女王陛下の温泉旅行

 雪が溶け、日差しに暖かさを感じる頃。以前より打診されていたことが実行された。


「本日『花葉亭』は貸し切りです」


 スタッフ一同、いつもより緊張した顔をしている。

 それもそのはずだ……。


「女王陛下も楽しみにしてたそうです。いつもどおりの笑顔で頑張りましょう!お忍びなので、他言は無用でお願いします」


『ハイッ!!』


 ……と緊張しているものの、元気な返事。皆はまさかこんな光栄なことがあるなんて!と喜んでいる。


 お互いの身だしなみチェックをし、笑顔が堅いわよっと言い合っている。


 貴族が乗るような大きめの馬車が停まる。

 扉が開くと、流れるような黒髪に宝石のようなガーネットの目をした美女が降りてきた。動き1つが優美である。

 その後ろにはメイドが5人。

 その横に騎士団の護衛たちがゾロゾロついてきた。


「い、いらっしゃいませえええ!」


 スタッフたちはいつもより高めの声で挨拶をする。


 私とリヴィオは並んで挨拶する。


「ようこそお越しくださいました」


「お待ちしてました」


 女王陛下がニッと良い形のくちびるを動かして笑う。


「セイラ=バシュレ、久しいな。そっちの若旦那ぶりも、なかなか様になっておるではないか」


「なっ!?」

  

 リヴィオが目を開いて驚く。


「宰相から婚約したと聞いたのじゃ!めでたいことだ」


 ホホホホと笑う。リヴィオをからかっているのだ……。カムパネルラ公爵、陛下にまで報告しているのね。


「こ、こちらへ。お部屋に案内します」


 悠々と陛下は廊下を歩く。その周りをメイドや騎士たちが取り囲むように移動していく。


 騎士たちの中にはリヴィオの顔見知りがいるのか、チラリと視線を送っていくが、リヴィオは涼しい顔で知らぬ顔をしている。


「異国風の建物なんじゃのぅ。面白いの。シンの影響か?」


「えっ?まあ……そうですね」


 私は適当に頷いておく。祖父もまた日本の記憶がある人であったので、陛下もご存知なのだろうか。


「妾の部屋にも一つ欲しいのー」


 廊下に並ぶミニ提灯を見つけて、羨ましげに言う。リヴィオがそれならば……と言う。


「良ければ、王宮に一つお届けしますよ」


「本当か!?飾ろう。なかなか気に入った!」


 リヴィオの兄、レオンが王都の雑貨のお店で取り扱っているのだ。なかなか商売上手になってきた彼である。最近では接客もうまいし……女性客には人気がある。


 ふと、私が緊張していることに気づいたのか、陛下がニッコリ笑う。


「そう緊張しなくて良い!お忍びできてるのじゃ。気楽にせよ」


「はい……ありがとうございます」


 気楽にと言われてもなぁ。私は特別室のドアを開け、陛下を招き入れた。

 スタスタスタと陛下は一直線にお風呂のドアを開けに行く。


「おお!これがステラの言っていた温泉か!」


「そういえばステラ王女も気に入っておりましたね」


 露天風呂を見て、興奮する女王陛下。前情報を娘のステラ王女から得ていたようだ。


「外にお風呂があるではないか!これは……おもしろい!!妾はすぐ入るぞ!」


 メイドたちがそれを聞いて、慌てて荷物を片付ける。陛下の着替え、タオルなどの用意をする。忙しく動き回る。

 騎士団の護衛は女性騎士だけ残った。陛下付きの騎士は女性が多い。


 私も一時退室する。お茶も飲まずに温泉へ直行とは……よほど楽しみであったのだろう。微笑ましくなって私は口元が緩んだ。


 普段、人を動かし、尊敬される陛下であろうと頑張っているのだろう。本当の姿はもっと気さくな方なのかもしれない。


「女王陛下、美しかったーっ!」


「ほんと……一生忘れないわ」


 スタッフたちが盛り上がっている。人を惹きつける力もある。


 しばらくすると呼ばれ、私は行った。湯上がり用に冷たい飲み物を持って行く。アイスクリームも食べたいということだったので、ガラスの器にのせて運ぶ。


「失礼いたします」


 お辞儀をして入ると、ホカホカの満足そうな顔をした陛下が長い黒髪をメイドに丁寧にすいてもらっているところだった。


「おお!アイスクリームを持ってきてくれたか。食べてみたかったのじゃ!」


 嬉しそうにスプーンで白いアイスクリームをすくうと口にいれる。


「どうですか?」


 と、聞く必要はなかったかもしれない。陛下は一口目ですでに幸せな顔をした。王という顔を忘れ、スイーツ大好き女子!というとろけた表情だ。


「うむ……これは美味しい!デザートにたまに出してもらえるように城のコックにも頼もう」


 さて、と飲み物とアイスクリームを食べおえた女性陛下は呟いた。

 夕飯まで少し時間があった陛下は私をちょいちょいと手招きをして呼んだ。


「なんでしょうか?」


「そこへ座ると良い」


 機嫌が良さそうな陛下は私に椅子を指差し、勧めた。では……と私は座る。


「非公式の訪問だが、高等教育が受けれる学校を創設したいという要望書をみせてもらった」


「はい」


 頷いて聞く私をジッとガーネットの目でみつめる。


「確かにエスマブル学園の力を借りることが妥当であろう。様々な研究、教育に関して、信頼がおける。学校を増やすこと……王家は喜んで行おう。約束する」


 しかしだ…とお茶を一口飲み、間をおいてから話す。


「魔法を使えるものが減っている指摘は……実は前代の王の時より言われておるのじゃ」


「そうでしたか。ご存知だったのですね」


 陛下は私から視線を外さないで続けた。


「そなた……どこでシン=バシュレに会ったのだ?この問題は彼が昔より言っていることだ。シン=バシュレはもう亡くなっておるのぉ?」


 ……聡明な女王陛下だと舌を巻く。


 黒龍との繋がりはバレないほうがいいと私は判断する。本来ならば黒龍と繋がるのは王家の役目なのだ。


「私も祖父から以前より話を聞いてはいたのです。その祖父の意向で、エスマブル学園に入学し、私もそこで学び、世間の人々の現状を今、見ることにより、必要ではないかと思ったのです」


 辻褄、あってるよね?自分で言いつつもやや不安になる。女性陛下の目はすべてを見透かすようで怖い。


 ふぅんと女王陛下はつまらなさそうに相槌を打った。嘘だと……バレている気がする。背中に汗が滲む。


「まあ……よい。わかった。高等魔法を学べる学校を増やしていこうではないか。また学びたい者には奨学金制度を導入する。セイラ=バシュレ……国を思う気持ちに感謝する。共にこの大陸の魔法の力を守っていってほしい」


「もちろんです。私にできることをしたいと思ってます!」


「できないと思うことも、そのうち頼むかもしれんのー。……そのくらい頼りにしておるのじゃ」

 

 からかった!?と思ったら、真剣な顔だった。私が頼りに……なるか不安だけど、頷く。


「しがない旅館の女将ですが、陛下のお力になりたいと思っております」


「ありがとう」


 女王陛下は心から感謝していることが分かる笑顔を私に向けたのだった


 会談は終えて、リヴィオがそろそろお食事をお持ちしましょうかと良いタイミングで声をかけてくれた。


「そうだな!食事も楽しみじゃ!あと、食後にもう一回はお風呂に入って……明日の朝ももう一回入るとしよう」


 お風呂をとても気に入ってくれたようだった。


「王都にも一つ……温泉は作れぬものかのぉ?土地ならば好きなのところを選べば良い」


「ええっ!?」

 

 ……とてもとてもお風呂を気に入っている陛下のようだ。


「断らぬよな?先ほど、妾の力になると言うたな?」


 えっ!?こっち!?温泉の方なの!?

 私は意表をつかれて、頭の中を整理する。


「えーと、いえ、光栄ですが……温泉発掘するために調査があるので、少し時間がかかるかもしれません!」


「ホホホホ!すぐに用意せよとは言っておらぬ。楽しみにしておる!勅命じゃ!王都にも温泉を作れ!」


「か、かしこまりました」


 フフフと陛下はほくそ笑んでいた。


 ……陛下が温泉を近場にほしかったのねと思いつつも、王都にも温泉ブーム!起こしてみたい!と思う、ちょっぴり野心家な私であった。

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