レター
@kokorimo
プロローグ
いざ聞かれてみると、なぜだか分からない。
質問してきたその男は、片方の口角を少し上げたように見えたが、それを見たレヴは、愛想笑いにもにたもの寂しさが彼にまとわりついているように感じた。
真面目な性格ではないレヴは、早々に切り上げようと
「なんででしょうね~。」
と心無い返事をした。
やはり男は寂しげな笑みを浮かべ、
「変な質問をしてすまないね。」
と言い残して、止めていた足をまた動かし始めた。
タイコと呼ばれる人間の背丈の倍ほどの直径を持つドラムに興味を示したのか、その旅人に10分は質問攻めにされた。なめしの作業の続きにそろそろ戻りたいと思っていたころ合いだったので、どうでもよい質問がきてよかった。
この工房には10人の作業員しかおらず、ただでさえ3人が休暇で、さらに交代で別の作業員が一人、昼休みを取っているのだから、あまり長く休んではいられない。
革の刻(レター)を持つものは2万人いるこの街に10人しかいないのも、神様はなかなか酷なことをする、と作業員全員が気持ちを共有していた。
レヴの革のレターはちょうど左胸のところに刻まれていた。刻まれるといっても、ただの文様で痛々しさはない。
15歳の成人の日に、刻について詳しく内容を知る、「刻知祭(こくちさい)」と呼ばれる儀式があるのだが、街の神父いわく、「心臓に近ければ近いほど、その刻(レター)の影響を色濃く受ける。」とのことだった。つまり、その時点で自分は相当な「なめし職人」になるとされていた。同郷のアグリや、他もろもろは、「農」の刻ばかりだったので、特別になった気分と、取り残された気分が同居した。
しかし、良い気持ちも、実際に仕事を始めてからは薄れていった。特に、革の刻に女性がいないことが気分を沈ませた。
皆、いいやつではあるが、女子がいるのといないのでは、気持ちの持ちようが違う。早く帰路について、酒場の女の子と話したいと思いながら作業にいそしむ者が大半であったし、レヴもまたそうであった。
唯一良かったのは、心臓に刻があるためか、1年仕事をしただけで、他の作業員の誰よりも「なめし職人」となったことで、工場長を任されるまでになり、お給金が倍になったことで、酒場で多少はしゃいでも問題ないことだった。
そんなことを旅人の質問を反芻することで、思い浮かべながら、レヴはまた作業へと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます