第26話

 ふう、今日は何事もなく終わった。


「……シュウ、言ってなかったわあ。ヒマリちゃんは今日家でお泊りするのよ」


 なん、だって!


「ユヅキ先生、お願いしますね」

「任せてください。リビングに行きましょう」


「私は料理の片づけをします」

「ユキナちゃん、いいのよお。一緒に遊んでらっしゃい」


「ふふふふ、シュウ、学校の美人四天王全員とお泊りできて良かったわねえ。そろそろ若い皆に任せて、私達は退散しましょうか。ふふふふふ」


 父さんと母さんはホールの片づけを始めた。

 僕たちは飲食店の2階の家のリビングに向かう。


「先生、一緒にお風呂に入ろうよ」

「そうね、行きましょう」

「きゅうもおいで!」

「きゅう♪」


 メイとユヅキはきゅうを連れてお風呂に向かった。


 僕とヒマリ、ユキナだけがリビングに残される。

 

「ヒマリさん、コーヒーは飲める?」

「飲め、ます」

「準備するわね」



「ヒマリさん、どうぞ」

「ありがとうございます」


「シュウにはいつも通りのコーヒーよ」

「ありがとう」


 『シュウにはいつも通りのコーヒーよ』と言って僕にコーヒーを出した瞬間、ヒマリがこっちを向いた。


「いつも通り?」

「あ、ああ。たまにユキナ先輩にはコーヒーを淹れて貰ってるんだ」

「……」


 ユキナが僕の隣に座る。

 ヒマリはさらに驚いた顔をした。


「ヒマリ?どうしたのかな?」

「いつもは、ユキナって呼んでるでしょ?」

「そ、そんなことは無いけど」

「でも、ユキナって言ってたよね?」


「そうだったか?」

「そうね、シュウ、もうごまかしても駄目よ。シュウは私の事をユキナと呼んでいたわ。コーヒーを飲みましょう」


「ぼ、僕は部屋に行くよ」

「あら、ヒマリさんに失礼よ。メイとユヅキ先生が来るまでここにいましょう。でも、もしやる事が無いなら、パソコンを持って来て作業するのがいいと思うわ」


「パソコンを持って来るよ」


 パソコンで作業している方が気まずくない。

 僕は持って来たパソコンと向き合う。

 こっちのほうが落ち着く。


「私もパソコンを持って来るわ」


 そう言ってユキナもパソコンを持って来た。

 2人並んで座り、ノートパソコンを開いて作業する。


 ヒマリが「お揃いのパソコン」と小さくつぶやいたけど、僕は聞こえないふりをした。


 カタカタカタカタ!


 僕とユキナはパソコンを打ち鳴らす。

 ユヅキとメイときゅうがお風呂から上がっても、現場の空気を感じて少し距離を取ってソファではなくテーブルに座り様子を見ている。

 

「シュウ、聞きたいのだけれど、主人公の女性を好きなプライドの高い王子様が、主人公からそっけない態度を取られたらどう思うかしら?」


「怒るんじゃないですか?」

「具体的にどうするのかしら?」

「壁ドンとかですかね?」


「ねえ、シュウは、さっきまでユキナさんとため口だったよね?私が居るから?」

「そうね、シュウに気を使わせてしまったわ。シュウ、いつも通りでいいのよ」


 僕は、料理対決の時ため口だったのか。

 うっかりしていた。


「そうだね。みんな普通に話そう」

「それで、続きなのだけど、壁ドンをするならどんな感じでするのかしら?」

「え?普通に壁に追い詰めて、ドンってするかな」


「シュウ、ちょっとやってみて欲しいわ。シュウはプライドの高い王子様の設定よ」


「お兄ちゃん!壁ドン対決しようよ!」


 急に黙っていたメイが前に出た。


「メイ、意味が分からない」

「お兄ちゃんが皆に壁ドンをして、ドキドキした方が勝ち!」

「ドキドキするのは、僕が?それとも壁ドンされる方?」


「壁ドンされる方がドキドキしたら勝ちね」


「……」

「……」

「……」


「メイ、皆ちょっと引いてるだろ」

「いいからやろうよ!きっと楽しいよ」


 こうして全員に壁ドンをする事になった。

 僕はプライドの高い王子様の設定で、そっけなくされた女性に迫るシチュエーションだ。


 メイが一番手を名乗り出る。

 メイが壁に立って僕が逃げ道を塞ぐように壁ドンをする。


 ドン!


「メイ嬢、どうして逃げたのだ?」

「ぷくくく!メイ嬢だって!お兄ちゃん、面白いよ!ぷくくく」

「はい、メイ失格うううう!」


 メイ首根っこを掴んでソファに座らせる。


「次はユヅキ先生ね」

「分かったわ」


 ユヅキ先生がスタンバイした。


 ドン!


「ユヅキ嬢、俺から逃げるとはどういう了見だ?」


 ユヅキは思わず目を逸らす。

 僕はユヅキの顔に手を当てて無理やり前を向かせた。


「目を逸らすな。俺から目を逸らすな。俺だけを見ろ。す、ストップ!ここで終わりだよ!」

「え~!お兄ちゃん何でやめたの?」


「このまま続けたら、キスからの分からせにしかならないだろ!?」


「き、キスからのワカラセ!」


 ユキナが真っ赤になる。

 ヒマリはすでに真っ赤だった。


「今の所ユヅキ先生がトップだけど、次はユキナにしよう」

「そうね、次は私になるわね」


 ユキナは上品にロングヘアを両手で後ろに払った。

 とても気品がある動きだけど、スタンバイすると落ち着きが無くなり、何度も髪をいじった。


 ドン!


「ユキナ嬢、俺から逃げるな」

「わ、わたしは!」

「口を開くな」


 そう言ってユキナの頬に手を当てて、親指で口を押えた。


「ギ、ギブアップよ」


 ユキナはソファに倒れこむように戻った。



「お姉ちゃんが1位ね。次はヒマリだよ!」


 ヒマリはすでに真っ赤な状態でスタンバイし、僕と目を合わせることも出来ない。


 ドン!


「なぜ目を逸らす!目を逸らすな!」


 そう言ってヒマリの顎に手を当てて、強引に目線を前に持って来る。

 ヒマリが横に逃げようとするので僕はさらに壁ドンをした。


 ドン!


「逃げるな!」

「ち、近いよ」


 ヒマリが僕の目を塞ごうとしてくる。


「抵抗するな」


 ヒマリの両手を押さえつけた。


「む、無理!もう無理!もうダメ!」


 ヒマリがソファに逃げ込む。


「お姉ちゃんとヒマリが優勝だね。あ、そうだ!2人で優勝決定戦もいいよね」


 メイの言葉で更に2人は真っ赤になった。

 

「わ、私シャワーを浴びてくるわ」

「私が行く」

「2人で行って来たら?」


 ヒマリとユキナは一緒にお風呂に行った。


「ユキナとヒマリちゃんの反応は凄かったわね」

「どっちも真っ赤だったよ」

「でも、2人の恥ずかしがり方の質は違う気がするの」


 分かる。

 ヒマリは純粋に恥ずかしがってるけど、ユキナは妄想で先までイメージしすぎている気がする。


 ヒマリとユキナは、お風呂から1時間出てこなかった。

 仲がいいのか悪いのか分からない。























 




 



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