第12話 なぜ僕にその事を?

 隣国スティバトの町・ゼルベにあるクライツ殿下の別邸にて。


 クライツ王太子殿下は僕が仕上げたウルカン領の報告書を熱心に読み上げている。その内容からはいい加減な領地経営となってしまっているのが見てとれる。いかにもど素人が経営したような結果だ。


 何よりこんな状況で領地運営をやっていたと思うとゾっとする。これじゃいつ反乱が起きてもおかしくないし何より領民達の生活が出来ない。


 何故クロン・エアドはこんな無能な代理人をウルカン領に派遣したのだろう?もともと生産力の少ない土地とはいえもっと腕のいい人材を派遣できるハズなのに。


 確かアイツにはマィソーマお嬢様を第2王子と婚姻させる目的があった。それでクライツ殿下を押しのけて、第2王子を王太子にして自分の思い通りの政治を作るという野蛮極まりない野望が。


 考えられる推論。

 それは旨みのない領地に能力の高い人材を入れるよりも、安い経費で無能な経営者を入れて適当にしておく。お嬢様が王太子となる第2王子と婚姻すれば領地は不要。


 むしろ領地が栄えれば伯爵家としての勢力が上がり、王太子妃としての力も大きくなればエアドの意見を反発できるからだ。今のウルカン領は辺境伯並みの広さになっているので、領地が繁栄していれば公爵位を持つ者でも無視はできないだろう。


 領地に住む領民達の事を全く考えない傲慢な貴族のやり方だ。


 そんな計画に賛同していたガランド、それにお嬢様を追い詰める財政帳簿を外部に持ち出したアザヌを勢い余って殺してしまったがもう罪悪感はない。むしろまだ生き残ってるスラクでさえも消してしまいたいと思う。




 一週間後、再びクライツ殿下の別邸に呼び出された。


「デルト、王国の方針は決まったぞ・・・カウンテス=ウルカンは爵位と領土を没収だ」

「・・・・・・・・」


 予想通りだがマィソーマお嬢様の事を思えば何とも痛ましい。でもこれ以上杜撰な経営であの領地を任せるワケには行かない。あの時「リュウコ」から離れず無理にでも同行していればお嬢様にアドバイスぐらいは出来たハズ・・・でもこんな事を思い返しても仕方ない。


「それとマィソーマ・カウンテス=ウルカンだが・・・アーリン・マークィス=ウィンドルが提出したウルカン領の帳簿の数字と実際の経営状態を見れば領主失格だ、その上トルゴ・デューク=リードフから提出された報告書 ――彼女の憲兵時代マィソーマ・ガイタスの他貴族への冤罪による捕縛・連行、あるいは抵抗した際の処刑の証拠など―― を考えると貴族籍のはく奪では済まされない・・・公開処刑と決定した」


「そんな!お嬢様を公開処刑なんて・・・お嬢様はエアドや他の貴族に利用されただけです!」

「君と彼女との関係は分かっている・・・しかしこの状況ではそれも許されない、現在登城できないマークィス=ウィンドルの他にデューク=リードフなど彼女に反対する勢力はマィソーマ・ウルカンの公開処刑を求めている・・・会議の場にいた貴族達全員一致だ」


「ぜ、全員一致・・・」

「貴族が一致団結していれば俺や国王陛下でもそれを覆す事は不可能だ、それにシャンゾル王国の王太子としてもマィソーマ・ウルカンの所業は見過ごすことは出来ん」


 もう二度とお嬢様はこの国では生きられない。結局僕はクライツ殿下に従う事でお嬢様を救うつもりが逆に追い詰めてしまったのか?


「・・・とは言えデルト、それは今から一週間後に施行される計画だ」

「?」


「そして何より刑の前に死んだ人間には更なる刑を与える事は出来ない」

「・・・一体何を仰って・・・」


「俺が出来るのは・・・この決定を君に話してから目を閉じて耳を塞ぐことだけだ」


 つまりマィソーマお嬢様を公衆の前で処刑されたくなければ・・・僕自身の手で始末をつけろ、ということか。


「殿下、なぜ僕にその事を?」

「君は元々一般の庶民、上司でもない俺のために今まで尽くしてくれた事への礼だ」


 殿下のお言葉を聞いた瞬間、ウルカン家の執事だった父さんの言葉が蘇る。



―――


『デルト、我々はご領主様に仕えるのが使命・・・もし主人が間違った行動をしていた場合は・・・命がけで止めるしかないんだ』

『・・・父さん、何を言ってるの?』

『デルトにはまだ早すぎる話だぞラート?今の話を分かりやすく言うとだな・・・マィソーマが間違った行動をしようとしている場合は遠慮なく注意してやってくれ、言う事を聞かなければ力づくでもいいから聞かせてやってくれ!って事だよ』


―――



 もう腹をくくるしかない。どこの誰と分からない人間達にマィソーマお嬢様を手に掛けさせるわけにはいかない。お嬢様はこの僕の手で・・・。


 ここまで考えこんでから殿下にお答えする。


「・・・深く感謝致します、殿下」



◇◇◇



 先日殿下の元から引き取る際に執事ラヒルさんから告げられた。


「マィソーマ・ウルカン卿は王城でアーリン・ウィンドルと諍いを起こして王都からの退去を命じられ、その日には王都屋敷を引き払い領地へ戻ったそうでございます」



 そういう訳でウルカン領に再び戻って来た。

 ガランドとアザヌが殺されたので警備が強化されていると思いきや人っ子一人いない。屋敷の敷地内にも簡単に入れた。


 そうか。マィソーマお嬢様も腹をくくって敵を待ち受けているという事か。お嬢様ならこれ以上警備を増やして人死させるよりはご自分で迎え討つハズ。やはり命懸けの戦いになりそうだ。

 残念なのはエアド前当主が派遣した経営代理人まで解雇してしまったので消息は不明。ウルカン領を窮地に追い込んだ責任を取らせようと思っていたのに。


 次の瞬間、何かが僕の顔目掛けて飛んできた・・・咄嗟によけた僕は落ちたものを確かめると・・・小石?

 飛んできた方向を見るとスーツ姿の男が立っている・・・ダブルソードを持っている姿は・・・スラクか。


 警告するような仕草で見ていたスラクは屋敷の中に入る。後を追いかけようとすると大きな声が聞こえてくる。


「なぁマィソーマ、あれから6日経ってる・・・風呂に入ってきたらどうだ?」

「そんなのいらないわよ、リュウコの時はクエストに時間がかかって一週間お預けなんて事もあったぐらいだからね」

「俺の事なら心配いらねぇって、1~2時間程度なら何も起きないぜ?何なら・・・」


 どうやらスラクはマィソーマお嬢様を外した一騎討ちをお望みのようだ。あえてその提案に乗るとしよう。

 お嬢様の気配が消えたころを見計らって屋敷のエントランスホールに入る。食堂につづく入り口からスラクが現われた。


「よぅ、久しぶりだな弱虫・・・いやデルト」


 僕はローブですっぽり身を覆っている、それでも僕がデルトだと分かるのはガランドの部下達の報告から推測したんだろう。


「やぁ、君のその恰好は・・・この屋敷の執事かい?」

「ああ、ガランドもアザヌも書類仕事はからきしダメなんでな・・・俺が引き受けたっつうこった、これでもエアド閣下の執事から教わって勉強してやったんだぜ・・・今までは代理人が管理してたけどこれからは俺の手で領地経営してやる」


「・・・まったく君達のバカさ加減にはほとほと愛想が尽きたよ、寄こされた代理人が無能だった事にも気付かないなんてね」

「・・・なんだと?」


「この状況を見て領地経営が出来ているなんて本気で考えていたのか?領民の反乱がいつ起こってもおかしくはないが・・・反乱してくれた方がまだ救いがあったよ、あれじゃ領民に死ねといってるようなモンさ」


「俺は・・・お前の逆恨みにムカついてんだよ!いつまで昔の事引きずってんだよ!!俺らは天下のカウンテス=ウルカンの家臣様でテメェはマィソーマの元小間使いに過ぎねぇ、そんなヤツがカウンテス=ウルカンを・・・俺のマィソーマを潰そうなんて許されない事なんだよ!決着つけてやる!」


 着ていたジャケットを脱ぎ捨てダブルソードを大振りに構えるスラク、あの技だな。


「真空波ぁぁぁぁあああ!!」


 剣を振り上げて真空を発生させて相手を切り裂く・・・ように見えるが石床の破片をこそぎとって刃の形に形成し離れた相手にぶつける。スラクの長距離攻撃の技だ。


「テメェの『水』じゃ俺の真空波は止められねぇぜ?そのまま何もできずに斬り裂かれやが」

「ミドル・シールド」


 僕はミドル・シールドを放つ。水流の噴射によりスラクの形成した土のナイフは横に弾かれた。

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