ソフィアの家出
私はその日、執務室で鉱山の採掘量を見たり、王都での家電製品販売店の建物の件で連絡が必要だったり、求人募集をしたので面談が入っていたり、多忙を極めていた。
「そろそろ旅館の方にも……」
顔を出しに行こうと腰をあげ、玄関へ出た瞬間、嫌な声がした。
「セイラに会わせなさいよッ!なによ使用人達のくせに指図しないでよ」
「セイラ様はお忙しい身でございます。面会予定がない方はお通ししておりません。まずはご連絡し、セイラ様より許可を頂いてから、お願い申し上げます」
クロウが落ち着いた声音で対応してくれている。相手が誰なのか、わかっていて訪問を断っているのだ。
私は額に手を当てた。いつかこんな日が来ることは予想していた。
「あらーっ!いるじゃないの!セイラっ!」
金髪碧眼の愛らしい彼女は満面の笑みをこちらに向けた。
「ソフィア………なぜここに?」
「あーら、いけなかったかしら?妹がおねえさまに会いに来ただけですわよ」
ホホホホッと笑う。絶対ただ会いに来たのではないと言い切れる。
後ろにドサッと置かれている大量の荷物に私は驚く。
「なに!?その大荷物は!?」
「しばらく滞在しますわ」
「は?」
空耳かな?
「さあ!わたくしのお部屋へ案内なさい!」
駆けつけたメイド長に言うと、良いも悪いも聞かずに屋敷の中へズカズカ踏み込んできた。
「待って!」
私は慌てて静止する。ソフィアには絶対に入られたくない部屋がいくつかある。執務室や私の自室など平気で入るだろう。クロウに鍵をかけるよう目配せした。
「どういうつもりなの?」
時間を稼ごうと私はソフィアに問いかける。
「あんな家、出てきたのよ。わたくしの今の姿を見てわかりませんの?」
ドレスの裾を持ち上げてクルリと回ってみている。この行動は!?な、なにかしら?わかりません。
「これだから、セイラはダメなのよね」
またお馴染みのセリフを吐かれる。
「1年前のドレスなのよ!流行遅れも良いところだわ。恥ずかしくて社交界に着ていけないのにお父様ったら、新しいドレスは作ってくれないくせに、婚約者候補を社交界に出てるんだから、探してこいとか仰るの。お母様もそれはかわいそうだと……なに?その目?文句あるの?」
「バシュレ家の経済状況わかってるの?今までと同じ暮らしができるわけないでしょう」
私は半眼になり、呆れた。父が鉱山に手を出し、借金まで作ったことを知らないのだろうか?
「それはそれ、これはこれでしょ?愛娘のためにしてくれるのは当たり前のことじゃない!」
「当たり前ではないこともあるわ。少なくとも父から私に当たり前と思う愛情を与えられたことはないわ」
「それはあなたが愛されようとする努力をしなかったからでしょ!お父様はよく『セイラは可愛げがない』と仰ってたわよ。まあ、こんなに美しいわたくしと比べられるセイラも可愛そうだとは思うわよ」
フフンと鼻で笑って言う。努力?愛される努力をすれば無条件で愛されるの?
私は怒りを感じたが、ソフィアと私では違いすぎる。お互いに理解は難しい。困ったようにソフィアに笑いかけた。
「いいわ。じゃあ、ソフィアも努力してみるのね。ここに居たいならば、それなりに働いてもらうわ。ここでは皆が力を合わせて働いてるのよ」
「なんですって!?」
「言ったでしょ。領主が自ら働いているんですもの。ここではそれが当たり前なのよ。旅館で働くならば、寝るところと食べることは保証するわ。働き具合によってはお給料もあげるわよ。それとも帰る?」
ソフィアの顔が真っ赤に染まる。
「荷物は片付けておいてもらいましょう。さっ!制服に着替えて行くわよ!働くか帰るか選んでちょうだい」
「セイラのくせに偉そうに指図しないで!わかったわよっ!………ところでいつも一緒にいるリヴィオ様は?」
「いつもいるわけじゃないわよ。旅館の方にいるかも知れないわ。春の山菜をトーマスと朝早くから採りに行ってたみたいだけど、帰ってきてるかしら?」
なんでリヴィオ??
そう……と呟いて、思ったより素直にソフィアは制服を着用して旅館の方へ来たのだった。何を考えてるのか謎なので、目が離せない。余計な仕事が忙しい時に限って舞い降りてくるものである。
「なんで掃除なのよーー!」
「接客はまだ無理よ。掃除だってみんなのためになることじゃない」
窓ガラスを磨いているソフィアがキィーーッと金切り声で言う。
めんどくさいけど、頼むわねと教育係もしているスタッフに頼む。
「任せてください!バッチリ鍛えておきますよ」
元々バシュレ家のメイドだったメリルという名の彼女は私とソフィアの仲も知っている……目の奥が燃えている。
彼女の人柄は良いし、数々のステキなスタッフを育て上げている。母もよく言っていた『人を育てることが一番難しい。良い人が育てば人がまた帰ってくる』お客様に一番身近で対応するのは私ではなく部屋係の彼女たちだ。メリルに任せてみよう。
「あら!ソフィアさん、意外とお上手ですよ。そう!その窓の隙間はこの小さいブラシです」
「ふ、ふん!このくらいできてよっ!」
……やりとりが聞こえる。
私は心配しつつも、自分の仕事に戻った。
慌ただしい夕食時間が終わり、私は慌てて執務室へ帰って、残った仕事を片付けようとした。そこで、お風呂あがりのリヴィオと玄関で会う。
「まだ仕事か?なんかオレ手伝うぞ?」
「大丈夫よ!……今日はお客様が食べたいとおっしゃった山菜を探しに行ってくれてありがとう!」
「たいしたことじゃない、なんの仕事あるんだ?オレもしてやる」
忙しそうな私を見るに見かねて、そう言う。
猫の手も借りたいときは誰でもある。猫ならぬ『黒猫』に頼もうかしら……いやいや、落ち着け私。お客様への手紙とか鉱山のメイソンへの連絡とかはちょっとリヴィオに合わないわ。適材適所。誘惑に負けかけた。
「手伝ってほしいのは山々だけど……」
「お会いしたかった!リヴィオさまー!!」
そう口を開きかけた瞬間、高い声に私は意表を突かれた。リヴィオも同様で抱きついてきた彼女を振り払えず横から首にしがみつかれている。
「だっ!?誰だーっ!?」
そうだわ!リヴィオに言い忘れてた。
「ごめん……そういえば言ってなかった。バシュレ………」
「リヴィオ様!お忘れなんて寂しいですわ」
私の声を無視して話し出すソフィア。
「ソフィア=バシュレですわ」
そーーっとリヴィオは体を離すのにソフィアは負けじと間を詰めていく。
私はここでようやくソフィアの本当の狙いに気づいた。
「リヴィオ様!セイラったら酷いんですわよ!こんな服を着せて、働かせてこき使い、いじめるんですの。わたくしボロボロですわ。助けてくださらない?」
ソフィアは涙でエメラルドの緑の目を潤ませて下から上目遣いでリヴィオを見る。得意なやつだ!これをして、過去、私は数々の濡れ衣を被らされてきた。誰もが彼女の魅力に落ちてゆく……。
「ここでは働くのは当たり前だろ?そもそも客人でもねーだろ。呼ばれてねーのに来たんだろ!?」
しかしリヴィオは簡単にはいかなかった。ソフィアに正論を言う。
だが負けじと腕を絡ませ、さりげなく組んでいくソフィア。その根性というか図太さに感服するわ。
「グスン……でもわたくし、働くことに慣れてないんですわ。それなのにメイドのようにこき使うなんて……疲れてもうクタクタ。お部屋までリヴィオ様が送ってくださらない?」
なんでオレ!?と言わんばかりにリヴィオが顔をしかめた。
「もうっ!そこまでにしなさいよ!ソフィア!」
私に叱られるがソフィアは止めない。
「セイラ、こわーい。お姉さまはいつもこんな風にソフィアのことを怒ってばかりいたのですわ!悲しいわ……二人きりの姉妹なのに……」
とても上手に声音を使い分けている。お父様なんてこれでイチコロだったわ。周りの使用人達も……いまだにするわけね。
「鳥肌立つんだけど!?そんな可愛い感じの姉妹愛、どこにもなかったよね!?」
バッサリと切り捨てる私。昔の私なら黙ってしまったが、今はそうではない。ソフィアがややムッとし『セイラのくせに黙ってなさいよ!』と視線で睨みつけてくる。
「リヴィオ様!わたくしの婚約者になってくださらない?」
……お父様にどこぞの資産家の変なやつと無理矢理、婚約させられるくらいならリヴィオが良いわと思ったのね。
リヴィオは見た目かなりのイケメン、(やれば)エリートになれるし、公爵家の三男で高スペック。
「断わる。オレには好きな人がいる」
「もしかして、お姉さまなんですの?」
ソフィアが心底嫌そうに聞く。聞くのも嫌だと言うように。……そんなわけないでしょう。なんてこと聞いてるのよ。
「そうだ」
……はい??冗談だよね。
リヴィオは真顔。ソフィアは顔面蒼白になった。
「い、今まで!お姉さまの物を奪えなかったことなど……なかったのに!」
涙声になった。リヴィオは悪いなとまったく悪いと思ってない雰囲気で言う。そして魔法陣を描き出した。まさか!?
「セイラ、少し離れろ」
そう言うとソフィアを魔法陣の中へドンッと突き飛ばし、リヴィオは言った。金色の目が鋭く、睨みつける。
「帰れ、送ってやるよ。家にな。二度と来んな」
ソフィアが次の言葉を言う前に転移魔法が発動して姿が消えた。
そして騒ぎを聞きつけてクロウやメイドたちが来た。
「あ、あの……」
「本気だ。今、言ったことは本気だからな」
二度『本気』を繰り返し言い、リヴィオは背中を見せて歩いていく。
「えーっと……クロウ!ソフィアの荷物は後でまとめてバシュレ家へ送っておいて!」
「は、はいっ!」
そうクロウに指示してからリヴィオを追いかける。
「ま、待って!どういうこと!?」
リヴィオが鈍いと呟く。少し怒ったような顔をしている。
「あの場しのぎの嘘じゃねーよ。オレはセイラのことを学園の時から気になっていた。トップを奪えなくて、最初は悔しいだけかと思っていたが……どうも違う感情だった」
「リヴィオとジーニーは付き合ってるんじゃ!?」
「なっ!?なんでだよ!?」
私の勘違いなの!?リヴィオが吐きそうなくらい嫌な顔をした。
「あ、ごめん、なんか仲良いじゃない?」
せめて、女のほうで勘違いしててほしかった。あいつはぜったい嫌だ!とぶつぶつ言っている。
「返事は急がない。今まで通りでいてくれ」
「……う、うん」
私がよっぽど動揺して狼狽えていたのが面白かったのか、リヴィオがフッと笑う。
「その反応は予想してなかったな。淡々と『めんどくさい』と言われると思ってたな。じゃあな、おやすみ」
そうだ。以前の私ならきっと『めんどくさい』と一蹴していただろう。
おやすみと返したが、今夜は寝れそうになかった。
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