第31話

 朝起きてリビングに行くとユキナはジト目で見てきた。


「ユキナ、昨日は」

「聞こえていたわ。メイとユヅキの声がね」

「ですよねー」


 僕の後ろにメイとユズキがついて来てリビングに座る。


「メイとユヅキは協力しているのかしら?」

「お姉ちゃん、そんなことしないよ」

「メイちゃんがシュウ君の部屋に入っていったのは分かったけど、焼き肉を食べたせいかシュウ君と、したくなったの」


「……積極性、ね」

「ユキナ?」

「気にしないで。でも、私もシュウにかまって欲しいわ」


「今日はユキナとどこかに出かけようか?北街はどうだろ?」


「私も行く」


 メイが言った瞬間ユヅキがメイの口を押えた。


「ごめんね。行ってきて。後、帰ってきたらシュウとお風呂に入ったり一緒に抱き合って寝るのがいいと思うわ」


 ユキナの顔が赤くなった。

 そして僕から目を逸らす。


「そ、それはいいとして、今日は、一緒に出掛けましょう」


 そう言って僕に手を出して来た。

 僕はその手を両手で握る。




 僕とユキナは北街のカフェに来ていた。

 2人で小説を執筆する。


 派手なデートではない。

 デートと言えるのか分からない。

 

 僕がトイレに行こうとして声をかけようとすると、ユキナは僕のパソコンを引き寄せる。

 このしぐさだけで、『パソコンを見張っているわ』とジェスチャーだけで分かった。

 僕のして欲しい事が伝わっている事が分かりそのままトイレに行く。

 

 僕が戻るとユキナに声をかける。


「何を飲む?」

「アイスコーヒーね」


 僕はドリンクバーからアイスコーヒーを持って来る。


「ありがと」


 あまりにも思いが伝わりすぎている。

 は!これは、ユキナが気を使っている!


「ユキナ」

「私は気を使っていないわ」

「何で分かったの?」


「シュウは分かりやすいわ。でも、私と相性はいいわね。シュウがいると心地いいわ。飲み物を持って来てくれるタイミングも、食事を食べるペースも、会話の流れも会話の内容も心地がいいのよ」


「良かった」

「あと30分ね」


「3馬鹿とお食事会だね。僕から計画しておいて今更だけど、本当に大丈夫かな?」

「視線は感じるかもしれないわね。でも、3馬鹿は私に何もしないでしょう?今日はスカートを履いていないし、問題無いわ」


 そのパンツスタイルすらちらちら見てくるのが3馬鹿だよ。

 いや、でも、ユキナは『視線は感じる』と言っていた。

 見られてもそこまで気にしないのかな?


「シュウ」


 ユキナが僕の耳に口を近づけた。


「3馬鹿に見られる事より、シュウに見られる事を意識しているのよ」


 ユキナを見ると笑顔だった。

 これが、万能のユキナか。

 ドキッとする。

 これは、皆好きになる。


 僕の顔はきっと赤くなっている。

 でも、ユキナの顔も赤い。


「少し早いけど、店を出ようか」

「そうね、少し散歩したいわ」


 伸びをするユキナの動きも洗練されていた。


 僕とユキナは少し歩いて、3馬鹿との集合場所に向かった。


「少し早かったわね」

「遅かったかもね」

「早すぎたわ」

「甘いよ。3馬鹿だよ?」

「もう、いるの?」

「ユキナが来るなら3馬鹿はこうなるよ」


 3馬鹿は暑い日の昼前、直射日光を浴びながらそこにいた。

 3馬鹿の周囲2メートルはバリアが張られたように皆が避ける。

 3人黒い服を着ていた。

 

「本当に、居たでおじゃる!」

「奇跡だな」


 ガリとマッチョの声で喜び具合が伝わってきた。

 ブタはユキナに祈りを捧げる。


「ブタ、そういうのはやめよう。僕達まで人から避けられるよ」

「もう手遅れでおじゃる。それに、モブよ。今日はおめかししてきたでおじゃるな」

「ユキナ先輩に会うんだから当然だろ!」


「うむ、その通りだ。我も皮服を着てきた」

「熱いだろ?というか中に入ろう。話が終わらなくなるし通行の邪魔だよ」


「「ユキナさん!ご案内します!」」


 3馬鹿はトライアングルを作り、ユキナを護衛しつつ店の中に入る。

 魔除けの結界によって人が近寄ってこない。

 僕はマフィアの幹部のように、いや、ユキナが護衛されていた。


「ここは、ブタおすすめのイタリアンかな?」

「へへへ、そうだぜ。堪能させてやんよ」


 ブタの発言でおしゃれなイタリアンの店がマフィアのたまり場に見えてくる。


「早く座ろう」


 僕たちは6人掛けのテーブルに座った。


「へへへ、ここのおすすめはミートソースだぜ」


「ミートソースにするでおじゃる」

「ミートソースだな」

「ミートソースにすんよ」

「ミートソースだね」

「私もミートソースにするわ」


「……全員同じか」

「こういうのもいいでおじゃる」


「マッチョ、1つで足りるか?ブタもだけど」

「2つ頼むのだ」

「おいおい、特盛があるんだよ。俺は特盛にすんぜ」


「注文はミートソース3つと、ミートソースの特盛2つでいいかな?」


 3馬鹿だけでなく、ユキナも親指を立てて合わせてくれていた。

 ユキナは普段なら絶対に取らないポーズだ。

 少しうれしくなる。


「OK!お前たちの気持ちはよーくわかった!」

「お決まりですね」


 店員さんがすっとやって来る。


「はい、ミートソース3つと、ミートソースの特盛2つでお願いします」

「かしこまりました。お冷、お持ちしますね」


 3馬鹿はまるで砂漠の中にいるように水を飲んでいた。


「解せぬでおじゃる」

「ガリ、どうしたんだ?」


「確かに本気を出したモブは様になっている。モテると言っていいでおじゃる。だがしかし、モブは最近まで頑なにモブを完ぺきに演じ切ってきたでおじゃる。それなのにその縁を運ぶに至った。モブとユキナ殿の繋がりが信じられないでおじゃる」


「趣味が似ているからね。実は僕は小説の執筆を趣味でやっているんだ。読む人は多くても書く人は少ないだろ?ユキナ先輩は小説のプロだから、そう言う所が良かったのかもしれない」


 ユキナは僕の言葉ですべてを察して、何も言わなかった。

 僕がそこそこの利益を出そうとしている事や余計な事は言わないのだ。


「共通の趣味!大きいでおじゃるうううう!」


 食事を摂っていた周りの客がガリを見た。


「ガリ、静かに、ユキナ先輩がいるんだ。そう言うのは良くない」


「でもおかしいわね。私は高校の時から2人で話をしていたのだけれど」

「ユキナ殿、学校で話をするのと、外で一緒にランチを取るのは雲泥の差があるでおじゃる」


 ミートソースパスタが運ばれると、皆がパスタを食べるユキナを見た。

 邪魔なロングヘアを手で後ろに流し、パスタを口に入れていく。

 ユキナの吐息の音を3馬鹿は聞き洩らさない。


 そして器用にパスタを絡めとるしなやかな指使いを見逃さない。


 食事で温かくなり、ユキナの顔が少しだけ赤くなるのも、軽く搔いた汗も見逃さない。


 3馬鹿の気持ちは分かる。

 ユキナが美人なだけじゃなく、しぐさにも華があって、ずっと見ていられる感覚は分かる。


「あら?みんなは食べないのかしら?」


「「おおお!」」


 3馬鹿はユキナに話しかけられて歓声を上げた。


 今僕が話しかけたらこの気分を損なってしまうんだろう。

 ユキナの空気に染まった中僕の声という異音は3馬鹿にとっていらないのだ。


 僕は無言でパスタを食べた。

 旨いな。




「美味しかったわ」


 ユキナの流し目と艶のある吐息で3馬鹿はさらにテンションが上がる。

 早く食べろって。


 この3馬鹿が目の前に食事を出されてまだ食べていない。

 暗黒闇鍋の時は醜い争いが起きていたにもかかわらずだ。


 これは異常事態だ。

 初めて見たかもしれない。


「みんな食べないなら、私とシュウはもう行くわ」


 そう言った瞬間に3馬鹿は食事を食べだした。

 時は動き出したのだ。


 食事代は3馬鹿が出してくれて、外に出るとガリが切り出した。


「ユキナ殿、どうか最後に、握手をして欲しいでおじゃる!」

「少しだけならいいわよ」

「ちょっとストップだ!」


 僕は間に入った。


「審議させてもらう。3馬鹿はここで待っていて欲しい」


 僕とユキナは3馬鹿から離れる。


「私はいいわよ」

「ここからはスマホで意思疎通しよう」

「……どうしてかしら?」


「ガリは口の動きで会話を読み取る可能性があるよ」

「そんな事できるのかしら?」

「可能性はあるよ、それに、耳の良いのもいるんだ」

「わ、分かったわ」


 僕とユキナはスマホを取り出した。


『正直3馬鹿に囲まれて握手しても大丈夫?』

『少しだけなら大丈夫よ』


 僕はユキナの『少しだけなら』の言葉に引っかかっていた。

 僕が誘ったから、僕の友達だから無理をしているように感じた。


『囲まれるのと握手、どちらかというとどっちがプレッシャーかな?』

『囲まれるのは苦手ね。でも、少しだけなら大丈夫よ』

『握手は大丈夫?』


「大丈夫よ、行きましょう」


 ユキナは3馬鹿に向かって歩いて行った。


「3馬鹿!並んでくれ!握手は1人ずつだ」


 3馬鹿はフォーメーションを組むように即座に1列に並んだ。

 ジェッ○○○○○○アタックか!


 3人はユキナに並んで握手して貰っていた。


 2人で電車に乗って座る。


 他の四天王なら、3馬鹿と握手してくれたかな?

 ユヅキは分からないけど、メイとヒマリは、無理だろうな。

 

 僕は知っている。

 一見近寄りにくいユキナだけど本当は優しい。


 ガリから連絡が来る。


『モブ殿、感謝いたすでおじゃる。ユキナ殿との握手は例えるなら砂漠の中真っ只中にあってユキナ殿の掻いた汗の一滴のような清涼感を……』


 僕はスマホを閉じた。


 変態紳士が!

 

 そして文が長すぎる!全部読まないからな!


 せっかくのいい気分が台無しだ!


「ねえ、文章が見えていたわよ」


 ユキナが耳元でささやいた。

 ユキナを見ると笑顔で、とても魅力的だった。

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