笑ましいお姿で、皆さん眺めてらっしゃいますわ。今まで、ステラ王女には話し相手に選ばれた同年齢の方たちと会っても気が合わなかったようで、友達と呼べる方がいらっしゃらなかったのですわ。ようやくご相談相手ができたというところでしょう」


 なるほどと頷く。お茶会の参加者たちは二人を遠巻きに見ている。


 ふと気がつくと、いつの間にか私の周りに人が集まっていた。


「な、なんでしょう?」

 

 扇子で焦った表情を隠す。


 え!?難癖つけられたりするの?


 そういえば私、学園時代、他の人からあまり良いように言われてなかった。ここで嫌味言われる!?なにか私したかな。


「今回のお茶会で興味があったのはセイラ様ですわ。どうやって、あのリヴィオ様をおとしましたの!?」


「女なのに事業を起こされて成功していらっしゃって、ほんとに憧れてますの!」


「家の父なんて、セイラ様と商売の取り引きをしたいと言ってますのよ」


「家電製品なんて今や中流階級の家にまで浸透し、家に無いことはないと言われるまで普及しているのでしょう!?わたくし、いつでも冷たい飲み物が飲めるようになって驚きましたわ」


 鳥のさざめきのように喋る女性達に私は目を白黒させる。


 話題は……ど、どこから攻略していけばいいの!?接客業に慣れたものよと最近は思っていたけれど、まだまだ未熟者であったと痛感した。


 囲まれて終わったお茶会の後にステラとマリアが客間でゆっくりと話をしている。そこに私もいた。

 

 ふと……ステラの髪に輝くかんざしが見えた。銀細工の小さな星と青い石がついていて、ミルクティー色の髪によく似合っている。


 かんざし……?ん??プレゼント??


「実は、あの難攻不落と言われたリヴィオ様を落としたセイラ様に聞きたいことがあるのですわ」


 ステラ王女が両拳を作って、力を入れて顔を私に近づけて言う。


「……言わなくても大丈夫です。察しましたわ。レオン様のことですね?」


 マリアがわたくし、なんにもまだ言ってませんわ!とステラに首を振る。驚く二人。


「なぜわかったのです!?」


「そのかんざし……まだ王都では流行っていません。先日、レオン様がなにか若い女性が喜ぶようなものをと仰られたので持ってきたのですが……特注で作らせたの物のようですね」


 ステラの顔が赤くなった。マリアが代わりに説明する。


「そうなんですわ。家の2番目の兄に恋してしまいましたのよ。よりにもよって一番めんどくさい人に……」


「リヴィオもそう言ってたわ」


 マリアと私の言葉に頬を膨らませるステラ。


「ひどいことおっしゃらないで!優しい方なのですわ」


 ………優しいとみせかけて冷酷というリヴィオの言葉が蘇る。


 マリアもオススメできないらしい。カムパネルラ公爵家にとっては将来の女王陛下と言われるステラと婚姻関係になれば願ってもいない話であろうが、友人としてススメられないらしい。


「わ、わたくしが王城の図書室でとれない本があったら、通りすがりにとってくださったり、夜会のダンスに誘ったら踊ってくださったり庭園で偶然会った時に雨が降ってきて、自分の上着を脱いで庇ってくださったり……」


 マリアが半眼になる。


「あの兄なら、そんな事サラッとやってのけるわ。だれにでもね……道端の子猫にだってするわよ」


「ひ、ひどーい!マリア!!」


 恋バナ楽しそうだなあと思いつつ、可愛い二人に私は言った。


「でも、かんざしを贈ってくださったのでしょう?好意のある証ではないのですか?」

 

 確か、私にレオンは確認していたもの。わかっていて贈っているはずだわ。


 カーーッと赤くなるステラ。マリアが眉をひそめる。


「そ、そうなのですわよね!?わたくし、先日誕生日を迎えたのですわ」


 そのパーティーの席でもらったらしい。なかなかイケメンなことするなぁ。他の男の人への牽制にもなるだろう。


 やはりレオンも好きなのかな?どうなんだろ!?ちょっと私もワクワクしてきた。恋バナは日本だろうがこの世界だろうが変わらない楽しさがある。ちょっと心が浮かれるものねと思う。


 キャーと盛り上がるステラを横目にマリアは冷静なままで笑わなかった。


 ステラが帰り、私も帰ろうとすると、悩ましげにため息を吐くマリア。


「兄に聞いたところで、はぐらかすのは目に見えますわ。ステラ王女の一時の迷いに付き合ってるだけだとも言えますわ。お兄様にしたら、わたくしたちなんて、お子様ですもの」


 帰ってその話をするとリヴィオもマリアの意見に同意した。


「『女性に夢を見させてあげるのは男の役割だろう』とよく言ってたからな。王女の可愛らしい初恋に付き合ってやってんだろ。レオンは権威に興味もないしなぁ。アーサーなら喜んで!だったろうに、惜しいなー残念だったなー。まぁ、あのレオンのことだから、王女が飽きるまで付き合ってくれるさ」


 そう言って、ハハッと笑う。顔を赤らめてドキドキしていたステラ王女を思い出し、なんとなくリヴィオにムカーっとし、腹立った。

 

 私は横目でチラッと彼を見ながら言った。


「リヴィオも好意を持たれて言い寄る女性、過去には美人な彼女達が居たものね……気まぐれな『黒猫』は私にも夢を見させてくれてるのかしら?」


「はあ!?なんでセイラが怒ってんだ!?俺とセイラは成人してて婚約者だろ?ステラ王女とレオンは10歳ほど歳が離れてんだぞ!?」


「そんなの恋愛に関係ないわよ。ステラ王女……大丈夫かしら……」


 やや姉のような心境になっている私だ。


「俺の過去を気にしてるけど、彼女がいた覚えはない!つきまとわれていただけだからな?」


「あー、はいはい。大丈夫よ。わかってるわ」


「その目、絶対わかってねーよな?」


 リヴィオはなんで矛先が俺に!?と首を傾げていた。


 乙女心は複雑なのだ。カムパネルラ公爵家の男たちはオススメできないわとマリアが肩をすくめ、大人びた表情で言っていたのを思い出した私だった。


「でも、まー、そーだなぁ。セイラが俺の過去に興味を持ち始めていて、ヤキモチ焼いてるっていうなら、なかなか悪い気はしないけどな。むしろ嬉しいな」


 にっこりとリヴィオは私に笑顔を向けてきた。


 思わず言葉を失くし、顔を赤くしてしまったのは……失敗だったと思う。


 彼を余計に嬉しい顔にさせてしまった。こういうのを天然でやれてしまうリヴィオも恐ろしいわね……カムパネルラ家の男たち!侮れない!!

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