第15話 今からが僕の本当の闘いだ
隣国の自由都市スティバトの町ゼルベにあるギルド「ラジム」の医務室。
目の前にはギルドマスターのイレーヌさんがいる。
「分かった、彼女を私の知り合いのところで働かせればいいのね?」
「どうか、よろしくお願いします・・・このことはクライツ殿下にもご内密に」
そう言ってベッドで寝息を立てて眠っているマィソーマお嬢様を見る。お医者先生の見立てだともともと外傷は少なく、もう2~3日もすれば意識は回復するとの事だ。
「で?彼女が目覚めた後はデルト君の種明かしをしていいのかしら?」
「それだけは止めて下さい・・・彼女にはできれば冒険者以外の安全な仕事をさせて下さい」
「うふふ、デルト君にそこまで言わせる彼女・・・ヤケるわね?大丈夫、お金はたっぷり貰ったからちゃんとしたところで雇って貰うわ・・・貴方は早く帰りなさい」
「はい・・・彼女の名前は・・・マイサ、『マイサ・カデン』です」
あの後、電撃を浴びせたマィソーマお嬢様には仮死状態になってもらった。
以前デューク=エアドを再起不能にしてしまった「シールドインパクト」の反省から編み出した「パラライズウォーター」、無手から心臓の箇所に電撃を与える事で一時的に相手の意識と動作を奪う技だ。モンスター相手に練習を重ねる事で完璧に習得できた。
もっとも弱っている相手には威力を調節しても死なせてしまうのでお嬢様には必要以上のダメージを与えないようにしておいた。加えて彼女の最後まで諦めない強さが技を成功させたと言ってもいい。出来るだけ挑発した甲斐があった訳だ。
その直後王太子殿下の影目付けたるコオゥさんがお嬢様の死を確認した。何とその次の日の内には「カウンテス=ウルカン当主暗殺」の時報が流れた。
更に王国はウルカン領地の経営を預かっていた代理人を捕縛。ウルカンの財政帳簿を証拠に領の困窮の責任を求め、経営管理者の資格を取り上げイラザス鉱山に10年間の勤務とした。領地を無茶苦茶にした代理人は改めて探し出して処理しようと思っていたのに殿下の手の速さには感嘆する。
僕は兼ねてからお嬢様の遺体を引き取りたい旨を殿下に聞き入れてもらっていたので、すぐさまお嬢様を執事のラヒルさんが用意してくれた死臭の漂う古い棺桶に入れて運んで国外に移動した。
国境付近の検問での取り調べでは憲兵が息をしていない-正確には微弱な体温と脈拍しかない状態の-お嬢様を確認しようとするも棺桶に漂う酷い臭いに顔をしかめて追い立てるようにして通してくれた。
ここゼルベの町に着いてからもう一度電撃を与えると意識は戻らないものの見事に蘇生した。
そして僕がパーティー「リュウコ」を追放されてから所属していたギルド・ラジムに行きマスターのイレーヌさんにマィソーマお嬢様の新たな定住場所と労働先を探してもらう事にした。このギルドでは少なからず協力していたこともあったからお嬢様を無碍な扱いにはしないだろう。
そう、僕はマィソーマお嬢様を暗殺という形にした上で国外に逃がした。そうでもしなければお嬢様は国内の貴族達により国内政治の不満一掃のために公開処刑されてしまうからだ。お嬢様を国のガス抜きに使うなんて許されない事だ。
そしてギルドカードは『マイサ・カデン』の偽名を使用した。マイサという名前はお嬢様がお小さい頃には「マィソーマ」の発音が難しかったのでご領主様方から呼ばれていた幼名だ。
更に名字のカデンはウルカン家のお嬢様には申し訳ないけど僕の母リューノ・カデンの姓を使わせてもらった。
ギルド・グラーナや憲兵隊時代で名乗っていた「マィソーマ・ガイタス」。そしてウルカン当主として叙爵された際に変更された本名「マィソーマ・カウンテス=ウルカン」。
ガイタスの名前も本人により抹消され、ウルカンの本名は本人の死亡届けが受理されているから事実上存在しない事になる。どちらの名前もマィソーマお嬢様の正体を探られる可能性があるので使用は躊躇われた。
「マイサ=マィソーマ」という事実を知っているのはご家族とそばにいた家臣達、それも今や僕だけとなっている。
加えてお嬢様の長く伸びていた髪を男と変わらない髪形にまで裁断した事で一目見て彼女がマィソーマ・ウルカンだと見破る事は難しい。念のために添えたカデンの名字もあるので尚更正体を突き止めにくいハズだ。
そう・・・マィソーマ・ウルカンは文字通り死に、冒険者マイサ・カデンが誕生した事になる。問題はお嬢様が王国に戻ってきてマィソーマ・ウルカンの名乗りを上げないとも限らない事だけど。
僕はそのまま別邸に行き、クライツ殿下にマィソーマ・ウルカンの死亡の報告をする。先に暗殺した直後に影目付けのコオゥさんからすでに報告は上がっている。
「そうか、君にはつらい事ばかりさせてしまったな」
「・・・いえ、僕のわがままを聞いて下さって感謝しています」
王太子殿下は何か感づいているようだが、ラジムのイレーヌさんに任せた以上お嬢様がどこに行ったかはもう僕にも調べようがない。
「ウルカン領は王国直轄領となり名前もネプトゥと改めた・・・しかし領民達は領主が暗殺されようが処刑されようが定住している事に変わりはない、そこで君には領代官となって壊滅寸前のネプトゥを復興してもらいたい・・・君は貴族ではないもののご両親ミナズは貴族に仕えていた身分、出自ははっきりしている」
一瞬耳を疑った・・・僕がウルカン領の代官??
「知っての通りネプトゥ領は広大な領地だが農作に適せず特産品もないので収益が少なく貧しい、立て直すのには農業を復興させる以外にない」
「それはよく存じております、しかしどうして僕なのですか?」
「白々しいなデルト、俺は知っているぞ?君がGランクのアークハイド達と活動している時から農業支援クエストをこなしていたのを、彼らと別れてソロになってからも精力的に色んな農地の依頼もこなしていたな?」
「恐れ入ります、そんなに目立っていましたか」
殿下の仰る通り、僕はソロになってからも農業支援クエストを引き受けていた。ギルドにいる他の冒険者達からはバカにされることはあっても、妬まれる事はなかったから大げさには考えてなかった。
「イレーヌ曰く、モンスター狩りを生業とする冒険者が嫌がる依頼だからな?そんな君なら農地を復活させる方法も肌で学んできただろう?そして代官とはいえその業務は貴族領主と変わらん」
「仰る通りです、だから僕では分不相応で・・・」
はぁ~、とため息をついてから語り出す殿下。
「自己評価を下げるのもいい加減にするんだ、君の学力は王都の文官よりもはるかに優れているそうだ」
「殿下、それについては私めが・・・」
執事のラヒルさんが殿下に代わって説明してくれる。僕がこの別邸にお邪魔していた頃図書室で本を読ませてもらっているとラヒルさんが色々とアドバイスしてくれた事がある。でもそれはアドバイスなんかじゃなくて普通に領地経営学を叩き込まれていたらしい?
「いやはや、普通の文官候補生でも悪戦苦闘する箇所もデルト様は苦もなく理解されるので・・・私めも面白くなりつい入れ込んでしまいました」
いつの間にか僕の頭の中には経営学が入っていたようだ。だからウルカン領を視察した時も領地を見ただけで状況が理解できたという事か。
殿下が話を続ける。
「その上あの領地は前領主の失政から経済状況は悪化している、貴族同士のいざこざで領民まで犠牲になるのは俺としては見過ごせない・・・この仕事は何年も掛かる地道で大変なものだが頼めるか?」
僕の頭の中で寂れたウルカン領が浮かぶ・・・水回りの悪く作物の育ちにくい畑に活気のない領民達、これらはその対策を立ててこなかったロジャーとマィソーマお嬢様の失政が原因だ。
お嬢様の失態を僕が領地の復興で返上する・・・マィソーマ・ウルカンのいない世界でこれ以上僕にふさわしい仕事があるだろうか?
「願ったり叶ったりです、殿下!僕にどこまでできるのかは分かりませんがご期待に添えるよう頑張ります!!」
そう、今からが僕の本当の闘いだ。お嬢様の失政によってボロボロになった領地を復興させるんだ!
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