第2話 時をかける妹
私は気づくとベッドに横たわっていた。
見慣れた天井は何度も補修を重ねてボロボロだった。
雨音が聞こえる。
ぽたりと顔にしずくが落ち、つたっていった。
(この前お兄ちゃんが直してくれたのに……)
兄はもう居ない。
体を起こすと目じりに溜まっていた涙が流れ落ちた。
セリヌンティウスを死なせた兄が私の前に姿を現すはずがなかった。
「おーう、やっと起きたかー寝坊助!雨漏り直すから……」
枕元に兄が立っていた。私のたった一人の家族。大好きだった兄が……。
「はぁ!?」
「なんだあ?幽霊でも見たような顔して」
間違いない。兄だ。親友を身代わりにし、あっけなく殺させた卑怯者。
「死ね!!セリヌの敵!!」
私は兄に掴みかかった。
「な、なんだよ!イテッ!やめろ!寝ぼけてんのか」
私は兄を殴り続けた。周りの人は私のことを内気だと思っているが、私は邪悪には人一倍敏感なのだ。
友をのうのうと死なせて平然と帰ってくる人間など邪悪以外の何者でもない。
「……セリヌ?お前まだアイツのこと引きずってんの?一年も前に振られて……」
「違う!私が振られたのは15ヶ月前だ!」
「何が違うんだ!イテッ!というか振られたのは一年前だろ!?イタタ……」
「15ヶ月前!!」
「一年前!!」
「15!!」
「12!!」
私たちは私がセリヌンティウスに振られたのが何ヶ月前か、ということでひとしきり争った。
「まったくおかしなやつだ!!アイツのことは忘れたというのは嘘だったのか!?」
「う、嘘じゃない!!セリヌとは一緒になれないことは分かってた!!でもいきなり死んでしまうなんて……」
「はあ?何を寝ぼけたこと言ってるんだ」
「それはこっちのセリフよ!!」
どうもおかしい。話が噛み合わない。
「はぁぁ……せっかく縁談がまとまりそうなのに!!花嫁が昔の男を忘れられないんじゃあなあ。あんまりお兄ちゃんを困らせてくれるな」
「……!?」
縁談がまとまりそう?
私の結婚が決まったのは3ヶ月も前のこと。そもそも今回の事件が起こったのは結婚式の準備のために兄が市に出掛けたからだ。
「待ってセリヌの敵。今日は何月何日?」
「敵?」
「間違ったクソ兄貴。今日は何月何日?」
「何日ってそりゃあ……」
兄が言ったのは結婚式の3ヶ月前の日付だった。
「……ごめん、私、夢を見ていたみたい」
「そうだろうな」
「セリヌンティウスが殺される夢」
「夢でも俺の愛しの妹を泣かせるなんて、あいつはやっぱりクソ野郎だな。死んじまえばいい」
「おまえがしね」
泣き出した兄を残し、私は部屋を出た。
夢なんかじゃない。セリヌンティウスは確かに死んだ。
セリヌンティウスの死を伝えに来た男に嘘をつくなと思いきり殴った手の感触がまだ手に残っている。
あ、この感触はさっきお兄ちゃんを殴ったときのやつか!!
いやいや兄が戻らないと分かって流した涙の熱さが頬に残っている。
あれ、そもそもお兄ちゃんを思って泣いたんだっけ?
あ!そうそう!セリヌンティウスが死んだと聞いて胸がキュッとした。あれは夢じゃない。夢なわけがない!!
──と、言うことは、私は3ヶ月前に戻っているということだ。
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