一章 運命のおとずれ2



 レリスが運命である証拠に、その日のうちに、ワレスの身の上は劇的に変わった。


 魔物の襲撃を受け、レリスを守るため、夜の森にわけいった。魔族の森。時間や空間さえゆがむ暗黒の森のなかへ。


 ワレスの眼中にはレリスしか入っていなかったが、彼は仲間を数人つれていた。国境近くの鉱山で働く鉱夫と、それを守る傭兵という関係だったらしい。落盤で地下から脱出するとき、魔の森に入りこんでしまったのだ。


 彼らと死ぬほどの冒険をして、幾人も失いながら、ようやく人里に出られたと思えば、そこは祖国からはるかに遠く離れた異国の地だった。魔の森のひずみのせいで、そんなことになってしまったらしかった。


 おかげで、祖国へ帰るのに何年も旅をしなければならなかった。八年もかけて中隊長まで昇進し、大隊長にはあとを任せるとまで言われていたのに、何もかもパーだ。しかし、レリスとの旅は楽しかった。ひさしぶりに生きている実感がした。


「レリス。おまえ、おれを初めて見たとき、何か感じなかったか?」

「別に」

「ああ、そう」


 今のところ、運命の相手と認識しているのは、ワレス一人のようだが。


 雪に追われて北三国から十二公国へ南下。

 十二公国では背徳の都ダーレスで、貴族に見そめられたレリスがその男を袖にしたので、罪人にされてしまった。

 そこからは変装のために女装したレリスと、ユイラの侯爵夫妻に化けたり、そのせいで南北タウロスを崩壊させようとする企みにまきこまれたり……。


 ワレスが奇妙な夢を見るようになったのは、レリスと旅を始めて一年がたつころだ。


 きっかけは、あの事件ではないかと思う。

 それまでにも、レリスとの旅は波乱続きで、いやに魔神だの魔法使いだの王族だのによりつかれた。レリスのたぐいまれなる美貌がそうさせるのだと思っていた。

 しかし、そうではなかったのかもしれない。


 南タウロスで逃亡に手を貸してくれた恩人にたのまれ、魔術にこって領民をないがしろにする女王を暗殺する役目をになった。


 女王は国民を他国へのスパイに仕立てあげるために、時の魔法で記憶を書きかえ、傀儡くぐつにしてしまうというのだ。それも十人や二十人ではない。十二公国じゅうから何百人、何千人とさらい、あやつり人形にしていた。


 それで十二公国の王都へ、旅のキャラバンのふりをして潜入したのだが……このとき、拉致されたのはワレスだった。


 たしかに油断していた。相手が魔女だと知っていたが、まさか、魔王に取り憑かれているなんて、思いもしていなかったから。


 この魔王と相対するのは初めてではない。北の国グラノアで、魔法使いが呼びだしたときにも対決した。

 もっとも、こっちは逃げるのがやっと。それでも助かったのは、魔王が本体ではなかったからだ。


 魔王はどこか、はるか彼方の異次元に封印されていて、そこから、わずかの思念をとばしてきているにすぎなかった。


 を壊して、この世にいられなくしてやったつもりだった。うまくいったと思っていたが、魔王は魔法の使える女王を、よりましの代用にしたのだ。


 ワレスは女王に時間の魔法をかけられ、記憶を書きかえられた。


 結果から言えば、レリスと、グラノアからついてきたハイドラに助けられた。ハイドラは魔王を呼びだした魔法使いの妹だ。このころには彼女自身が魔法使いになっていた。記憶も戻ったし、魔王も撃退できた。


 しかし、あのあとからだ。

 きっと、記憶を何度もいじられたことや、時間の魔法のなかで見た幻が、ワレスの魂の底にある何かを動かしたのだろう。


 夢を見た。

 遠い昔の夢。

 ワレスに運命のおとずれを示唆しさした、あの男の夢。


 ワレスは夢のなかで、シリウスと呼ばれていた。

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