第33話
僕たちの食事が終わると母さんから連絡が来た。
僕はそっとスマホを閉じる。
「お兄ちゃんの部屋に大きいベッドを運ぶって」
「……そうなんだね」
僕はスマホを開いて文章を送る。
『大きいベッドはいらないよ』
『もう決まったのよ』
『いやいらないって!』
メッセージが帰ってこない。
父さんと母さんが入って来る。
父さんと母さんが使っていたキングサイズのベッドが運ばれてきた。
「父さん、母さん、いらないよ」
「ダメよ、シュウ、あなた風邪を引いたわよね?」
「そうだけど?ベッドと何か関係があるの?」
「朝になると布団から足が出ている事があるわ。掛布団が下に落ちている事もあるわね。だから風邪を引くのよ」
「でも、掃除が大変なんだ」
「シュウ、健康の方が大事よ」
「僕の意思は?僕が今使っているベッドは?」
「シュウ、意思は聞かない。今使っているベッドは空いている部屋に置いてゲスト用に使う」
「僕がゲスト部屋に住むよ」
「ダメよ」
「ダメだ」
「それにユヅキ先生やメイと寝て風邪を引かせるのも良くないわ」
ユヅキとメイが下を向く。
「で、でもそれじゃ、シテくれって言ってるようなものだよ!良くないよ!」
その後の僕の抵抗は全く効果が無いまま僕の部屋には大きなキングサイズのベッドが部屋を埋める。
掃除が面倒で無駄な時間が増えてしまうよ。
父さんと母さんがいなくなるとメイがベッドで跳ねて遊ぶ。
ユヅキ先生はベッドにダイブした。
「キングサイズは大きいわね」
「僕の部屋が狭くなったよ。僕の部屋がほとんどベッドになったよ」
「シュウの部屋がビジネスホテルのように見えるわね」
「お姉ちゃん、ビジネスホテルってキングサイズのベッドなの?」
「そうではないけれど、雰囲気が似ているのよ」
「そう言えばホテルみたいになった気がするよ」
「シュウのお父さんとお母さんの目的はもしかしたら……」
ユキナが考え込んだ。
「ユキナ、父さんと母さんの目的が分かるなら教えて欲しい」
「まだはっきりとは言えないわね」
「きゅう!きゅう!」
「きゅうも乗せてあげるね」
きゅうもベッドに乗って遊ぶ。
「きゅう♪」
「シュウ先生のラブコメ小説のPV数を見せて欲しいわ」
僕はパソコンを開く。
僕が椅子に座り、机に開いたノートパソコンをユキナが後ろから立って見る。
「順調ね。所で」
「どうしたの?」
「まだ私が出てこないのだけれど?未投稿の回を見せて欲しいわね」
「いや、ちょっと作りかけで恥ずかしいから」
僕はユキナの手をパソコンからどけた。
「気にしなくていいわ。主人公が私に対してどういう内面で見ているか気になるのよ」
僕が投稿しているラブコメは現実の僕の体験をそのまま小説にしている。
主人公の描写=僕の内面の描写だ。
そして、ユキナの名前は変えてあるけどユキナも登場する。
それを見られたくない。
見られるわけにはいかない。
主人公の描写は生々しいユキナへの好意だ。
「まだ、見られたくないよ。改稿して投稿してからにしよう」
「私はシュウの生の感覚が知りたいのよ。それに、自分の感情をむき出しにして投稿した方がいいと思うわ」
僕はユキナの両腕を押さえてパソコンを閉じた。
それを見ていたメイがつぶやく。
「ねえ、明日ヒマリも呼んでお泊り会しようよ」
「急に話が飛んだね」
メイはスマホを操りだした。
聞いてないか。
「ヒマリ明日お泊りするって」
「メイのお母さんは何と言っていたのかしら?」
「お泊りしていいって」
「明日から学校だけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ」
僕はその日は皆を追い出して済ませようとしたけど、ユキナが粘って結局僕の投稿前のラブコメを見る。
コーヒーを飲み、嬉しそうに、時には顔を赤くしながら小説を読み進めた。
ユキナは本当は早く小説を読めるけど、僕のラブコメを見る時は、ゆっくりと味わうように読んでいく。
隣に居る僕は恥ずかしくなり、何度もコーヒーを淹れに行った。
あの中には僕の性癖とみんなへの好意が詰まっている。
ユキナへの好意は特に恥ずかしい。
本人が見るのはダメだよ。
ユキナはコーヒーを4杯飲んだ。
「良かったわ。私が見ていなかったら修正して無難な作品にしていたでしょうね。あまり手を加えずに誤字だけ直して続きを投稿しましょう。シュウの、間違ったわ、主人公の内面がリアルで素敵な作品よ」
「いや、恥ずかしいんだけど」
「そこを隠すのは良くないわ。そのまま投稿よ」
「それと、今日写真を取られていたけれど、シュウのモブメッキは剥されるかもしれないわ」
「え?どういう事?」
「いえ、私の気のせいかもしれないから気にしないで欲しいわ」
「気になるよ」
「気のせいかもしれないのよ」
「話して欲しい」
「……そうね。話してしまった私が悪かったわ。シュウは私と一緒の所を学校の生徒に撮られていたわよね?」
「そうだね」
「シュウは普段なら本気モードとモブモードのギャップがありすぎて本人だとばれないわ。でも、高校時代に私と仲が良かった男はシュウだけよ。私と一緒にいる男はシュウだとばれやすいのよ」
「あ!で、でも、僕は母さんの飲食店で働いても、父さんの自転車屋で働いてもバレてないんだ」
「シュウは働いている時は声を作っているわ。でも、駅で私と話している時は素の声だったのよ。高校で話す時に近い素の声、そして私といた事、2つの要素が組み合わさると、ばれやすくなるわね。気のせいかもしれないけれど、女子生徒は噂好きでしょう?」
「嫌な予感がしてきた」
「でも、女子生徒が誰にも言わなければ大丈夫よ」
「う~ん、無断で写真を撮って来る女子生徒か。ばら撒きそうな気がする」
「明日から何も無ければ問題無いわ」
「そうだね、今日は眠ろう」
「シュウ、一緒に眠る?」
「え?いいの!コンドームもあるんだ」
「や、やっぱりいいわ!」
ユキナは焦って部屋を出て行った。
可愛い。
眠ろう。
キングサイズのベッドは、意外と良いな。
必死で抵抗していた僕だけど、寝心地は良かった。
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