夏の嵐

 その年、いつもよりも大型の嵐がやってきた。

 

「トーマス、農作物大丈夫だった?」


 心配して見に行くと、少ししょんぼりしていたものの、私の顔を見てニコッと笑って言う。


「大丈夫です!ほとんど添え木をしていましたし、温室も無事です。落ちてしまったトマトはソースでも作りますよ!」


 そっか……と言いつつ、私も一緒に野菜を拾う。危険を感じたので、旅館の方も臨時休業し、お客様には申しわけないが、キャンセルしてもらったのだ。


 甚大な被害が無くて良かった。ナシュレの街や領地内を後から見に行こう。収穫前に打撃だわ。


「アオー!どうしたの?」


 黒の目を空に向けて何やら、考えている眼差しをしている。


「嫌な予感がする。この嵐の方角が……」


 天候も読めるのね?すごいわと感心する。


 私は旅館へも行き、スタッフと散らかった葉っぱや枝などの掃除をする。


「すごい嵐でしたねぇ」


「日中で良かったわ。これが夜だったら怖かったかも」


 私はひそかに風の音や雷が苦手なので、明るいうちに嵐が去ったことにホッとしていた。

 空をゆっくりと赤く染め上げていく夕陽。山々も赤くなっている。


 夏も終わりにになってきた。もうすぐリヴィオが帰ってくる秋になるなぁと夕方の少し涼し気な風を感じてそう思った。


 夜中にアオの声でとび起きることになった。


「セイラ!マズイことになっている!起きよ!」


 バッと私は布団を跳ね除けた。


「どうしたの!?」


「リヴィオの乗っている船が危ない。助けにいくぞ!」


 なんでそんなことわかるの!?とは問い返さずに、私は素早く服を着替え、ブーツを履く。髪の毛をまとめた。ベットの横のテーブルに


『ちょっとリヴィオの船を助けに行ってきます』と、書き置きしておく。


「いいわよっ!」


 私の合図の声と共に、アオの力が発動する。相変わらず圧倒的な魔力の大きさで私をあっという間に転移させた。


 ゴオオオオオという轟音。ザアッと叩きつける雨粒。立っていられないほど揺れる足元。


「リヴィオっ!!」


「セイラ!?どうしてここに!?危ない!捕まれ!」


 ずぶ濡れのリヴィオがいきなり目の前に現れた私の手首を掴んで引き寄せる。彼は驚いていたが、しっかりと私を掴む。


 立っていられないほど揺れている船。


「どうやってきた!?」


 ゼキ=バルカンの声。明らかに焦ってる。


「アオが危険を知らせてくれて……」


「バカヤロ!なんできた!」


 いつもの明るさの消え、余裕がなく、荒々しいゼキが怒鳴る。


 リヴィオは私を抱えたまま空から目を離さない。


「マズイ時に来たものだよ」


 そう、ゼキが緊迫する声で言う。船員達が弱気になっているのがわかる。皆、声が出ていない。下を向いている人が多い。


 暗い夜の闇の中、さらに黒い鳥が空から襲いかかってきている。船の船首をかすめようとした時、ハリトがオラーッと声を上げて魔法剣を振り上げて追い払う。ハリトが一閃した鳥はダメージこそ受けたようだが、空中へと逃げる。意外と素早い……5羽もいる。獰猛な爪、赤い禍々しい目。気持ち悪い……これが魔物か!動物たちとはまったく違う禍々しさ。初めて見た魔物にぞっとして体が動かない……。


「怖いなら見るな。目をつぶっていろ。オレがなんとかする」


 リヴィオが雨に打たれながら、そう優しく言い、手で私の目を閉じ、視界を隠す。私を抱えたまま魔法を使うため壁を背に寄りかかりながら、立ち上がる。

 

 アオが私の肩に乗って言う。ペシッと私の目を閉じさせていたリヴィオの手を払う。


「セイラ!しっかりしろ!何をしているのじゃ。妾も手伝ってやるから目を開けよ!なんのために来たのじゃっ!!」


 そんなこと言ったって……こんなひどいと思わなかった!


 嵐も魔物も怖い。自分の体が震えているのがわかる。雨が染み込んできて寒いが、それだけではない。


 リヴィオが炎の魔法を鳥にぶつけるよろめく鳥。命中したかと思ったが、少し外れたのかもしれない。


 ……私が邪魔になってるのだろう。

 

 黒い鳥は怒ったようにこちらを向く。鳥はすごい勢いで船の帆にぶつかり揺れると同時にミシッと音がした。


 ギリッとリヴィオが奥歯を噛み締めた。パラパラと頭上に落ちてくる物を手でガードする。


 だめだ!私がお荷物になってどうするのよ!私……なんのために来たのよ!しっかりしないと!皆がやられてしまう!


 自分の気持ちを必死に鼓舞する。前世の記憶を持ってから戦うことに怖さを知ったが、この世界ではそれは死に繋がるのだ。


 鳥はその間にも船に体当たりし、そのたびに船が嫌な音をたてる。


 私はグッと手に力を込めた。リヴィオから体を放して近場の固定された荷物に手と足をしっかりつき、叫んだ。


「面舵いっぱい!魔物は食い止めるから、総員、船を守って!速力維持!波に向かって行くわよ!反撃開始!」 


『お、おおーーっ!?』

 

 船員達がいきなり現れた謎の私に返事をした。藁にもすがる思いとはこのことだろう。


 私は久しぶりに本気の魔法を使う時がきた。


 リヴィオがやるかとニヤリと好戦的に笑った。深呼吸して頷く。怖がってる場合ではない。助けにきたんだもの!役に立たないと!歯を食いしばる。キッと魔物をにらみつけた。

 

「やるわよ!リヴィオ!!」

 

「おー!負けねーぞ!」


 学園以来のノリでリヴィオは私に言い返す。声に明るさが灯る。


 私は頭上近くを飛ぶ黒い鳥、三メートルはあるだろうか?見上げて瞬時に魔法陣を描く。暗闇に光りだす文字。


「ここで、食い止めるわよ!」


 私の叫ぶような声と同時に魔法陣から無数の風の矢が生まれ、鳥の体を切り裂き、刻んでいく。リヴィオが体勢を立て直そうとした魔物にさらに追い打ちをかける。炎の柱があがる。オレンジ色や赤色の炎が夜の闇を明るく照らす。燃えながら海へと落ちていく。


「残り4匹!」


 私の次の魔法が発動し、襲って来ようとした黒い鳥を雷の縄がバリバリと音を立てて、捕らえた。動けなくなる鳥。


「セイラいいぞ!」 


 リヴィオの声と同時に解除した。その瞬間、彼が生み出した何本もの雷が空から落ちてきて鳥に命中する。また一匹海へと沈む。


 両端から二匹同時にきた!リヴィオと背中合わせになり、同じ術を同時に発動させる。同時に行うことで互いの魔力を増幅させる。通常魔法より威力が倍になる。


 巨大な氷の蛇が這うようにうねって魔物を襲う。パリパリパリーンッと激しい音と共に凍りついた黒い鳥はキィーと咆哮をあげて黒い海へ消えた。


 最後の一匹は弓矢の構えて見据える。ぐらりと体が波で揺れてうまく定まらないので、船の手すりぎりぎりまで行き、狙う……集中!いける!巨大な光の矢が海の上を走り、黒い鳥が身をよじってかわそうとしたが、追撃し、ヒットした!


 黒い鳥が姿も残さず、光の矢に焼かれる。花火のように暗い海が一瞬明るくなった。


『よっしゃああ!!』


『すげーっ!』


 称賛の声があがる。


 私はホッとしてリヴィオの方へ行こうとした瞬間だった。ほんの一瞬の出来事。大きな揺れと共に、手すりから体が外へ放り投げられ、海へとあっという間に波に攫われた。


 「セイラーっ!!」


 リヴィオの悲鳴のような声がしたと、思ったか定かではない。あっという間に意識は荒れる大きな波の激しさで奪われる。


 ……こんなこと前にもあったよね?何回目?え!?そんなに多かったかな。前世なのか現世なのかわからない記憶が絵のようにどんどん過ぎていく。


 これが死ぬ前の走馬灯ってやつなのかな。


 死ぬ前に後悔してることと言えば、一つだけあった。


 ちゃんとリヴィオに気持ちを伝えておけばよかった。臆病な私はちゃんと言葉にできなくてごめんね。


 あと少し……彼ともう少しだけ一緒に楽しい時間過ごしたかったな。


 以前に溺れた時はもう死んでも良いと思っていたのに、今はリヴィオの顔が浮かんだ。


『頼む!セイラを助けてくれ』


 祖父の声がしたような気がした。


『わかっておるわ!まったく世話が焼ける』


 薄暗い闇の中で私は黒龍の鱗の模様を見たような気がした。


「ここは夢?」


『夢じゃない。少し話がしたくてのぅ』


「その口調アオ!?……アオ、すごい美女だったのね」


 それは今は良い!というアオ。目の前には見たこともないような神々しい美しい女性。流れる黒い髪に黒曜石のような目。彼女の周りだけほんのりと明るく白い光に包まれている。体の半分は龍を象徴するように鱗のある巨大な尾だ。


『見たかの?あれが魔物だ。セイラに一度見てもらいたかったものじゃ。妾は良かれと思って大陸を守護してきたが、魔物の存在が世界にあるのに、魔物を知らぬ民たちになってしまった。妾の守護の力が消えたとき、この大陸の人々は絶望を味わうだろう』


「……そんなことないわ」


 私の答えにアオが目を丸くした。


「人はそんな弱くないわ。存在に気づけば、それに対抗する力を考えるわよ。今、アオが私に教えてくれたから……私もそれに対してなにか手段を考えられるわ」


 あ、でも、私、死んでるかと、一人ツッコミ。


『前向きなところまでシンによく似ておるわ』


「アオの守護……いいえ、黒龍の守護はもう力が無いの?」


『まだ大丈夫じゃが……』


「あとどれくらいなの?」


『わからぬ。百年?千年?は大丈夫かのぅ?……しかしこの世界に具現化できる時間は当初に比べたら減ってきておる』


「千年単位なの!?…時間の感覚が世間とズレているわね」


 なんじゃとー!とアオが言う。


「そのへんにしておけアオ。セイラを危険に晒しやがって……」


 声がした。この声は……お、お祖父様!!私の目から涙が溢れた。思わず駆け寄って、抱きつく。ギュッと抱きとめてくれた。


「お祖父様!?……会いたかった!もしかして私を迎えに?あれっ?なんか若いような気がする……」


 外見が私と同じくらいに見えるんですけど……?顔つきや体格は同じだからわかるけど。


「いや、たまにセイラ天然だな。どう考えても生きてるだろう?落ち着け」


 ん??私は自分の体を触る。頬をつねる。


 …すごく痛いです。


「セイラはセイラのやりたいように生きろ。それがこの世界のためになる。オレはこの瞬間を楽しんでいるよ」


 以前と変わらない優しい黒い眼が私を見下ろす。よしよしと頭を撫ぜる。


「このまま……お祖父様と一緒にいることはできないのですか?」


 以前の私なら決して言えなかった……言いたかったことを言う。お祖父様が目を見開いた。そしてクシャリと顔を嬉しそうに崩して笑った。


「それを小さい頃から言っても、口にしても良かったんだよ。我慢していただろう?すごく嬉しいが……誰かを忘れてるんじゃないか?戻ったほうがいい。船の上で泣いてるやつがいるぞー」


 船の上で……?あ!そうだわ!


「私、戻れるの?」


「戻れるさ。アオ……セイラは元の場所へ頼む」


『言われずとも!さっさと妾に捕まるのじゃ』


 全身が黒龍となったアオがそういう。美しい宝石のような石のような硬度のある鱗だ。


「お祖父様は一緒には……」


 私の手を優しく外して、首を横に振る。


「セイラ、行け!行っておまえの人生を楽しめ!」


 お祖父様がそう言って、アオの背中へ私をトンッと押した。その瞬間ザアアアッ!と音がして荒れ狂う海の上に戻る。


『捕まっておれ!』


 黒龍の体が天に向かって登る。咆哮したかと思うと、雨雲が蹴散らされた。大きな月が現れる。穏やかな凪の海へと戻る。キラキラと月明かりに照らされる波と船影。


 船が見える。船員達がこちらを見ている。黒龍の姿に騒然としているのがわかる。


「私が千年後の世界に残せることと言えば、ほんの小さな種だわ。でもそれを芽吹かせれば……何かになるかもしれない」


『わかっておるわ……妾も長く生き、人々を見てきておるのじゃ。滅びることもまたその歴史の一つの出来事じゃと割り切れられぬほど、妾はこの大陸の人々を愛し過ぎてしまった。神と呼ばれてる存在では、あるまじきことよ』


 そう言うとぐるりと大きい巨体で船を囲み、リヴィオに私を渡した。そっと彼は私を受け止める。


「セイラ……大丈夫なのか?」


「なに、泣いてるのよ」


 涙。初めて見た。


 ……幼い頃から一緒に過ごしていたが、初めてリヴィオが泣いてるのを見た。


 そこで私は意識を無くした。


 

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