【そら豆のように……】

 その日は朝から日差しが強く、春の日としては暑いくらいだった。


「女将さん、ちょっと良いですか?」


 スタッフの一人が私を手招きした。どうしたの?とコソコソしていたので、静かに行く。


「不審な親子連れがいるんです」


「不審って?どんな??」


 スタッフは困ったような顔をして、それでも意を決して口にした。


「藤の間のお客様なのですが、宿泊料を払えるのか心配なんです。お客様を疑うなんて、本当に失礼なことなんですが……母と子供の2人で来ていらしていて気になってしまい……」


「わかったわ。あなたがそう思い、気になるなら私も一度見に行くわ」


 スタッフは怒られると思っていたのか、ホッとしている。よっぽどなのかな?私は藤の間へと向かう。


 ドアをノックすると中から元気な声がした。


「はぁーい!」


 勢いよく飛び出してくる男の子。


「こんにちは」


 私が挨拶すると母親らしき人が顔を覗かせる。不安げな顔で私を見た。


「な、なんでしょうか?あのっ……これからお風呂に行くので……」


「そうでしたか。失礼しました。私はこの旅館の女将です。どうぞごゆっくりお過ごしください。挨拶にうかがったまでです。あと……お子様がいらっしゃると聞いたので、これはサービスです。……どうぞ」


 男の子は私の手からちいさな箱をを受け取る。中を開けるとうわぁ!と声をあげる。


「お母さん!すごーくきれいなお菓子だよ!」


「まあ……良かったわね」


 優しげに微笑む。男の子は金平糖を口に入れて『あまーい』と幸せそうな顔をし、ほっぺを抑える。


「美味しい!こんなお菓子食べたことなかったよ!ありがとう!」


「いえいえ。では失礼いたします」


 パタンと戸をしめる。スタッフが駆け寄る。


「ど、どうですか!?」


 私はうん……と頷く。


「たしかにね。でもお金を貯めて、いらっしゃってくれたのかもしれないわ。少し様子をみましょう」


 この旅館の宿泊料金は高い。お料理、サービス、施設を考えると私は値段設定は妥当だとは思うのだが、どうしても少しお金を持っている人しか泊まれないという客層になってしまう。


 そんな人達が泊まる旅館で金平糖を初めて食べる子供はあまりいないと思う。


 親子はその後もお風呂にお料理に驚きながらも楽しそうだった。


 ……事件は次の日の朝に起こった。


「またのお越しをお待ちしております」


 私はお客様を外に出て見送った。チェックアウトの時間で玄関は賑わっていた。


「ちょっと!もうお金は払ったわよ!そっちの勘違いでしょう!?」


 その声に驚いて私は玄関ホールへ入っていく。荷物係りのスタッフが慌てて止めている。


「どうしました?」


 例の親子だった。母親は子供の手を引いてこの場を去ろうとしている。怯えた顔をする子供。私はニコッと笑って子供に袖から金平糖と渡す。パッと明るい顔になり、受け取る。


「さぁ、こちらでお茶でもいかがですか?」


「え??」


 玄関ホールの喫茶コーナーに誘う。


「どうぞ。お母様の方は何を飲みますか?」


 テーブルにつかせる。子供にはジュースを置くとありがとう!と明るい声でお礼を言った。


「あのっ……その……」


 言いにくそうにモジモジする。私と同じくらいの年齢だろうか。顔色は真っ青で体は震えている。


「ご、ごめんなさい!!実はお金は無いんですっ!!


「そうなのですね……どうしてお金が無いのに宿泊を??」


 私は温かいお茶を注ぐと彼女の前に置いた。花のお茶で香りがとても良い。


「ずっと来てみたかったんです。わたし、子供を一人で育てていて、それなのに先日、仕事を首になってしまいました。もう暮らしていくことすら疲れてしまって……」


 涙声になり最後は聞き取れない。でも顔をあげ、決心しているかのように言った。


「警備隊にどうぞ引き渡してください……罰を受けます……」


 もともとそのつもりだったのだろうと思った。


「お母さん泣かないで?どうしたの?」


 子供は不安げに母親の顔を覗き込む。うーん……としばらく私も無言になる。どうしたものかしら。


「あー……うん。そうね。じゃあ、労働で返してもらうわ」


「……え?」


 さ、行きましょと私はスタッフルームへ案内する。


「名前はなにかしら??」


「わたしはチェリです……」


「ボクはカミロだよ!」


 オドオドと言う母のチェリの後から元気に言うカミロ。可愛いなぁと微笑ましい。


「じゃあ、チェリは館内の掃除を頼むわ。教育係のスタッフについていって習ってね」


「あ、あの……カミロはその間は?」


「大丈夫よ。スタッフ用の託児所があります。そこで遊んだり勉強……学校もあるけど、行ったことあるの?」


「そろそろ行かせないとだめなのですが、まだ……」


 恥ずかしそうに下を向くチェリ。


「そうなのね。とりあえず託児所で遊んでるといいわ」


「ボクもなにかする!お母さんと一緒にする!なんでもできるよ」


 ……一緒に働いていたのだろう。でも旅館内に子供を働かせるのはお客様もびっくりよね。そんな働くまでもないしと私は頭を捻る。適材適所……。


「あ!そうだわ。カミロはトーマスの農園に行きましょ」


 人柄の良く、子供好きのトーマス、外でのびのびと過ごす。これが良いわね。


「農園!?なにするの!?」


「それは行ってからのお楽しみね」


 チェリはスタッフに頼み、カミロはトーマスに預ける。


「いいですよ!今日はそら豆の収穫をしようと思っていたので、助かります。頑張ってくれますか?」


「はいっ!がんばる!」


 カミロはニコニコと優しげなトーマスについて行く。


 昼近くにチェリが心配そうにカミロの様子を尋ねてきた。スタッフに聞くところによると、彼女はとても真面目に働いていたそうだ。細かいところまでキッチリ掃除をしてました!と教育係のスタッフは感心していた。


「一緒にトーマスの農園に行きましょうか?ちょうど休憩時間ですし」


「は、はい!」


 農園では休憩していて、日陰で大人に混ざり、楽しげにお弁当タイムをしていた。その横にそら豆が茹でられて新鮮な豆を食べておいしー!とカミロははしゃいでいた。


「カミロ!!」


「あ、お母さん!すごーく楽しいよ。そら豆の中ってふわふわしてて、綿のようなんだよ!そら豆、ボクのとったの食べてよ」


 チェリの声にカミロはそら豆を1つ差し出す。


「坊っちゃん、頑張ってくれましたよ。いっぱいとったよなぁ?」


「張り切りすぎて、尻餅ついたもんなー?」


「アハハ!」


 農園スタッフもワイワイと賑やかにカミロを労う。何度もありがとうございますと礼を言うチェリ。


「カミロの採ってくれたそら豆、すごく美味しい」


 涙ぐみ始めるチェリ。トーマスが目を優しく細めて言う。


「そら豆は空に向かってサヤがつきます……カミロはいい子ですよ。そら豆のようにまっすぐ空を向いて育っていると思います」


 チェリは目を見開く。トーマスは続ける。


「未来に向かって手を伸ばす……そんなそら豆のようにこれからあなたも生きてもいいんじゃないですか?」


 はいっ!と言葉にならない声で返事をし涙を流すチェリ。トーマスはすごい。彼には親子の事情は何も説明していないのだ。


 植物の声だけではなく、彼は人が声に出さないことに気づき、思いやることができる。


 ……私もナシュレに来た時はお世話になったものだ。


「あなたさえ良ければ、どうかしら?旅館スタッフとして働かない?3食賄い付き、住むところも寮があるし、子供は託児所アリ。ナシュレの学校は初等教育は無料なのよ」


「あんな失礼なことをしたのに……」


 チェリはとまどうが私は微笑む。


「泊まってみたいということは旅館に憧れもあったのでしょう?どう?働いてみるのは?無理だなと思ったら、辞めてもいいんだし……」


「あ、ありがたいです!本当にいいのでしょうか?」


「もちろんよ……スタッフだと温泉入り放題よ!」


 うわぁ!とカミロが話を聞いていて嬉しい声をあげた。


「ここにいれるの?」


 深々とチェリが頭をさげた。


「なんと言っていいかわかりません!一生懸命働きます!」


「これからよろしくね」

 

 涙を拭いてチェリは何度も頷いた。カミロはやったー!とトーマスにすっかり懐いて両手でハイタッチしていた。


 その日の夕食はそら豆尽くしだった。


「そら豆とベーコンのサラダ、そら豆のスープ、焼きそら豆のバターソテー、そら豆コロッケ、そら豆のクリームパスタ……料理長?ど、どうしたのかな!?私はそら豆好きだけど、美味しいけどっ!」


「お嬢様の雇われた方の息子さんがお礼だよとたくさん持ってきてくれたのです」

 

 一緒に夕食をとっていたリヴィオが苦笑する。


「そら豆うまいけど……料理長の料理も工夫されてて、うまいんだけど……」


 『けど』が連発するよね。わかります。

 サラダのそら豆を口に入れて、ホクホクとした食感を味わった。美味しいけど……並ぶ料理の数々にどうしよ……と思ったのだった。


 春の日のちょっとした、そら豆づくしの日であった。

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