寂しい男と銃と死にたい女
楽楽
あなたと付き合えれば死なない。
ベランダに出て昨日辞めたタバコに火を付ける。
ため息まじりの煙があたりに溶けていく。
(私は明日死ぬかもって思ってるから、毎日後悔のない様に生きてるよ。30までにはやりたい事もあってね。君は目標とかないの?)
(俺はこの仕事しか出来ないと思ったから、これだけは負けない様にやってただけだよ。お前も色々やるのはいい事だけど、一つの事を頑張ってみるのもいいんじゃない)
(子供の頃はあんまり親と過ごす時間が無かったから、
自分の子供とは目一杯遊ぶ様にしてるのよ、
あんたも自分の子供ができたら沢山かまってあげないと)
(前に行った北部の方の海で50overのやつとかがめっちゃ釣れるんだよ。引きも凄くてさ、めっちゃ面白くて、今週の土曜日に夜から泊まり込みで行くんだけど、暇してるなら行こうよ)
(今日もいい仕事したなぁ、やっぱりあそこを変えるだけで大分効率が良くなったわ。仕事もひと段落したし、この後ちょっと飲みに行こうや、あそこの串焼きがマジで美味いんだよ)
(はぁ、、うざ)
つい出てしまったため息と言葉は外から聞こえる虫の音と車の走る音に気付かせてくれた。
部屋に戻りクローゼットを開けると拳銃がある。
昨日の晩に拾った拳銃だ。
1人黄昏ようと人気のない河原を散歩していたら落ちていた。
リボルバー式で弾丸は5発、1つだけ空きがありそれ以外全ての弾倉に込められている。警察に届けるとか、通報するという事をしようとは思わなかった。心臓は高鳴り、震える手でそれをズボンに挟み、周囲に見られていないか、誤射しないか、帰る途中に警察に止められないか等とビクビクしながら家に持ち帰った。
拳銃をクローゼットに隠し、その日は眠った。
テーブルに拳銃を出すと現実感のない光景にソワソワして落ち着く為にもう一度タバコを吸った。
小さなのライトグリーンのテーブルに錆びの目立つ無愛想な銀の銃身が睨みを効かせている。
その光景が今日、この拳銃で死ぬと決めた俺に、恐怖と覚悟をくれた。
好きでもない仕事、出来そうにもない恋人、時間に合わないお金、減っていく友人、呆れられる親族、気力はなくなり、意味のないプライドだけが…
もういいや。
そうだ、俺は今日死ぬ。誰にも告げず、悟られず。
酔っ払って皆の前で涙を流し、自暴自棄になったりしない。SNSで感傷的な事を投稿して、同情を誘ったりしない。親しい人達にも相談したりしない。
ただ一人、銃を見つけたあの河原で死ぬ。
そう思うと大分気持ちが落ち着いてきた。
床に置いてある座椅子を枕にねっ転がった。
(あぁ〜)
体の強張りが抜けたのが分かった。夜はまだ長い、どうせなら少し自分の人生に浸ってから河原へ行こうか。
小さい頃は内気で大人しい子供だったと母から聞いた。小学校は勉強もそれなりに出来て、友達にも恵まれ楽しく過ごす事ができた、中学に上がると不良とつるむようになり、それなりに好き勝手に過ごした、どうにか入れた高校でも目的もなく、ダラダラと卒業した。そのまま就職し、やりがいの無い仕事を上辺だけ真面目に勤め、2年と半年で辞めたそして県外で1年働き、また地元に戻ってきての友人の紹介で今の職場もう2年程働いている。
こんなもんか、いやもっと。
ずっと好きだった子がいた、あの子は今どうしてるだろう?好きだけど、嫌いな態度を取り続けてしまった。仲良くなりたかったな。本音を隠して付き合ったあの人には愛想をつかされて振られた、冷めていく感情は本当に辛かった、冷たい男でごめんなさい。
いじめられていた子がいた。いつも髪はボサボサで口うるさい女の子。その子が机から落ちたえんぴつを拾ってくれた。
(汚いから、触るな)
心から出た言葉だった。
ふざけた訳でも、脅す為に言った訳でもない。
ただ、汚らしいお前がえんぴつに触ると俺のえんぴつまで汚くなってしまう。そう思って咄嗟にでた言葉だった。
こちらに顔も向けずに、自分の席へ戻って、その子は机に突っ伏した。自分のプライドと罪悪感がぎりぎりと擦りあって嫌な気分だった。もし出来るのなら、許されたい。過去に傷付けた人達に、不快を与えた人達に。生きてて欲しいと、願われたい。
胸を張って私は善人だと言いたい。
滲んだ涙が目頭から溢れて、耳の前で止まった。
(うわっ泣いた)
乾いた笑いの混じった声が聞こえた。
(・・だぁぁあ!)
あまりにも情けない声を出して、飛び起きた。それもそうだろう自分しかいないはずの空間に身に覚えのない女がいるのだ。
笑いながらその女は座椅子の背もたれに肘をかけて座った。
(誰…?)
バクバク鳴る心臓にかき消され無い様に、声を振り絞って言った。
(さぁ…)
こちらに半分だけ顔を向けて。女は答えた、さっきまでの笑みは消えて、丸くて小さな目がこちらを覗く。
どうしていいかわからない状況に少し視界が揺れた。
女はテーブルの上の銃に視線を移している。
やばい、終わった。
(つ、通報するの?)
(何で?)
拳銃から視線を外さず女は答えた。
拳銃さえなければ通報するのはこっちの方なのに、女は澄ました態度のまま拳銃を見続けている。
(はぁ…)
力が抜けてその場に座った。
なんなんだろうこの人は、何でここに、何で拳銃を見ても、そんな平然としてられるのだろう。それにしても綺麗な人だな。黒目の大きい小さな目、小さな鼻に、小さい唇、それらを飾る額の様に少しうねりのある黒い髪がある、真っ黒なニットからは冷たそうな白い首と手が生えている。
(これの持ち主?)
(ううん、私のじゃないよ。
だけど、最初に見つけたのは多分私だよ)
彼女の話だと元々あの拳銃は河原に落ちていたのではなく、河原に降りる前の道路の脇に落ちていらしい、とりあえずその日の晩は河原に隠して、拾うかどうするかとずっと悩んでいたそうで、そこに俺が通りがかり拳銃を持っていったから後をつけて家を見つけて張り込んで、朝、出社していく俺を見て、いけると判断して盗みだそうとしたそうだ。確かに今朝は鍵を閉めるのも忘れるくらい慌てていたがうかつだった。
(でもなんで俺が帰ってくるまで家にいたの?とったらすぐ出ていけばよかったのに)
(うーん、それもそうだけどその銃をどう使うつもりかだったか気になっちゃって…それにあなたとっても優しそうだし、大丈夫かなって、へへ)
歯並びのいい真っ白な歯をちらつかせて笑った。
(それで、何で持ち帰ったの?)
目だけが笑っている、そんな表情で彼女は問いかけてきた。
(えっと…あの…見つけた時に欲しいって思って、それで持って帰っただけだから、特に何に使うかとかは決めてない)
おどおどと、どこか言い訳がましく質問に答えた。
死ぬつもりだとは言えなかった、情けない奴だと彼女に思われたくなかった。
(普通持って帰る?まぁ、私もどうしようかずっと迷ってたんだけどね。私はそれで死にたいなって思ってたの)
優しい目でこっちを見つめる彼女は、しっかりとした口調で言った。
(死ぬって…死んだら駄目だよ…)
死なずに、自分を愛して欲しい。
そんな自分勝手な気持ちが伝わるのが怖くて声が小さくなる。
(まぁ、そうだよね。その鉄砲はどうするの?まだ持っとく?もしよければ私にくれない?)
ニコッと笑顔で訪ねる彼女からは後ろめたさや惨めさそういったものを感じなかった。
渡せばその拳銃で死ぬつもりの筈なのに。
(…………ぁ)
(今じゃなくてもいいよ、飽きたらでいいからさぁ、1週間後にまた来てもいい?)
(あー、うん、いいよ)
少しホッとしてそう答えた。
(じゃあ今日は帰るね、また来週ね)
さっと立ち上がり、玄関へ向かった。
甘い匂いがあたりに散った。
(びっくりさせてごめんね、家まで勝手に入っちゃって…通報しないでね)
ニヤニヤと笑いながら彼女は小さく手を振った。
(通報したら、俺も捕まるよ)
つられて笑い、ぎこちなく手を振りかえした。
扉が閉まる、足音が聞こえなくなると、鍵を閉めた。
死ぬのはまた次にしよう。どうせ死ぬつもりなのだから最後くらい期待してもいいだろう。
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