広場にて

モグラ研二

広場にて

灰色のタイルが敷き詰められた広場に、私はいた。四方をビルディングに囲まれている。四ヶ所に金属製のベンチがある。だが、私は座らない。一度座ってみたら酷く冷たくて、一週間ほど尻の感覚が麻痺したのだ。その結果、感覚がない尻から、私は大便を垂れ流して暮らした。私は自販機で缶コーヒーを買い、壁に凭れて飲んだ。気持ちが沈んでいた。元気な気分の時など、私にあっただろうか。思い出すもの、その欠片さえなかった。カラスが数羽、広場に降りてくる。しばらく歩いてまた飛んでいく。カラスたちは襲える人間を探していた。昨日は頭の禿げた背の低いおじさんが襲われ、衣服を剥ぎ取られ、全裸になり股間を手で隠して泣き叫んでいた。私は猥褻ではない!そんなことを叫んでいたように思われた。私は端の方、柱の影に隠れて広場の側から姿が見えないようにする。ベンチにおじさんが座る。頭の禿げた背の低いおじさんだ。昨日のおじさんだろうか。衣服を着ていた。地味なグレーのスーツ。おじさんは弁当箱を開け、緑色のスライムのような、グニャグニャしたものを取り出して無表情で口に入れていた。私は吐きそうになる。咳をしてしまう。おじさんが手を止めてこちらを見た。私は吐きそうになる。嗚咽を発する。何度も、オエ、オエ、と言ってしまう。失礼な奴!とおじさんが激昂した表情、顔を真っ赤にし目を吊り上げ歯を剥いて叫び、立ち上がった。失礼だろ!おじさんがスライムのようなものをだらだらと口から垂らしながらこちらに迫ってくる。灰色のタイルは足音がよく響く。私は空を見た。抜けるような青さだった。そんな空を見ても、特段気持ちが軽くなるということはない。カラスは、いつの間にか消えていた。今の状態のおじさんは襲えないと判断したのだろうか。ビルディングの無数の窓から無数の顔がこちらを向いていた。私は逃げられない。ここに出入り口はなかった。失礼だろうが!甲高い絶叫をおじさんは発していて、手には牛刀が握られていた。私は壁に凭れて何もすることができない。私は腹を切り裂かれて赤黒い内臓をぶち撒けてしまうのだろうか。不思議と落ち着いていた。最初から暗い気持ちだったから、気分がこれ以上沈んでいかないのかもしれない。ギャアギャアと得体のしれないおぞましい生き物の声、太鼓やタンバリンやカスタネットなど打楽器による騒がしい音響が四方八方から発生し、迫ってきていた。

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広場にて モグラ研二 @murokimegumii

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