憂鬱な王女の襲来

 先日、ゼキ=バルカンは予言めいたことを言い残した。


『王子の件は断っておいたけど、男は手に入らないと思ったら余計に欲しくなるものだからねぇ☆気をつけるんだねっ☆』


 明るい声で言うような内容ではなかったが、明るく言っていくあたりが彼らしい。


 本日のお客様名簿を見ながら嘆息した。


「女将〜。急に予約無しのお客様がいらっしゃって、女将を呼べと言ってます」


 困ったように顔を出したのはメリルだ。たいていの場合は彼女の采配でできるが、よほど困った案件なのだろう。それに今日は部屋も空いてるのだ。


「わかったわ。今、行きます」


 私が玄関ホールへ行くと、元気の良い声がした。


「だーから!その女将に会わせてほしいのよ!」


「どなたかしら?ようこそ、花葉亭へ。私が女将のセイラ=バシュレです」


 私が挨拶すると、可愛らしいが強気な雰囲気の少女がパッとこちらをみた。身なりがかなり良い。最上級の布を使ったドレス、髪飾りの宝石は本物。黒い目は黒曜石のように光り、ミルクティー色の髪は艷やかで愛らしい顔をしている。


 後ろに騎士風の護衛を連れているところを見ると……王家関係者?


「わたくしはステラですわ!この国の王女よっ!」


 ドヤッと言う感じで腰に手を当てて堂々している。


「王女様でしたか!本日ご宿泊なのですか?女王陛下はこのことはご存知なのかしら?」


 私はなんとなく予想できたが、驚いてみせた。そして少し膝を曲げて王女様と同じ目線になって話す。プンッと怒ったようにステラは言う。


「子供扱いしないでよっ!宿泊に決まってるでしょ。はやく部屋を用意してちょうだい!」


「すみません、一応、女王陛下には伝えてあります」


 後ろの細い目をした気弱そうな騎士が申し訳無さそうに補足する。


「わかりましたわ。でも念の為、護衛はもう一人つけさせて頂きます」


 リヴィオ!と私は呼ぶ。なんだなんだ?とめんどくさそうに喫茶コーナーでお茶を飲んでいた彼はひょっこりと出てきた。


 ステラ王女の姿を見て察したのか苦笑した。短期間だが、騎士団にいたことがある彼は王女の性格を知っているのだろう。驚きはしなかった。


「殿下の護衛をお願いしたいの」


「良いけど……またこの殿下は突拍子もないことを……」


「リヴィオさんっ!お久しぶりです!」


 細目の騎士がリヴィオを見た瞬間嬉しそうに声をかけた。


「あー、おー!!………フィン?」


「フリッツです……あのときはありがとうございました!」

  

 ナチュラルに名前を間違えるリヴィオ。しかし誰なのかはわかっているらしい。


「婚約者はどうなったんだ?」


「あ、あの件も明るみになりまして……」


 リヴィオが王子を殴った事件のことのようだ。……ってことは、この人がゼイン殿下にいじめられていた人なのね!


 フリッツが言いかけたのを遮る可愛らしい声。


「フリッツにはわたくしの親衛隊になってもらい、婚約者も後宮から出すように命じましたわ!あなた、リヴィオとか言ったかしら?なかなか良い顔してるから、わたくしの親衛隊に加えてもよろしくてよっ!」


「そ、そうなんです。ステラ王女が良いようにはからってくれまして……」

 

「へー。良かったなぁ……殿下、申し訳ありません、護衛の先約がいるのです」


 ゆるーく、優しくステラ王女に言うリヴィオ。


「残念だわ。わたくしの親衛隊は美男美女揃いにしたいわ」


 ボクは違いますけどっ!と焦って言うフリッツ。無視するステラ王女。なかなかの強者っぽいなぁ。


「玄関で立ち話もなんですし、殿下、お部屋へご案内します」

  

 スタッフが部屋の準備オッケーです!と合図してくれた。私は頷き、案内する。


「殿下には特別室の『星の間』を用意させて頂きました」


「あらっ!王族だからなのかしら?」


「ステラ王女の名は星という意味もありますし、似合いのお部屋かと思ったのですわ」


 ニッコリ私は微笑んだ。……お部屋空いていたんですと正直には言わない。


 部屋に入ると障子戸を開けたり閉めたりし、気に入っているようだ。


「なかなか面白い部屋じゃないのー!」 


 私は花の香りのお茶を注ぐ。小さな花がお茶の中に浮かぶ。


「まあ!可愛らしいお茶だこと!」


 美味しい!とお茶をゆっくりと飲む。そして私に目を向けて話し始めた。


「わたくしが何をしにきたのか、予想できているのではなくて?セイラ=バシュレ!学園では首席だったそうじゃなくて?賢いあなたならわかるでしょ!」


 ある程度、調べてきてるらしい。幼いのに頭も機転もなかなか利く王女様だと会った時から思っていたが……。このタイミングで私に用事があるなんて1つしかないだろうな。


「えーと…………ゼイン殿下についてでしょうか?」


「そのとおりよ!いくらバカ兄と言えども、王家の威信に関わるわ!母様がお許しになっているけど、どういうことなのかしらと思ってるのよ」


「えー!?でも殿下はボクを助けてくれたじゃないですかーっ!?」


 もう見るからに人が良すぎるフリッツはそうステラ王女に言う。


「あなたは黙ってなさい!わたくしはセイラと話をしてるのよっ!」


 厳しく言われて黙るフリッツ。


「先日、兄は足を捻挫しましたのよ!?」


 ね、捻挫??ゼキ=バルカン、なかなか手荒いことしたのかなと頬に一筋の汗がながれたが、もっとボコボコにしてもいいだろとリヴィオがボソッと言う。心の声がダダ漏れしてるよ。


「あれ??でも、ゼイン殿下が向かって行って、脚がもつれて転んだとかじゃなかったですか?」


 フリッツがポロッと言う。おだまりっとまたステラに怒られる。どうも正直者で黙っていられない性分の彼らしい。……きっとそれでゼイン殿下にも目をつけられたのだろう。言わなくても良いことを言っちゃうのね。


「私はゼイン殿下には何度もお断りしてます。もっと相応しく素敵な方はほんとにたくさんおりますし……」


「セイラに好きな人がいないなら良いでしょう?リヴィオ=カムパネルラと婚約でもするのかと思ったら、まったくそんな話も聞かないわ。お兄様に必要な女性は賢くて裏で操ってくれそうなしっかりとした女性よ!いつまでもフラフラとほんっとにめいわくなのよ!」


「いえ……えーっと、私は……」


 リヴィオの視線が私に突き刺さる。


「早くお兄様が落ち着いてくれないと、わたくしが次期王になってしまうの!!」


 爆弾発言に思えるけど、ステラ王女の方が国民的には良いことのように感じた。


 まだ幼いのに頭も良く、しっかり王家のことを考えたり、起こった問題を解決しようとしたり……どちらかといえば、王の素質は彼女にある。


 この国では王になるのは男でも女でもどちらでも良いのだ。王の素質が一番あるであろう人が選ばれる。


 現女王陛下も弟君がいたのだが、即位したのだった。


 周りがステラ王女にと言うのもわからなくもない。


「さて、そろそろ帰りませんか?転移魔法で送りますよ」


 言いたいこと言っただろうとリヴィオは王女を帰るように促す。


 フリッツも帰りましょーよ!ボク怒られちゃいますっ!と言っている。


 嫌よっと王女が口を開こうとした瞬間、部屋の片隅が青白い光を放って魔法陣が浮かび上がり、人の姿が現れた。


「ステラさまああああ!!」


 やっと来たなとリヴィオが呟く。


 現れたのは長い癖っ毛の赤毛を1つに束ねた長身の女性。騎士団の制服を着ている。


 転移魔法を使えるということは、彼女の魔力は相当高い。


「心配しましたよおおおお!陛下がしばらく好きにさせてやれと仰るので我慢してましたが、もう夜になりますし!帰りましょうよーっ?」


「親衛隊長のジーナ様です」


 フリッツが紹介する。ジーナが来てくれたおかげか、ホッとした表情をしている。


「もう少しいたいわ。せめて夕飯とお風呂だけでもだめかしら?」


 先程の高圧的な雰囲気は無くなり可愛らしく幼気に頼むステラ王女。使い分けてるなぁ。


「くっ………可愛らしくお願いしてくるとか!……しかたありませんね。そのかわり、このお部屋のみにしてくださいよ?他の方々にステラ王女がいるとわかるのはマズイです!」


 わかったわよとにーーっこり可愛らしい笑顏をジーナに向けた。完全に王女の手の平で転がってるジーナ。


「相変わらず甘いな」


 リヴィオが苦々しくいうとキッ!と鋭い目で睨みつける。優しいのはステラ王女に対してのみらしい。


「リヴィオとセイラ?……学園のトップにいて、二人共に、百年に一度の逸材とまで言われていたのになぜ王家に仕えない!?エスマブル学園の名に恥じぬようにしろ!宿の経営など誰でもできるであろう!」


 あれ?私まで怒られてる?


「うっせー先輩だな。五つ上の学年の先輩だった。セイラは覚えて……ねーよな」


 私はごめんなさいと謝っておく。ジーナはややショックを受けた顔をした。


「いつでもステラ様の親衛隊に入りたいなら歓迎する」


 アハハ〜と私は笑って聞き流す。リヴィオはそれはない!とキッパリ言った。


「それでは、お風呂とお食事の用意をいたしますわね」

  

 私はササッと下がって、料理長のところとお風呂を用意のためにスタッフのところへ行く。


 おもてなしをし、早めにお城へ帰って頂くのが良いだろう。きっと女王陛下も心配してることと思う。


 お風呂に入ったステラはサッパリとし、頬をほんのり、赤くさせ、口元が緩んでいた。


「広いお風呂って、のびのびできて、ゆっくり入れるわね。すごく良かったわ!リラックス効果があるわね」


 先程の高圧的な空気がほのぼのとしたものに変わり、年相応の顔をしている。


「本日はお月見をテーマにしたお料理にしてみました」


「お月見?月をテーマにしてるの?」


 私はお子様ランチ風のプレートを出す。お月様に見立てたスコッチエッグ、ケチャップライスを山にして旗を立てる。パンでちいさいうさぎの形を作る。野菜を星型にする。お子様扱いするな!とかお行儀悪い!とか言われるかもしれないが……どうだろうか?


「かっ………かっわいいー!!!」


 ジーナもフリッツも年齢相応のキラキラしたステラを見て、まるで自分のことのように嬉しげに微笑んでいる。


 二人には大人用の食事を頼んでおいたが、ジーナはステラ様と同じのでも良かったなと呟いていた。意外と可愛い物好きの乙女チックな人なのかもしれない。


 満足気にステラは帰り際に言う。


「楽しかったわ!本当はお母様より先に来てみたかったのよ!」


 お兄様のことはホントはダシにしただけなのよ!と笑う。


「毎日、毎日王宮暮らしって退屈なのよ?勉強ばかりだしー」


「良い息抜きとなられたのなら、良かったですわ。また……お帰りをお待ちしています」


 待っててくれるんだ?とそう私に微笑んだステラは手を降って転移魔法で消えた。


 ジーナとフリッツは礼を述べていった。


 その夜、旅館も落ち着き、屋敷へと久しぶりにリヴィオと私は一緒に歩いて帰る。月明かりで道が照らされて白く光っている。この世界の月の方が少し大きく近い。


「美しい月を見る風習か……なかなかいいものだな。なんで月にうさぎなのかわからねーけどな」


 お月見について説明するとそうリヴィオは言って頭上の満月に近い月を見た。


「月がきれいだな」


 そう私に言った。一瞬、何を言い出すのか!と私はドキリとしたが、リヴィオがニホンの『月が綺麗ですね』を意味する言い回しを知っているわけがない。


 私も同じ月を見上げ、答えた。ふざけ半分……そして本音を半分混ぜた。


「ええ。私もリヴィオと同じ気持ちよ」


 リヴィオにはなんのことかわからないだろう。わからなくていいのだ。


 澄み渡る夜空に煌々と輝く月のみぞ知る。



 



 


 


 

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