ドキドキ新聞取材

 私は朝礼で発表した。


「なんとー!王都新聞より取材の申し込みがありました!」


 おおおーっ!と声がスタッフから漏れる。


「温泉旅館、一部の方々に評判になっていて新聞社に興味を持ってもらえたみたい」


 皆の頑張りのおかげです!と頭を下げる。スタッフ達は嬉しそうにザワザワとしている。


 ほんとに……人のおかげや大変さがというのが旅館経営すると身に沁みてわかる。


 接客や掃除、料理など皆が頑張ってくれていて、すごく助かっている。


 しかし実際の旅館の売り上げ自体はまだまだである。


 トトとテテと作り上げている家電、雑貨。料理長と立ち上げたアイスクリーム屋の収益のほうが大きい。


 特に家電は恐ろしいほど伸びてきている。


 ジーニーが分析し、人々の生活様式を変えるくらいの革命だろうと言っていた。


「いつもどおりのお仕事して頂けると大丈夫です!頑張りましょう」


 はいっ!といつも以上の元気な返事だった。


 ちょっと気合入りすぎてると思うのは気の所為だろうか?微妙にお化粧にも力が入ってる女性スタッフたち。リヴィオは手慣れた手付きで打ち水をしている。


 一度、屋敷へ戻り、執務室にも寄って、行くとジーニーがいた。


「あ、いたの。事務処理ありがとうね」


 伝票をめくる手を止めて私をジッとみつめる。


「いや、このくらいの事務は問題はない」


 それはジーニーだからだと思うけどなぁと思い、苦笑した。


「お茶でも持ってこようか?」


「大丈夫だ。そろそろ終わる……少し気になっていたんだが、いいか?」


 真顔で尋ねてくるジーニー。


「どうしたの?」


「セイラ、ずいぶんと学園の時と性格が変わった気がするなとリヴィオと話していた。どういうことだ?」

 

 ジーニーは話せば納得するだろうか……?私はしばし考える。


「うーん……前世って信じる?」


「いや?なんだって、前世?」


「あ、えっとー、なんでもないわ!……単なる心境の変化よ。いつまでもバシュレ家のあの人達の言われるままにはいられなかっただけよ!」


 そうか……と言って首を傾げるジーニー。やはり前世がどーのと言うのは信じてもらえないだろう。真面目なジーニーならなおさらだ。


「静かに窓辺で本を読んでいるイメージだったんだがな」

 

 まあ!と深窓の令嬢っぽくてステキじゃないのーと嬉しさを、隠せず声をあげてしまった。


「静かだが、トップを俺達に譲らない強さもあったから、俺達がセイラの本来の性格を見抜けなかっただけなんだろうな」


「良いイメージすぎるわ。ありがとう」


 思わずクスリと笑ってしまった。じゃあ、またねと言って私は去った。二人はやはり違和感を感じているようだ。


 私は今の私が気に入っている。思うように好きなようにしている自分の意思を持った自分。


 太陽の眩しさに手をかざす。夏の暑さも今がピークだろう。日頃のお礼に、予約のない日にかき氷屋さんとなり、スタッフに振る舞おうかなとフルーツのシロップを仕込んできたのだった。口の中でシャリっと甘くて冷たい感覚を思い出す。


 ジェシカ=ヘインズ。王都ウィンダム新聞記者。と書かれた名刺を渡される。

 

 赤毛のくせっ毛に緑色の帽子をかぶり、鼻にそばかすがあり、メガネをかけた彼女は明るく……そそっかしい。おっと!と小さく言って名刺入れを落とす。バラバラになる中身。


 私も一緒に拾う。すいませーんっ!と慌てるジェシカ。


「いえいえ、大丈夫ですよ」

 

「私っていつもこうなんです!そして怒られてしまって……」


 喋りながら石畳を歩いていて躓いた。キャア!と言って転びかけたところをリヴィオがナイスプレイで腕を伸ばして……猫を捕まえるように首根っこを掴んだ。え?そこ?普通抱きとめない?


「あっ!ありがとう!」


 リヴィオはいいえと言ってササッと下がる。笑顔を作れない男である。


 ……それでも美男子であることは間違いなく、頬を赤らめてるジェシカ。 


「どうぞ、こちらへ」


 玄関でスタッフがいらっしゃいませとお辞儀する。


「うわあ!すごいですねっ!こうやってお出迎えしてくれるのは身分とか関係ないんですか?」


「そうです。おもてなしに違いはありません」


「じゃあ、平民でも貴族気分ですね!」


「貴族というより、お家にいるように、くつろいでほしいという思いと我が家にもてなすつもりで接客しております」


 メモを常にとっているジェシカの手は動き続けている。続けて館内を見て回る。客間、お風呂場の写真を撮った後に「すてき!」と感嘆の声をあげた。


 ちなみに一度お風呂場で滑った事件はあったが、怪我はなかった。


「ほんっとに素晴らしいです!ワクワクするような施設ですね。後からぜひ温泉を味わってみます」


 自分の客間に通されて力強くそう言う。


「ありがとうございます。こちらお茶とお菓子です」


 お菓子は夏に合わせて水羊羹にしてある。その下に青い紅葉の葉を添えてあり、涼し気な印象を与える。


 お茶と一緒にテーブルに置く。


「うわぁ……なんだか季節に合わせてあるのが、わかりますよ!……甘さがアッサリとしていて、おいしい!これ気に入りました」


「よろしければ売店で購入できますよ。お帰りの際にお土産にしていただいても良いかもしれません」


「ほんとですねぇ〜」


 幸せそうにお茶を飲んでいる。……と、私に向き直る。


「女将の方にもインタビューをさせてもらっていいですか?」


 私はどうぞと頷く。


 先程までのジェシカの雰囲気はスッと消えて、笑顔の奥に含みのある表情となる。


「バシュレ家の孫娘とお聞きしましたが、本当ですか?」


「はい。そうです」


「あの有名校のエスマブル学園出身ということですが、それはあの有名なお祖父様の方針だったんですか?」


「ええ。お祖父様が入学してみたら、どうかと勧めてくれました」


 なるほどとメモをしているけど……今の質問って旅館に関係ないよね?私は引っかかるものを感じた。


「えーと、そちらにいるのが公爵家のリヴィオ=カムパネルラ様で学園では通称『黒猫』と呼ばれるほどの強さと伺いました。なぜここに?」

 

 リヴィオがおまえに関係ねーだろと口を開こうとしたことに気づいた私は先回りする。


「私の護衛を務めてくれているのです」


「護衛が必要なほど危険がありますか?実は婚約者という噂もあるのですが……」


「いったいどなたがそのようなことをおっしゃってましたか?」


 背後のリヴィオからイラッとした雰囲気が伝わる。


「えー!?それは秘密です。すみません〜。情報は漏らせません。」


 申し訳なさそうに両手を合わせる。


「あと、エスマブル学園の学園長まで出入りしているとお聞きしましたが…女将さんの本命はどちらなんですー?」


 リヴィオが背後で立ち上がる。


 私は気づかれないほど素早く、スパンっと足払いした。崩れ落ちるリヴィオ。何か言う前に私が先に微笑みながら言う。


「どちらでもありませんわっ。ただの同級生です。今はビジネスパートナーです。どちらもステキですから、興味のある女性は多いのでしょうね。ジェシカ様もその一人ですか?この辺にして、当旅館のお風呂はいかがです?」


「そうですね!お風呂の用意お願いしまーすっ!」


 明るく言うジェシカ。悪びれた様子は一つもない。


 リヴィオの頭を抑えて、私は下がって、スタッフと交代した。


「いってーな!なにするんだ!」


 聞こえないようにだいぶ遠ざかってからリヴィオが怒る。


「静かにしなさいよ。……聞いて。これはバシュレ家の罠よ」


「なんだって?」


「名刺を落とした時にバラバラになった物を見たら、バシュレ家の当主、そして夜によく行くお店の名刺がいくつも混ざってたわ」


 リヴィオが驚いて目を見開く。


 夜、父が王都の外を遊び歩いていたことを知っている。父の執務室の掃除をしていて目にしたことがある店名ばかり。貴族の情報交換の社交場でもあるが…。


「あの一瞬でよく見れたな」


「特殊能力なのか、一度、本を開けば覚えられるのよね……名刺もなんとなく見たら、文字が頭に残るのよね」


「学園のテスト、そりゃトップとるわな。ジーニーなんて猛勉強してたんだぜ?その能力ずるいな……」


 恨みがましい感じで言うが、今更かーとリヴィオが肩をすくめた。


 できることなら、私だってジョシコーセーの時にほしかったわよ。


「とにかく、バシュレ家に雇われた記者だわ。他の人には言わないでおいて、私とリヴィオで気をつけましょう」


「了解。おまえが一番狙われるだろう。危険なんだから無茶するなよ」


「実力行使というより、何かボロが出れば書くんでしょうね」


 身の心配より、有る事無い事を新聞に書かれるほうを憂慮すべきだろう。


「でも、うちの旅館のスタッフは最高よ!楽観的かもしれないけど、皆がやってくれると思うのよ。ジェシカの心に響く何かをね」


「前向きだなぁ」


 そう明るく言って、私は他のお客さんにも挨拶しながら遠くから見守る。


 お風呂の後に夏祭りイベント会場にいる。射的でサニーちゃんタオルを手に入れたらしく、キャーと嬉しい悲鳴をあげている。


 これも楽しいですよーとスタッフの一人が水ヨーヨー釣りにも誘っている。


「女将!ちょっといいですか?」


 ジェシカの接客係の一人が私を呼んだ。


「どうしたの?」


「えーと、何かおもてなしのヒントになればいいかなぁと思いまして…ジェシカ様なのですが、出身は地方の海が見える町で、お酒が好きで仕事の後は必ず居酒屋で飲むそうです。」


「なるほどー!ありがとう」


 私は料理長の元へと向かう。


 今日のメニュー相談すると快くまかせてください!と言う。


 屋敷のコック長の息子だが、推していただけあって、なかなかの腕前と向上心のある青年であった。


 この厨房の奥に奥さんもいて、主にデザート部門担当。料理人同士の結婚だったらしい。


「いつも女将の発想面白いですね。料理人の経験は無いといいますが、参考になりますよ」


「無茶ぶりしてるのに、応えてくれて、こちらこそありがたいわ」


 料理長としばしメニューについて話す。


 夕飯になり、お品書きの順番どおりに食事が運ばれていく。


「ジェシカ様、いかがですか?」


 接客係がお酒がなくなると尋ねる。ジェシカはほのかに頬を赤くして良い気分になっている。お願いします!と追加していた。


「女将!最高ね!もう一生住みたいです」


「お気に召しましたら、ぜひまたいらしてください。ここへのお帰りをお待ちしてますわ」


「……誰かが、待っててくれるって良いわよねぇ」


 一瞬、私の言葉に静かに沈黙し、お酒を一口飲んで小さな声で呟く。


「ここの旅館の気遣いにすごく癒やされています。仕事で来たのに忘れてしまいそう!例えばこのフォークやスプーンを置く物も……貝殻って久しぶりに目にしましたよ。昔、よくこんな形の貝殻拾ってたなぁ」


 カトラリーレストを今日は貝殻にしてみたのだ。夏の季節にも合っていると思い、用意した。


 他のお客様からも可愛いー!と好評だ。


「おまたせしました。ジェシカ様はお酒がお好きということでこちらを用意させて頂きました」


 お湯の代わりにビールを一人用の小鍋に注ぐ。


「えっ!?」


 給仕係が沸騰してきた時にお肉と野菜をいれる。


「こうして、自分で具材を入れながらお召上がりください」


「なにこれっ!楽しすぎます!うわ!アルコールを含んだからからなの?お肉も柔らかいー!」


 興奮しながら食べている。しゃぶしゃぶメニューにお湯ではなくてビールにした、ひと工夫に盛り上がってくれた。

 

 デザートには塩アイスクリーム。バニラアイスに海の塩をほんの少しパラリとかける。


「甘いのとしょっぱいのが合わさって絶妙〜!甘さが引き立つ!海の味がしますね」

 

 ジェシカが食べ終えて、ゆっくりと食後のお茶を飲み干す。味わうように目を閉じている。


「なんだか久しぶりに嬉しい食事だった……いつも残業で忙しくてまともに食べてなかった気がしますよ。ありがとうございました」


 表情が柔らかくなっている。


 来たときは何かに慌てている感じでそそっかしいと思ったが、今はゆったり落ち着いている。失敗もない。


「女将は女で仕事していてバカにされるってことないですか?」


「女が仕事を持つことは大変かもしれませんが、今のところ私はそれに勝る仕事の楽しさを味わってます……ジェシカ様もでしょう?だから辞められない」


 眉毛がハの字になる。泣きたい顔をした。


「あの……ごめんなさい、本当は……」


 私は人差し指を唇に当てて言わないように制する。


「良いんです。わかってますよ。ジェシカ様が感じたことを記事にして頂いて、けっこうです」


「え…いつから…?」


 驚いている。私は微笑みだけ返した。


 静かにジェシカは一礼していた。


 ジェシカが帰り、その3日後に記事が出た。リヴィオとジーニーと新聞を恐る恐る、見る。


『バシュレ家の孫娘が経営する旅館』


「やっぱ、こうきたかよ!」


 見出しにイラッとするリヴィオ。


 写真には小さく客室と大浴場、大きく私とリヴィオが旅館を背景にしながら話している写真。仲良く見えなくもないが、きっとかき氷のシロップについて話しているやつだと思うな。


「まあ、落ち着け」


 ジーニーがこの先を読めと促す。


『話題になっている宿を紹介する。セイラ=バシュレがナシュレ領で旅館を始めている。笑顔の可愛い女将である。疲れや傷を癒やす温泉。工夫された料理には驚かされる。しかし何よりもこの旅館の特徴は接客してくれる人々の温かさにある。記者は最高の時間を過ごしてきた。来る人がまた帰りたくなる場所になるだろう』


 笑顔の可愛い!?思わず新聞に釘付けになる。


「顔、にやけてるぞ」


 ジーニーが横から言う。


「うっ……うるさいわね!可愛いとか言われたことないから、少しくらい浮かれてもいいでしょうが!」


 私の顔を観察しないでもらいたいものだ。


「悪く書かれていないな。今頃、バシュレ家では悔しがってるだろうな」


 リヴィオが新聞をもう一度読み直し、テーブルに置いてそう言う。


「もし悪く書かれたらどうするつもりだったんだ?」


 私は肩をすくめる。


「なんとかなるかなって思ったのよ」


「無策かよ!」


 記事を切り抜いてスタッフの休憩室に貼ると皆がすごい!と何度も見返していた。


 慰労会と称して、かき氷会を開催した。


 日頃の感謝を込めてスタッフにごちそうする。


 リヴィオが手をかざす。スッと前に手を出して、呪文を紡ぐ姿はかっこいい。


「氷よ!!」


 パキーンと丁度いい大きさの四角い氷が空中より出てきてかき氷の機械におさまる。


「いやー、天才だわ。この大きさの氷、なかなか作れないわよ」


 私は機械で氷をシャカシャカシャカと削る。白い雪のような氷が落ちてくる。


「嘘つけ!セイラもできるだろーが!オレになにさせんだっ!」


 魔法、便利だわーとニコニコしつつ、私は機械を作ってくれたトトとテテにイチゴ味とパイナップル味のシロップをかけて手渡す。


「おいしーのだーっ!」


「シャリシュワなのだ!」


 スタッフ達、屋敷の者達も喜んで食べている。


「アイスクリームとはまた違う美味しさです!」


「ステキ!雪のようだわ!」


「果物のシロップが合う!」


 夏の暑い日差しが照りつける中、木陰で楽しく食べるかき氷は最高である。海ならもっと合うかなぁ?


「はい。リヴィオのもあるわよ!」


「くっ!旨っ……」


 氷を出すことにイラッとしていたリヴィオも黙った。意外と食べ物で釣れるなあ。


 シャカシャカシャカと氷を削る良い音を聞きながら、私は皆の喜ぶ笑顔が嬉しくて作り続けたのだった。

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