見送る時は訪れる

「最高じゃのぉ〜」


 なんか猫が増えたよね……執務室のこたつに入って、顔だけピョコっと出しているアオ。

 その反対側にリヴィオ。


「春になったら、こたつ片付けるわよ」


『ええっ!!』


 衝撃を受ける二匹もとい、一人と一匹。


 そろそろ雪解けが始まってきている。リヴィオはこたつから起き上がって、たいした話じゃなさそうに重要なことを言い出す。


「ゼキ=バルカンにも言ったんだが、オレ今回の航海に行ってくる」


「は!?」


「言っただろ?欲しいものメモしといてくれ」


 いやいや……そんな近所のコンビニ行ってくるから欲しいものないか〜?みたいなノリで言うことじゃないよね!?


「……欲しければ自分で行く!」


「なんで怒ってんの?」


 寝ながら肩ひじをつき、頭をのせて、不機嫌そうに言うリヴィオ。


「怒ってないわよっ!でも本当に必要だと思うなら、私は自分で行くわよ?だから……」


「セイラ、そこは素直に『心配だ』と言うところであろう?」


 ピタリと私の言葉が止まる。アオがやれやれと言う。


「いーではないか。男たるもの一度は『外』を見るのも良いではないか!見たところ弱いやつでもないではないし、図太いし、行ってくれば良いじゃないかのぉ?」


「だめよ!もし船が沈んだり魔物にやられたりしたら……」


「おいっ、行く前から不吉なこと言うなよー」


 私の手が震えていることに気づき、リヴィオが困った顔をした。


「なんでそこまで?………ああ。なるほど。じーさんか?」


 私の心を読んだようにリヴィオが気づく。


 学園の寮で一人きり待つことの怖さ……祖父が帰ってこなければ私は本当に一人になってしまうかもしれないと不安だった。航海に行ってくると言われるたびに味わってきた。


 祖父に行かないでと言ったことは一度もなかったが……。


「小さい頃から、じーさんが航海行ってる時ずっと心配してたんだな?オレは必ず帰ってくる。だいじょ……」


「フフフフ!大丈夫じゃ!こいつがいなくなっても妾達がいるであろう!一人ではないぞよっ!」


「てめー!ふざけんな。いい雰囲気壊すなよ!」


 高笑いした黒猫のアオをこたつからひっぺがす大人気ないリヴィオ。いや、そもそも、こたつから出てないから良い雰囲気のセリフも半減してるけどね。

 

「このアオ様が大丈夫と保証してやろう。破格だぞ!おまえのことはキライだが、ものはついでじゃ。なにかあったら『アオさまー!』と呼べ!」


 ド、ドラ○もん??一瞬、前世で観たアニメのキャラクターが頭によぎる。


「ちょっと待て!?おまえ、本気で言ってるのか?そんな『外』までカバーできる魔力って、何者だよ!?」


 アオはその問いには答えず、こたつに潜っていったのだった。


「悪かったのぉ…セイラが心配することはなかったのじゃ。シンには妾がいたし、力もあった」


 心配させていたのじゃの……と使い魔になんだか労られてしまった。

 自分が思っている以上に幼い頃の私が、未だに今の私に怖れや不安を与えていることを自覚する。もはやあんな小さな女の子ではないのにとため息が出る。


「まぁ、そういうわけで、ちょっと『外』見てくる。少しの間……待ってろよ!」


 カッコよく言ったセリフだが、こたつにはいったままで言うので良さが半減していることに気づかないリヴィオだった。


 アオも出てこないし……いつ片付けよっかなあ。


 リヴィオが王都の『コロンブス』へ行く日はあっという間に来た。私はよほど不安な顔をしていたのだろう。


 トトとテテが心配して、顔色悪いのだ……と声をかける。


「大丈夫だから!すぐ帰ってくる」


 そう行ってくることを決めてから何度も繰り返し言ってくれるリヴィオ。できれば……本音は私だって一緒に行きたい。


 でも今は旅館経営をしているから行けない。前世の母も言うだろう。女将としての責任と自覚を持てと。こちらのやることだって山積みだ。


 しかしリヴィオが行かなくても、ゼキ=バルカンに私の欲しい物を頼むのだって本当は図々しいことだと思う。皆、危険を感じながら航海しているのだから。本来ならば私が行くべきなのだ。


「あのなぁ……一人でなんでもやろうとか、一人でできるってのはねーぞ?世の中そんなもんじゃねーだろ?」


 か、考えを読めるの!?私は驚いて顔をあげた。


「セイラの考えていることならわかる。そして勝手に自分の思考の中で自己完結する」


「あー、それわかるな」


 ジーニーまで、同意する。


「一人で旅館の経営だってできねーだろ?みんなに助けてもらってできてるんじゃねーのか?」


 静かに頷く私。


「仕入れやら開発やら経営やら……そんなもん一人でできるわけないだろ?頼れるところは頼れ!適材適所だ!セイラが始めた旅館だが、今は皆の大事な場所になっている」

 

 リヴィオがそう言ったあと、少しジーニーが笑って付け足す。


「リヴィオに任せておけ。……まあ、頑張ってこい」


「………ジーニー、わかってると思うが、よけーなことすんなよ?」


「どういうことかな?」


 ぐぬぬぬとリヴィオが素知らぬ顔をしているジーニーに詰め寄っている。


 そういうわけで行ってくる!とリヴィオは言った。


「気をつけて……いってらっしゃい」


 やっと声を出すことができた私に微笑みかけるリヴィオ………と、良い雰囲気になりそうなシチュエーションだったが……。


「気をつけてー!新しい食材楽しみにしてますからー!」


「新種の植物!絶対お願いしますよ!」


「面白い旅の話も待ってますー!」


「リヴィオさまー!寂しいですぅ!」


「帰ってきたらサウナはいろーぜー!」


 料理長、トーマス、クロウ、メイドたち、旅館のスタッフまで、出てきて見送っている。さりげなく欲しい物を言っているが……。


 賑やかな旅立ちとなったのだった。


 旅館の仕事へと行く。私が今するべきことをしよう。


「いらっしゃいませー!」


 私はお客様を出迎え………ん!?今日の名簿にあったかしら?顔を見て言葉が詰まる。


「アーサー=カムパネルラ様。よ、ようこそ?もしかしてリヴィオの見送りに……」


「来るわけないだろう」


 淡々と返される。


「あ、……そうですか。なぜこのタイミングなんですか?」


「あいつがいなくなると知ったから、来たにきまっているだろう」


「もうっ!そんな言い方失礼でしょう!」


 後ろから可愛らしい小柄な女性が現れる。妻だ。と紹介する。


「えええ!こんな素敵な方が……無愛想なアーサー様の!?あ、すいません」


 心の声が混じってしまった。ムッとする顔がリヴィオに似ている……。


 クスクスと笑う可愛らしい女性はスッとドレスの裾を持ち膝を折って挨拶する。完璧な教科書通りのお辞儀である。


「わたし、ずーっと泊まってみたいって言ってましたのに……弟がいるから嫌だと……あ、失礼しましたわ。わたしはシャーロットと申します」


「はじめまして。どうぞごゆっくりくつろぎください。どうぞお部屋にご案内いたします」


 ついて早々、アーサーは風呂へ行くとお茶も飲まずに行ってしまう。それをいってらっしゃいませと見送るシャーロット。


 パタンと扉が閉まるとお茶を淹れる私に声をかけてきた。


「アーサー様はいつも忙しいのよ。忙しないとも言うわね……」


「そうなんですね。どうぞ季節のお茶菓子です」


「かわいいですわね。黄色のお花のお菓子ね」


「菜の花を模しております」


 シャーロットがお菓子を食べて、思い出し笑いのようにクスリと笑い、私に言う。


「でもね、本当は弟さんが心配で遠くから行くのを見守っていたのよ。公爵家に寄らずに『コロンブス』へ行くと手紙にあって、オリビア様も心配してらして、アーサー様、素直じゃないんですわ」

 

 やっぱり、偶然じゃなかったじゃない!何故、この兄弟は表面上では歪みあってるの!?


「本当は可愛らしいお方なんですね」


「わかってくれまして!?」


 私の一言にガタッと立ち上がって嬉しそうにキラキラとした目で見て両手を掴まれる。


「皆さん、アーサー様のこと嫌味なやつとか冷たいやつとか人の心持ってるのかとか思ってますよね!?」


「えっ!?い、いえ、その、そこまで誰も言ってませんけど……」


 あ……暴走してるなぁ。先程の淑女はどこへ?


「いいんですっ!そのとおりです!私のことも無愛想な旦那様で、可哀そうってよく言われるんですけど、ぜんぜんそんなことないんです!」


「そうですね。忙しいお仕事のさなか、こうして旅館に来れるよう都合をつけていらしたんでしょう?」

 

「わかりますかーっ!?わかって頂けて、うれしいですっ!」


 感動したようだ……落ち着いてもらうためにお風呂を勧める。


「あら!お風呂!そうですわね。お肌に良いと聞きましたの」


「ええ。どうぞごゆっくり温まってください」


 私はそういうとやっと部屋を出れた。……いつもなら、ここにリヴィオが待っていることが多い。……いやいや!マイナスな思考は良くない。


 仕事がんばろう!よしっ!と気合をいれて、次のお客様をお出迎えに行った。


 アーサーとシャーロットは仕事の都合もあり、早々に翌朝、帰ったが、アーサーは言った。


「思った以上にサウナが良かった」


 ………間違いなく血の繋がった兄弟だった。


「またいらしてください。リヴィオがいてもいなくてもお待ちしておりますわ」


「……ああ」


 後から聞いた。アーサーは私がリヴィオを唆して『コロンブス』へ入れたのではないかと探りを皆にいれていたことを。なにげに……弟を心配し、弟思いの彼だった。兄弟っていいなぁと思った日であった。





 

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