タイム・イズ・マネー

 お風呂からあがって、体がホカホカしている。


 肌はツヤツヤスベスベ。心なしかぶつけて青アザになっていたところまで薄くなっている気がした。


「あー、冷たい飲み物がほしい……」


 そう。風呂上がりには冷たいフルーツ牛乳、コーヒー牛乳、アイスクリームなどが必須よ。


 絶対いるわと、テーブルの上の生ぬるい水とお茶を眺める。


「ねーねー。トトとテテは今、どうしてるか知ってる?」


 やや疲れて執務室の中にあるフカフカのソファに腰掛けていたリヴィオに聞く。髪の毛にも乱れがある。なんでそんなに疲れてるのだろう?


「ああ?あのちっこい双子の姉妹か。」


「小さいとか言うと怒るわよ」


 学園の友人その三である。発明家の二人なら少し説明したら、作れそうな予感。


「トトとテテは工房を開いてたと思うぞ。連絡先、手紙で来てなかったか?」


 ……私への郵便物はたぶんすべて破棄されていたと思う。外からの連絡はあの人達から遮断されていた。屋敷の連絡球を使おうとすると激怒されたことが頭によぎる。


「ジーニーなら知ってるんじゃないか?」


「リヴィオは?」


「用があるならあっちから連絡するだろ」


 アッサリとそう言う。エスマブル学園長に連絡とろう。


 私は執務室のテーブルに置いてある、連絡球に触れる。


「エスマブル学園長へ」


 淡く光る。しばらくして姿が映し出された。学園長のジーニーが落ち着いた声音で返事をした。


「やぁ、セイラか。リヴィオはどうだい?」


「いるわよ。働いてくれてるわよ。今日はトトとテテの工房の連絡先を知りたいの」


「なにか頼むのかい?」


「まぁね」


 教えるにはまだ早い。私はニッコリと笑ってごまかす。  


「面白そうでいいなぁ。僕にもそのうち教えてくれよ」


 若き学園長は羨ましそうだ。


「リヴィオ、ジーニーに何か用とかないの?」


「ない!」


 キッパリと言い切る。そうか……とちょっと寂しそうになるジーニー。


 じゃ、ありがとうと礼を述べて私は切った。 

 

 すぐトトとテテに連絡球を繋ぐ。


「こちらフォスター工房。あれっ?セイラなのだ!」


「えー!?セイラ?ひっさしぶりなのだ!」


「トトとテテ、元気そうね」


 テンションの高い、そっくりの双子。金髪に赤毛が混じった髪にガーネット色の眼。子どものように幼い顔立ちと体格。神秘的とも言える容貌だが口を開くと軽い印象になってしまう。


「連絡やーっとくれたね!」


「なんか注文してくれるのか?」


「でも面白いものじゃないと作りたくないなのだ」


「つまらないものなんてイヤなのだ」


 そして二人交互で喋るから煩い。リヴィオはソファに寝転がり、相手する気ゼロ。苦手らしい。私はこの二人が好きだ。発明品のモニターにはなりたくないけどね!


「作りたいものがあるの。たぶん面白いものだと思うけど?ちょっと相談にのってくれる?」


『おまかせなのだっ!』


 テテとトトの声がハモる。


 私はあまり得意ではないが図にして書いた冷蔵庫を説明する。二人の目が段々キラキラ光ってきたのがわかる。


 お湯のでる泉があることを話し、その源泉をひくというプランも明かす。


「ちょっとぉ。イイ感じなのだ!」


「作りたくなったなのだー!」


「荷物まとめるのだ」


「さっさとセイラのとこへ行こ行こ!」


 二人はバタバタと用意しだす。眼の前のことに夢中になる。こうなると早い。


「あ、待って。報酬と予算はこんなものでどうかしら?」


 さらさらっと紙にペンを走らせて金額を記入し、見せると二人の目が丸くなった。


『最高!ありがとう。セイラ!』


 浮かれてる双子。


 大丈夫よ。ちゃーんと投資した分は回収できる予定ですのよと口には出さずにニッコリと微笑みを浮かべたのだった。

 

「相変わらず騒がしい双子だ」


 連絡球が消えるとムクッと起き上がるリヴィオ。私はよしっ!と気合いを入れて、立ち上がる。


「ん?どこへ行く?」 


「調理場よ!リヴィオは休んでていいわよ?」

 

「いや、行く」


 屋敷内に身の危険はなさそうだが、リヴィオは後ろから着いてきた。律儀な……。


 調理場は夕食の仕込みを終えて休憩中だった。私が顔を覗かせると、驚くコック長。


「どうしました!お嬢様!こんなところにいらっしゃるとは。おやつでも召し上がりますか?メイドに言いつけてくだされば…」


 老齢の背の低いコック長はお祖父様と古い付き合いだ。作り出す料理は素朴だが素材の味をいかしていて美味しい。


「ごめんなさい。休憩中に邪魔してしまって……調理場を使わせてほしいの」


「そりゃ、良いですが…何するんですか?」


 白い眉毛をピクピクうごかす。


「アイスクリームを作るの!」


『アイスクリーム?』


 コック長とリヴィオの声が重なる。


 玉子、砂糖、生クリーム、塩を貰う。手のひらから氷の力を放つ。ボウルの中にカランカランと音をたてて氷が出来る。そこへ塩も入れておく。


 材料を混ぜて温める。混ぜる工程でリヴィオにちょっと代わってもらう。トトとテテにハンドミキサーも作ってもらおうかな。


 分量は適当なのでちょっと不安ね……そこまで覚えてないわ。美味しくできるかは運に任せよう。素材は新鮮だし、不味くはならないことを信じる。


 氷の入った大きめのボウルの中に入れ、混ぜつつ、しばし冷やす。


「なんだ?これ?」


 リヴィオは興味津々である。コック長はフムフムと感心しながら見ている。


「固まったかなぁ」


 ヘラについたアイスクリームを指ですくってペロッと舐めてみる。舌の上でじんわりとけて、優しい甘さが広がっていく。


「こっ!これは!!」


 美味しい!!!


「なんで、自分で作って驚いた顔をしてんだ?知ってて作ってるんだろ?」


「へっ?あっ!……えーと、リヴィオとコック長も食べてみない?」


 リヴィオが不審そうに言う。なんとなく私は慌ててごまかす。 

 

「どれどれ?」


「お嬢様、自ら作ってくださったものを頂けるなんて!」

 

 二人はスプーンですくって口に入れた。驚きの顔。


「なっ、なんだこれ!?」


「美味しいです!口の中で溶けていく!」


 もう一口!とパクパクと食べていく二人。


「これ、私の料理の腕ではここまでなのよね……コック長、極めてくれない?」


 やはり料理のプロがしたほうが良いだろう。


 私の作ったものは家庭で食べるには十分かもしれないが商品としてはまだまだである。


「お嬢様の頼みとあらば!」


「できたら、チョコ味、フルーツ味とかも可能なら広げてって欲しいの。そうね。凍らせたフルーツを混ぜたりナシュレ特産のお茶やハーブを使ったりしても良いわ」


 友達と食べに行ったアイスクリーム屋を記憶から呼び起こす。


 私の前世は紛れもない平民だったのにあんな貴族しか食べれなさそうなものが普通に買えて食べれる。ニホン……すごい世界だわ。


「素晴らしい!味の方向性も良いですね!」

 

 コック長は興奮し、アイスを食べながらメモをとっている。


 リヴィオは空になった皿を名残惜しそうに置いた。


「後は……クロウね」


「まだなんかするのか!?」


「人生は短いわよ。時は金なり。タイム・イズ・マネーよ」


「……!?!?」


 わけわからない顔をするリヴィオは置いておき、執事のクロウを呼び出す。品よくお辞儀をして執務室へ入ってきた。


「さて、クロウに聞きたいんだけど、この屋敷を建築した人を教えてほしいの」


「どうしました!?……いえ、構いませんけど、どこか修繕する箇所や不備がございましたか?見落としていたとしたら不徳の致すところで……」 


「違うわ。新しく建てたいの。屋敷から少し離れた場所に……公衆浴場を!」


『コウシュウヨクジョウ?』


 二人に通じない。そりゃそうか。

 

「みんなで楽しく体を洗い、清めるところ」

 

「なんでそんなものを……」


 リヴィオが眉をひそめる。必要か?と思っているらしい。


 私はフッと不敵に笑う。


「良い?この世界にないことイコール新しいことを始めるということはビジネスチャンスなのよ!お祖父様が遺産を残してくれたとしても永遠にあるわけじゃないでしょう?仕事しなきゃ!働かざる者食うべからず!」


 バンッとちょうどあったナシュレ領の地図を見せる。


「そして良いこと?」


 ハイ。リヴィオが生徒風に返事をする。


「ナシュレは王都から近いのに田舎よ。でも海あり!山あり!美味しいものあり!の恵まれた土地。農業や漁業が主な産業。総人口は老人が多い。どうしても若い人たちは働き口を探して王都に流れていく。仕事がないのよ。私はここに一大温泉郷をつくるわ。お風呂に入れてお客様にくつろいでもらうのよ。観光地にし、領民に働き口を作り、発展させていく!」


 パチパチパチとリヴィオとクロウが拍手した。我ながらうまいこと言ったー!……と思う。


「あー、うん。話の半分くらいしかわからん」


「お嬢様、クロウはとりあえず何をしましょうか?」


 理解を得ようとしたが、とりあえず熱意だけ伝わったらしい。


「建築士に小さいけど快適な家を建ててもらうわ。手始めは、領民がくつろげる銭湯的なお風呂屋さんにするわ。反応を見てみたいの。さぁ!始めましょう」

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