彼女は温泉を発見する

 ナシュレ領地の屋敷に着くと、すでに用意は整えられていた。


「セイラ様!ようこそお越しくださいました!」


 白いものが混じるグレイの髪と目をした。中肉中背の執事が出迎える。後ろにはメイド達が十数名。


「久しぶりね。ナシュレ領の管理をしてくれてありがとう。クロウ」


「そのうち、必ずセイラ様がいらっしゃるだろうと思っていました。ご成長されましたな」


 深々とお辞儀される。感無量という感じだ。

 ここへ来るのはいつぶりだろうか?2、3年ぶりほどかな?


「セイラ様。着いた早々申し訳ないのですが、執務室へと来てください。手続きがありますので」


 バーグマーさんがやってきた。書類を渡したいらしい。仕事が早い。


「こちらの青年は?」


 クロウが私の連れ立ってきた者に気づいて尋ねる。リヴィオは黙ったまま私の背後に控えて、護衛に徹している。性格はともかく見た目が良いので若いメイド達の視線が熱い。

 

「私の護衛よ。しばらくの間、ここに滞在するので、頼むわね。部屋を用意しといてほしいの」


「かしこまりました」


 クロウがメイドにサッと指示をしてくれているのを見て、私は任せる。そしてリヴィオを伴って執務室へと歩いていく。バーグマーさんが書類と金庫の鍵を机の上に並べて用意してくれていた


「金庫があるの?」


「そうです。屋敷のどこかに隠し金庫があるらしく、鍵も預かっていました。場所までは仰っていません。セイラ様なら気づくだろうとのことかと思います」


「謎を残すのはお祖父様らしいわ。ありがとう。助かったわ」

 

 いつもお祖父様が座っていた革製の椅子に座り、飴色の大きいテーブルで契約書の判を押した。ここに私が座ることで、お祖父様はこの屋敷に存在しないことを再確認するようで、少し寂しい気持ちになる。


 周囲には本がミッチリと詰められた本棚。古いがきれいに手入れされている暖炉にフカフカの絨毯。大きな古時計が時を刻んでいる。棚の中には貴重なお酒に世界各地の名産品が飾られている。ガラス製の細かい細工を施してある王城、宝石が目に埋められている人形、船の模型など。お祖父様は自分のお気に入りの品々を本宅には置かなかった。


 バーグマーさんは仕事があるので帰ると言うので、馬車を用意し、見送る。また自分を必要としたら呼んでくださいと言ってくれる。


 私は屋敷や外を散歩することにする。お祖父様が私にここを遺したのは単に逃げ場所としてではない。きっと何かの意味がある。その手がかりになるものを探すために散策し、掴みたい。


「リヴィオは部屋でくつろいでいていいわよ。私はいろいろ見て回るから」

 

「オレも付き合ってやる。おもしろそうだからな」


「おもしろいかしら?なんにもないわよ。地方の領地って感じの場所よ」 


 特に目新しい観光スポットもないし……お祖父様はくつろぐには最高の地と言っていたけど。


「気にするな。オレは自分の役目である護衛をしてるだけさ」


 さすが気まぐれなリヴィオ。通称『黒猫』と呼ばれていたのも身軽な戦いかたや容貌だけでなくこの猫のような性格もある。  


 マイペースな元同級生に、お好きなようにと私は言って、歩き出す。


 屋敷の中をざっくり見て、庭園に出る。木々は程よく枝を伸ばし、四季折々の花や珍しい薬草がある温室、食卓に出すための旬の野菜が畝ごとにきっちりとした間隔で植えられている畑は芸術作品にも見えた。


「セイラさまー!お久しぶりです!」


 嬉しそうに声をかけてきたのは大男のトーマス。麦わら帽子が似合う。


「久しぶりね。相変わらず見事な庭園ね。手入れが行き届いているわ」


「セイラ様が領主になられるなんて、本当に嬉しくて!屋敷の者たちもよろこんでいます」


「私もお祖父様がここに居場所を作ってくれて感謝してるわ」

 

 トーマスは幼い頃から私の質問に嫌な顔一つせずに答えてくれたり、薬草の効能、花の名前などを教えてくれたりした。優しい庭師だ。しかし管理は天才的で、私は小さい頃にトーマスは何かの魔法を使ってるの?と聞いたこともあったくらいだ。


 私とリヴィオは屋敷を少しだけ離れ、周辺へと移動する。ふと川の側に行き、岩場の所で思い出したことがあった。まだあるかな?行ってみようと急ぐ。


 フワフワと白い湯気が見える。無造作に岩で囲いを作ってある。

 

「なんだこれ?」 


 リヴィオがびっくりしている。そう、この世界ではまだ馴染みの少ない温泉である!お祖父様が最高の癒やし!贅沢!と言っていたのを思い出したのだ。


「自然界のお風呂よ。お湯が沸く泉」


 私は嬉しくなって手でお湯に触れる。透明だが、すこしとろみがある。手が乾いてくるが、温泉に触れたところを触ってみると、スベスベする。この水質、肌に最高にいいんじゃないの!?


 ニホンの生活を思い出し、どうしても温かい湯船に入りたい衝動にかられる。こちらの世界のお風呂はシャワーや少なめのお湯に入って、洗う程度だから、物足りなさを感じていた。


「ちょっと私はお風呂に入るわ。リヴィオ!誰も来ないか見張ってなさいよ」


「は!?ふ、風呂だと!?おまえ、何言ってる……だっ!?おおおおおいっ!ぬ、脱ぐなっ!やめろ!」


 リヴィオの制止する声を゙無視して、茂みに隠れてポイポイッとブーツや服を脱ぐ。


「大丈夫よー。リヴィオは私のような者はタイプ外で、興味ないでしょー。いいから!見張っててよ。リヴィオでよかったわー。安心して見張り番頼めるもの!」

 

 平べったい胸な私は範囲外でしょ。リヴィオの歴代彼女たちは皆が美女揃いでスタイル抜群の年上と知っているのよ。


「いや……え!?……おまえなーっ!そんな問題じゃないだろ!?」


 非難の声をあげつつも、見張りを引き受けてくれたらしい。無理やり引き受けさせた!というのが正しいかもしれないけど。


 そ~っとつま先から入り、岩場の荒々しさに傷を作らないように気をつける。川の水で調整されていて、温度も程よい。


「ハー。いい湯!いいわね。最高ーーっ!!」


「おまえ、性格まるっきり変わってないか?こんな大胆だったり物をハキハキ言ったりするタイプじゃなかったよな?」


 ……それは、前世の記憶があるからです。とは言えなかった。今の私はジョシコーセーの方の明るくて前向き、負けず嫌いな自分にひきずられている。


 学校へ行きながら、旅館の手伝いを思い出すと学園の生活より大変だった。ニホン人働きすぎよ。しかし魔法もないのにすごいところだと思う。あんな世界もあるのねぇと半ば信じられない気もする。


 お風呂で足を伸ばして、ゆっくりと浸かりながらニホンという国に住んでいたジョシコーセーの自分を思い出して比べると今の自分のスペックはかなり高いと思うのよね。


 知能、魔力、運動能力など…これがジョシコーセーの時にあれば楽勝だったのになぁーーっ!くっ……もったいなさすぎるでしょっ!活用しなさいよセイラ!と自分で自分に言う。


 あっ!大事なこと思い出した!


 すごく重要なことだ。


 私は困っている。


 なぜなら………。


「タオルがない」


「オーーーーイッ!」


 湯けむりの向こうでリヴィオが叫んだ。






 

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