その名はコロンブス

 ダダダダッと廊下を走る音。


 私は執務室にいて、ジーニーとリヴィオと事務仕事をしていた。思わず顔を3人で見合わせた。


 扉が外側から開いた。

 

「し、失礼します!!お嬢様ーー!!大変です」


 執事のクロウがめずらしく礼儀をかなぐり捨てて部屋へ入ってきた。こんなに慌てるクロウは初めて見た。


「どうしたの!?なにがあったの?」


「手紙が来ました」


 そりゃ郵便物は来るだろう。私は首を傾げて手紙を受け取る。


「お祖父様の片腕と言われたゼキ=バルカン様です!お祖父様の海運業を引き継いでいらっしゃる方です」


「なぜ手紙をくれたのかしら?」

 

 封筒をペーパーナイフで切り、開封してみる。短い文章のみ。


『セイラ嬢へ。温泉旅館という面白い試みをしていると聞いた。ぜひ伺ってもいいかな?』


「どうやら、旅館に宿泊したいみたい」


「あのゼキ=バルカンが……」


 ジーニーが少し口ごもる。なにか言いたそうだ。そんなヤバい人なのかしら!?


 祖父は引退と宣言したと同時に王家へ海運業を渡したものの、実際の実権はゼキ=バルカンが握っている。


「おもてなしに違いはないわ。来てもらいましょう」


 祖父の相棒だった人に会ってみたい。


 それに私も商売をしていくに当たって、海運業と繋がりを持っておくのは悪いことではないわと打算的なところがなくもない。


「どうしたの?クロウ?」


 長年勤めている執事に問いかける。


 珍しく、あまり良い顔をしていない。声には緊張感が漂う。


「いえ、なかなかのお方です。こちらの屋敷にも来たことがあります。今でこそ温和なのですが、中身はお祖父様と同じように強く激しい一面もあります」


「私は温和なお祖父様しかみたことないけど?」


「それはそうでございます!セイラお嬢様のことはとても気にかけ、可愛がっておられましたから!」


 祖父には謎が多い。


 父が冷たい人物と言うような一面もあり、もしかして私が知らないだけなのかもしれない……とゼキが来ることでザワリと胸の中が騒いだ。

 

「そりゃ、歳をとれば雰囲気も変わるだろーよ。ゼキってやつも昔ヤンチャでも今は引退したじーさんだろ」


 リヴィオがそう言う。思わずリヴィオの顔を見た。


 ………ほんとね。


 ジーニーもリヴィオを見てコックリと頷く。


「あ、そうね……うんうん」


「………おい。今、オレを見て、なんで二人で納得してんだ!?」


 さーて、仕事仕事〜っと非難の声をあげるリヴィオを置いて解散する。


 暑さも和らぎ、秋の気配を感じるようになってきた。これからが温泉の本領発揮だろう。


 ヨシッと気合いを入れた。


 ゼキ=バルカンが護衛の一人を伴って来たのは秋に入った頃だった。


 もっと歳を召していると思っていたら、小柄で若々しさが残る、元気な老人が現れた。足取りも軽い。髪の毛は白くホワイトアッシュ。目は私や祖父と同じ黒い目。


 背後に自分の頭3つ分は飛び抜けている大男の護衛を連れてきている。


「久しぶりだね☆セイラ=バシュレ。会ったうちに入らないかもだけど、葬儀の時に見かけたぞ!」


 な、なんのかしら!?語尾に星マークついてなかった?気のせいかしら!?ノリについていけるか不安になる。


 私は平静を装って挨拶をした。


「いらっしゃいませ。ゼキ=バルカン様。葬儀のときは私は上の空でしたから、存じなくて申し訳ありません」


「……抜け殻のようになっていたけど、元気そうで嬉しいよっ☆ずっと塞ぎ込んでたら、可愛いセイラが〜っと心配するやつがいるからね!」


 黒い目を細めて笑う。私はニコッと笑い返す。

 

 軽い口調に変人の予感がしたが表情について出さないように気をつけよう。


 旅館の中を歩いて、部屋まで案内した。


 ゼキは子供のようにキョロキョロとして落ち着きがなかった。フフーン♪フーン♪と鼻歌まで歌っていて、ご機嫌である。


「そちらの護衛の方も同じ部屋でよろしいですか?」


 護衛の大男は人目をひく容貌をしていた。オッドアイで右目が黒、左が緑の色をした目。ネイビーブルーの短髪。顔には傷がある。無表情で怖い。ターミネーターみたい雰囲気だ。


「ハリトだ。無論、ゼキ様の傍にずっと控えている」


 低い声でそう言う。私はわかりましたとニッコリ笑顔で返す。お茶とお菓子を二人分用意する。


「栗を使ったお菓子ですわ」


 栗の入ったおまんじゅうを置く。ハリトは手にとって大きな手で小さいおまんじゅうをひっくり返して鋭い目で調べている。先にハリトが食べるとその後にゼキが口にする。


 毒見されてる……。


「ふーん、うんうん。素朴だけど美味しいね☆栗の味がほっこりとするよ☆お茶も渋みが少なくて綺麗な色だね。ナシュレ産かい?」


「そうです。地元のお茶農家と契約しております。よろしければ売店にもありますよ」


 楽しげな口調とは裏腹に警戒心は常に保たれている。


 くつろいでもらうにはどうしたらいいのかしら。


「すまないね。わたしくらいになると命を狙われることがあるんだ……疑ってるわけじゃないけど、いつもの習慣みたいなものかな。気にしないでね☆」


 私の心を読んだようにそう言う。気にしないでね☆と言われても気になるが……。


「かまいません。それで安心して頂けるなら……お風呂の用意をいたしますね」


「おおー。噂の温泉。わたしもここに遊びに来たときに、君のおじいさんと入ったことはあるけどね!いいものだよね☆」


「温泉に入ったことがありましたか。その源泉をひいています」


「懐かしいなあ〜」


 何かを思い出すように空中を見ているゼキ。


「では、また参りますね」


 私がお辞儀した瞬間だった。ありえない出来事が起こる。ハリトが動いた。その動きは無駄がなく、私に向かって短剣を振り下ろす。


 あまりの自然な動作に私は何が起きたか把握できなかった。銀色に輝く刃が頭の上から振ってくるのをスローモーションでも見るかの様に眺めた。


「セイラ!」


 名を呼ばれる。


 その声で私の体が弾かれたように動く。横へ受け身をとって倒れながら避ける。


 短剣がリヴィオのひと払いで壁の方へ飛ばされる。


 リヴィオは私の背後から飛び出て、蹴りをくらわすが、体の大きさの割に素早く、避けられてしまう。


 ガチャン!とテーブルの上のお茶が溢れる。服の隙間から短剣をもう一本取り出すハリト。


 リヴィオは金色の目を細めてしなやかに跳躍し、相手の懐に入っていき、短剣をくぐり抜けて拳を放つ。数歩下がってハリトはその衝撃を減らす。


 リヴィオの動きは素早く、短剣を蹴りで壁の方へ弾かせる。2本目の短剣も音を立てて落ちた。


「他のお客様のご迷惑になります!」


 リヴィオが本気になってきて、口元に呪文を紡ぎ出している。


 彼が魔法を使おうとした瞬間に私はそう叫ぶが、相手のハリトはまだやる気だ。

 

 ハリトがリヴィオの魔法を放とうとした右手を素早く掴む。歪むリヴィオの顔。ヤバいと私の本能がそう言う。

 

「リヴィオ!!」


「ぐっ……」


 リヴィオは痛みをともなった声をあげる。術が霧散した。右手の手首を掴まれたまま放り投げられる。


 くるっと態勢を変えるために空中で一回転し、再び素早く詠唱し、魔法で作り上げた漆黒の刃を持つ剣を出現させた。


 左手で持ち、構えた。右手……やられたようだ。右手に力を入れることができず、だらりとしている。利き手が使えない。  


 私は呪を素早く紡いで発動させる。


 ハリトからは目を離さず、ゼキの顔をちらりと見るがソファから座った姿は先程と変わらない。穏やかな表情からは読み取れない。


 私の術はリヴィオの手を速やかに治す。ハリトが私を一瞥する。身体が怖さで動けなくなる。落ち着けと自分に言い聞かす。


 学園の戦闘術の演習では私もそこそこやれた。ここで目を逸らしたら負ける。冷や汗が出てくるが動揺を相手に悟られてはいけない。私はハリトを睨みつける。


 魔法では私やリヴィオが上だ。


 しかし身体能力と戦いの経験値がまったく違うとわかる。


 これは学園の演習などではなく、本当に戦ってきた人の力だ。


 リヴィオが怒鳴る。


「こっちだ!おまえの相手はオレだろう!」


 刃を振り下ろすとハリトは手近にあった小さいテーブルを盾にして、リヴィオの刃を受け止め、腹をめがけて拳を放つ。


 横に体をひねってリヴィオは避け、蹴りをくらわす。ハリトのガードした右手に当たる。軽い蹴りだと思ったようだが、衝撃に顔が歪み、数歩下がる。


 リヴィオの蹴りには魔法の力が込められていた。


「続けてもいいか?」


 リヴィオが漆黒の剣をヒュッと音を立てて振り払って構え、ハリトと間合いを取りながら、私に確認する。


 つまり、部屋や旅館が多少破壊されること、他の客を安全な場所へ移せということだ。本気で魔法を使うと言いたいらしい。


 即座に私も決断する。


「仕方ないわ。安全確保するわ」


 リヴィオと私、ジーニーが本気で魔法を使うと、その魔力の大きさ故に、周囲に多大な被害が出る。


 こんな狭い室内で使うものではないが、リヴィオはハリトには手加減できないと判断した。


 後からゼキ=バルカンの店に破壊された分の請求書をぜったい、ぜーったい送ってやるわ!と思いつつ私はドアにスッと近づき、皆に知らせるため、行動に移そうとする。


 ハリトがゼキを見た。


「あーあー、もう少し見たかったなぁ……でもこのへんだね☆すまないね、驚いたかな?セイラ嬢と公爵家の三男坊!」


 リヴィオの片眉がピクリと上がる。金色の目がハリトとゼキの動きを捉えて離さない。


「さすがは『黒猫』と呼ばれていただけはあるね☆可愛いセイラ嬢のお相手としては不足は無しって感じかな。家柄もその能力も護りたい気持ちも合格点だなっ☆」


 はい??私は首を傾げた。リヴィオも目を丸くした。


「死ぬ前に君のおじいさんにね、孫娘を頼むと言われていた身としては、一応、どんな男なのか見ておきたかったんだな☆新聞で見て、これは!?なんだー!いつの間に変な虫が!と、思ってわざわざ来たんだよっ☆」


 誰が虫だよっ!とリヴィオが非難の声を上げる。


「ちょっとお待ちください?なんのために攻撃仕掛けてきたんです?まさか……」

 

「バシュレ家の孫娘ともなると、遺産や名声を狙ってやってくる男たちもいるだろうと思ってね☆しかも〜。そこの三男坊は調べたところ、騎士団でやらかしてきてるじゃないか。あの問題アリの殿下だけど、王族を殴るなんて、どんな男なのか見に来たんだっ☆」


 リヴィオがクソジジイと呟いている。


「えーっと、勘違いなされる人が多いのですが、リヴィオと私はそんな関係ではなく、護衛してくれてるビジネスパートナーです」


 何回目かの説明をする。ゼキはその言葉を聞いているのかいないのか、ハリトに尋ねる。


「どうだった?この『黒猫』の腕前は?」


 無表情のままハリトが答える。


「なかなかの者だと思います。まだ攻撃に甘さはありますが、反応は良い。また魔法を自由に使える場所でなければハッキリとわかりませんが、学園出身者ならば魔法の魔力もそこそこ有るでしょう」


「へえええ☆おまえがそう言うなら、悪くないね☆」


「……正直、もう少し手合わせしてみたい相手です」


 ゼキが嬉しそうにリヴィオを見た。


「ハリトがここまで言うのは、いつぶりくらいだろ!?君、公爵家のボンボンの坊主にしては逸材だね☆」


 リヴィオは射殺しそうな目でゼキとハリトを見た。


 刺激しないでもらえるかな……?お客様の避難、やはりさせたほうがいいかもしれない。


「ほしい腕前だね☆まさかここでみつけるとはね。どうかな?黒猫くん、わたしの会社に来ないかな?」


 ゼキが若い頃ヤンチャだったというクロウの話は本当だとわかる。


 どんどん自分のペースに相手を巻き込み、思い通りに突き進んで行く。


 いきなりスカウトするとは……人の家の従業員をいきなり引き抜きですか?


「行くわけねーだろっ!さっきから話を聞いてりゃ、勝手なことばかり言いたい放題!クソジジイ帰れ!」


 リヴィオがブチギレる。私もこの自由気ままな爺さんの相手は疲れてきた。


「セイラ嬢へは私の会社の腕が良い護衛を紹介するよ☆絶対にもったいない!このような地方で、これほどの腕前の青年をくすぶらさせておくことは損失だよ☆セイラ嬢、頂いてもいいかな?結婚相手でもないなら良いよね?」


「私が決めることではありませんわ」


 聞くまででもなかった……いきなりスカウトされたリヴィオは金色の目を細めて、鼻で笑っている。


 もはや、客扱いしていない。敵と見なしている。


「行くわけねーだろ!こんな人を試すようなことをするやつを信用できるか!」


「この大陸の外の世界を見たくはないのかな?」


『外?』


 リヴィオと私の声がハモった。


「我が海運会社『コロンブス』は波が穏やかな春先から夏にかけて、外の大陸へ行っているんだ☆これは王家からの命を受けてしていることだけど、もともとはセイラのおじいさんが始めたことだよ☆この大陸の海運だけでなく、外にも目を向けたのはすごいよね☆」


 私とリヴィオが顔を見合わせる。


 この大陸の外は出れない。何故なら、ある一定の海域まで行くと魔物が出現するからだ。


 黒の竜の守護により、この大陸は魔物が出ないと言われている。


「違う国を見るのも面白いぞ。『コロンブス』しかできない経験だ。魔物が出るからこそ腕利きのやつを探して常にスカウトしている」


 ボソッとハリトが言い、いきなり饒舌になって話を続けていく。


「かなりの腕利きの者達が乗組員となっている。おまえにその一員となる勇気があれば来るといい」


 リヴィオが腕を組んで冷笑した。


「断る」


「逃げるのか?」

 

 挑発してくるハリト。


「オレをそうやって煽れば、使えるとでも思ってんのか?」


 バチバチと火花がハリトとの間に飛んでいる。バチバチやってるなぁ……。


 リヴィオは確かに噂話だけ聞くと感情に駆られて行動した血の気の多い若者だが、実像はそうでもないことをジーニーと私は知っている。煽ったところで簡単に話にのるほど単純ではない。


 ゼキの視線が私に戻る。

 

「このような状況で、冷静な判断、落ち着いた行動力。上に立つ者として良い素質を持ってるよ☆女でなければセイラも勧誘したいところだよ!どうかな!?旅館は置いといて君も『コロンブス』に…」


 とうとう私はピシャリと言い放つ。


「なんでもかんでも勧誘するのは止めてください」


 ゼキは叱られた子供のように肩をすくめた。


「……うん。君はダメなんだ。実はおじいさんとの約束で、セイラ嬢に手を出さず、自由に好きなことをさせるようにと言われてるんだっ☆しかし葬儀のときはそんな才能あふれる子に見えなくて……失礼だけど、今のバシュレ家の当主とさほど変わらないじゃないかとバカにしてたよ☆」


 さり気なくバシュレ家の当主を悪く言ってるが、流しておくことにする。


 さすがお祖父様、根回しすごいわ。気に入った者を利用しようとするゼキの性格もお見通しだったのだろうけど。


「さて、申し訳ないですが、ゼキ=バルカン様と言えど、騒ぎを起こした者をこのまま利用させるわけには参りません。お帰り願います」


「なんだと!?」

 

 ハリトが凄みを効かせた声で言う。リヴィオがまた殺気立つ気配をさせる。


 私はその気配を受け止め微笑み、柔らかな声音で話すことを努める。


「私のことを心配してくださっていて起こした行動かもしれませんが、ここは公共の場です。して良いこと悪いことがございます。どのような方でも、旅館の中では女将である私に従ってもらいます」


 ここで引き下がるわけにはいかない。……実は手に汗をかいている。


「ハリト、下がれ。さすがあいつ孫娘だね☆葬儀の時はただの小娘が座っていると思っていたが、雰囲気がずいぶん変わったよね☆わたしは今の方が気に入ったな☆似てるよ!すごく君のおじいさんにね☆その目、その雰囲気……いいね☆」


 私はちゃんと冷静に見えてるだろうか?心の中ではリヴィオを怪我させたハリトのことを怒っている。また大事な旅館の物を壊したことも。部屋が先程の騒動で荒れてることも。


 魔法である程度直せるものの……目の前で壊されるのはやはり気分が良いものではない。


「仕方ないよね〜☆帰るとしよう!」


「次回はこのような騒動は勘弁してくださいね」

   

「来ても良いの?」


「ゆっくりとくつろぐためにいらっしゃるならば歓迎いたします」


 ゼキは嬉しそうにハハッと笑った。


「わたしも奴がいなくなって退屈で寂しいんだ。『コロンブス』を残していなくなってさ……この会社の名前、君のおじいさんがつけたんだよ」  


「コロンブス…ですか?」


「ちょっと意味がわからないんだけど、新大陸を目指すためにはいい名前だと言っていたよ」


 私は驚いた。コロンブスの名前の由来がまさか…そんな!?新大陸を発見した偉人。あちらの世界にいたよね!?


「お祖父様は他に何か……言ってませんでしたか!?」


「ん??なにを??」


「いえ、なんでもありません」


 ゼキはそれ以上はわからないのか何か知ってるのか……質問したいが、どう聞けばいいかわからず、私は途方に暮れたのだった。


 お祖父様も……もう一つの世界の転生者だったの?


 

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