第10話 勝手知ったる故郷だ
一ヶ月後、ゼルベの町にもどった僕はギルドに行かず宿屋で引きこもっている。有難いことにラヒルさんが貸してくれた領地経営学の本を読ませてもらっている。
あの事件が正当防衛と認められたとは言えトラブルを起こした事は事実。気楽には活動はできない。
それにかつての仲間のガランドを殺めてしまった事が後から効いてきている。しかしアイツはマィソーマお嬢様を政治の道具に利用するデューク=エアドに従っていたんだ、放っておいたらお嬢様がどんな目に遭うか分からない。これでいいんだ。
「・・・酷い表情だ、君がああしていなければ俺は殺されていたかも知れん・・・すまん」
時々僕の泊っている宿屋までわざわざ様子を見に来られるクライツ殿下。僕が勝手にした事だけど気にかけてくれているのだろう。そこは申し訳ないと思うと同時に正直感謝している。
殿下の話によるとギルドマスターのイレーヌさんにお願いしてニコライ・マークィス=ガルナノとクロン・デューク=エアドの両名と兵士20名達にガルナノの私兵2人を治療した後、ガランドの遺体と共にシャンゾル王国に帰国させたとの事。
マークィス=ガルナノは疲れ切っていたところにガランドの攻撃を受けた傷が元で治療の甲斐なく帰国後そのまま帰らぬ人となったらしい。
デューク=エアドは一命を取り留めたものの僕の電撃を受けた後遺症で身体の運動機能が恐ろしく低下し寝たきり状態となり、公爵位たるデュークを令息に譲り引退したようだ。
自分のやった事で王国に与えた影響を考えると時折奈落の底に落ちていくような錯覚を覚える。しかし殿下は「君は高位貴族に手を掛けたのではない、暴漢者を迎撃しただけだ」と言って下さるので少しは気持ちが楽になっている。
普通なら他国で宰相や将軍がケガをすれば外交問題となり、ヘタをすればここゼルベの所属する自由都市スティバトとシャンゾル王国との戦争にまで発展するものだけど国王陛下は黙認しているようだ。
理由は両名が公式ではなく私的に入国していたのだから訴えようはない。殿下の王家の内部事情によるとエアドもガルナノも共に国政を悩ませる存在だったようだ。国王陛下にしても2人の影響力を削ぐことが出来れば上々なのだろう。
それ故にクロン・エアドは宰相から罷免され、当主ニコライ・ガルナノを失ったガルナノ一族はクーデターの責任を取らせる形で国外追放となった。
しかし今度はお嬢様、マィソーマ・カウンテス=ウルカンがデューク=エアドの後を受けて身分を考えずにあちこちの貴族と連絡を取っているらしい。再度始まった派閥争いの前にせっかく集めた派閥をバラバラにしないようにしているのだろう。
そんな折、クライツ殿下の別邸に呼び出される。
「デルト、申し訳ないが仕事を頼む・・・ウルカン領に行き農地や領民の様子を見てきて欲しい・・・新たに台頭してきたマィソーマ・カウンテス=ウルカンの貴族としての資質を見極めて置きたいんだ」
ウルカン領地の視察か。嫌疑のない場所に公式に調査に入る事は王太子でも不可能。しかし何のしがらみも無いいち冒険者の僕ならば問題はないし、勝手知ったる故郷だ。
「・・・承知しました」
作戦開始の日は王城で王国内の全貴族を招集した会議が行われるのでお嬢様と鉢合わせる事はない。安心して任務を遂行できる。
◇◇◇
久しぶりのウルカン領に着いた。本来の後継者であるマィソーマお嬢様が当主となったにしては領地が以前よりも寂れていた。聞くところによるとお嬢様は貴族に復籍してからこの領地には一度も戻らず、代理の領地経営者が管轄しているらしい。
苛立ちの湧き上がる疑問を飲み込んで農地の様子をみていく。ロジャーの統治していた頃よりも放棄された箇所が目立っている。
どうしてお嬢様は領地改革をしないのだろうか?引退したエアドに代わって国政に干渉しているヒマなんてないだろうに。
仕事がひと段落ついた僕は用意した花束をもって西の荒地に向かう。前回のクエストで来た時に出来なかったお墓参りだ。あの時はアークさんが探し人を求めて早くゼルベの町に帰りたがっていたのでやむなく戻らなければならなかった。
その後もソロでのクエスト活動などをしていたため失念してしまっていた。加えてデューク=エアド撃退の件があったためあまり大っぴらには動けなかったというのもある。
西の荒地に着く、ここも何も手つかずだった。
落胆しながら探すと・・・あった。スタンピードで戦死したソーマイト様ご夫妻と僕の両親の簡素な墓だ。名前を彫った棒の切れ端を突き刺してある。あの時はいつモンスターが襲ってくるか分からない状況だったので満足なお墓を建てられなかった。
そして情けない事に今もなお勝手に手を加える事は出来ない。僕に出来るのはせめて周りを綺麗にして花を添えてご冥福を祈るばかり。
領主となったマィソーマお嬢様には早く何とかして欲しいものだ。
夜、僕はウルカン屋敷に辿り着いた。ここも前と変わってはいないが手入れが行き届いていない。当主が滞在していないためかどうやら最低限の使用人しかいないらしい。
屋敷の玄関から声が聞こえてくる。屋敷の警備兵2人とメイド姿の女のようだが?
「警備御苦労様ですわ、私は至急王都に戻らなければなりませんので・・・交代の時にこれで一杯やって下さいな」
「「はっ!あ、ありがとうございます侍従長!!」」
そう言うとメイドは警備兵に包みを渡して去っていく。あの喋り方は・・・アザヌだ。こんな時間から領地の屋敷を抜け出して王都に戻る?何かがひっかかる・・・後をつけるか。
アザヌがウルカン領の境目にある王都への道まで来た時、一人の騎兵が待ち構えていた。その辺の草むらや木々の間に身を潜めて様子を伺う事に。
「首尾は?」
「はぁ、驚かせないで下さいな・・・ここにウルカン家の財政帳簿があります」
ウルカン家の財政帳簿?そんな重要書類を外部の人間に渡しているのか?
「早く渡してもらおう、約束の報酬だ」
投げつけた革袋を拾うと騎兵の男に書類らしきものを手渡すアザヌ。しっかり受け取った騎兵はすぐさま馬を反転させて走らせて行った。
「せっかちですこと・・・おや?これは」
アザヌの前に武器をもった5人の人間が現れ彼女の周りを取り囲む。
「貴方がたは一体?」
「この状況では何もできまい、金も命ももらうぜ?」
「私、欲張りなんですわよ?・・・ふっ!!」
「ぎゃぁあああっ!」
突然アザヌが後ろの人間を切りつける、彼女愛用のカギヅメだ。切られた男が倒れると一瞬にして残りの4人が遠巻きにアザヌを包囲する。
「う・・・た、ただのメイドじゃねぇ?何者だぁ・・・」
「どうやらアーリン・ウィンドルの雇われ者といったところかしら?・・・全員カギヅメの錆にしてあげますわよ?」
「くっ・・・全員、突撃!!」
「「「「おおおぅ!!」」」」
包囲していた4人が一気にアザヌに襲いかかる。アザヌは襲いかかってくる相手の武器を受ける。当然アザヌの武器を防いでいるそのスキにもう一方の敵がアザヌを仕留めるハズなのにそれが出来ない。
カギヅメを受けた男はアザヌの発する電撃を受けて動けないからだ。わずか数分で3人の男達を行動不能にしてしまった。電属性の彼女なら可能な事だ。
「な、なんだその武器は・・・一体何をやった」
「それは・・・死んでからお考えなさいな!ガードキャンセル!!」
「ぎゃぁああああああああっ!!」
アザヌのカギヅメが相手の鎧ごと胴体の肉を削ぎ落す。内臓までこそぎ取られていてどうみても即死だ。モンスター相手ならまだしもあんな技を人間相手に使うなんて。
「まったくしつけの悪いお犬さん達ですこと、ウィンドルには料金上乗せですわね」
そういって動けなくなった3人の兵達にとどめを刺し遺体から物色し始めた。前にも増して強欲になったものだ。
「雇われ者だからあまり持ち合わせがありませんこと・・・はっ!」
「相変わらず強欲だね、アザヌ?」
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