第7話 心中お察し致します

 アークさん達と別れた僕は再びソロプレイヤーになっていた。


 戦闘にも慣れてきたのでモンスター討伐をこなしつつ、同時に冒険者達がやりたがらない農業支援のクエストも率先して引き受ける。


 いつかは生産力の低いウルカン領地の領主として復帰を目指すマィソーマお嬢様の補佐として役立てるように。


『自分が欲しいものは簡単に諦めない事だ』


 別れ際に言われたアークさんの言葉。これが僕を再び目覚めさせてくれた。

 嫌われようと追放されようと僕は結局マィソーマお嬢様を忘れる事は出来ない。


 もちろん何の成果もないままお嬢様に会いに行って使用人として雇って貰うような厚かましいマネは出来ない。

 でも前にやったオーク退治のクエストのように冒険者としてウルカン領に裏方から何かしらの協力・貢献が出来るかも知れない。方法はいくらでもある。



 ギルドに「流れの冒険者の身元引受人」の依頼完了を告げると多額の報酬をもらえた。そして依頼主のクライツ・ロイヤル=シャンゾル王太子殿下は勿体なくも僕を話し相手としてご滞在時にこの別荘に招待して下さる事となった。


 曰く「使用人以外の同国人の話し相手が欲しい」そうだ。殿下は月一回のペースでこのゼルベの別邸で一週間ほど滞在する。何より王家とつながりを持っておけばマィソーマお嬢様への手助けになるかも知れない・・・僕は厚かましくも殿下の申し出に承諾した。



 初めて殿下の別邸にお邪魔する事に。お屋敷の執事たるラヒルさんが隙のない所作でティーセットを運んでくる。


「殿下、お茶が入りました・・・デルト様もどうぞ」

「い、いえお気遣いなく・・・」

「そう遠慮するなって、このゼルベで採れる茶葉は美味いんだよ」


 殿下の話し相手とはいえ僕のような平民にも手厚くもてなしてくれる気遣いには恐縮してしまう。僕も何れはラヒルさんのような執事になりたいものだ。


 この機会に僕は自分の出自を殿下に話す事にした。


 ギルド・グラーナのマスターの意向によりマィソーマお嬢様と僕は9年前のスタンピードで死んだ事になっている。当時の国内政治や貴族情勢を考えるとお嬢様が貴族に復帰する事は難しかったようだ。僕達の安全を考えて敢えて素性を隠してくれていたらしい。


 本来なら軽々しく話す内容ではないけど、僕を話し相手として下さるので少しでも誠意を見せたいと思ったからだ。


 前領主ソーマイト・ウルカン様やその執事だった父ラート・ミナズ、マィソーマお嬢様に9年前のスタンピードからの脱出・・・過去の経緯を話し終えると殿下だけでなく同室していた執事のラヒルさんまでが随分驚いた様子だった?


「なんと、そのような事が・・・!」

「グラーナの連中め、人を騙しやがったな・・・だとすると彼女は本物か、エアドへの抗議文は取り消さなければなラヒル」

「畏まりました・・・いやはや書面を提出する前で助かりましたな」

「殿下?これは一体・・・」

「気にするな、言ってしまえば君のお蔭で大恥かかずに済んだという事だ」


 その後この日はお開きとなった。王太子殿下ならばと真相を語ったのは軽率だったのだろうか。



 一ヶ月後、再び殿下からご招待を受ける。

 クライツ殿下は気さくにもシャンゾル王国の状況について教えて下さる。


 1年前まで王宮では2人の貴族が争っていたのだとか。

 一つはクロン・デューク=エアド率いる保守派、もう一方はニコライ・マークィス=ガルナノ率いる改革派。

 政治に疎い僕は知らなかったが改革派たるマークィス=ガルナノの傘下にはあのロジャー・アール=ウルカンがいたようだ。


 何より驚いたのがデューク=エアドと憲兵隊第8部隊ガイタス隊長、すなわちマィソーマお嬢様が秘密裡に協力体制を敷いている事だった。お嬢様はロジャーに復讐できる上にウルカンの領地を取り戻すチャンスと見たのだろう。


 憲兵隊としてロジャーを処刑したマィソーマお嬢様は次々と功を立ててデューク=エアドの意向を通した国王陛下よりカウンテス(女伯爵)の爵位とウルカンの領地を賜った。おめでとうございます、お嬢様。


 しかしガルナノの勢力が弱体化した事で今度はデューク=エアドの台頭が王家を悩ませているらしい。宰相となったエアドはお嬢様に爵位を与えたように、国政の役職も全て自分の勢力下の人間に与えているようだ。逆に残っている敵対勢力は容赦なく閑職へ左遷している。


 彼の腹心となって動いているお嬢様も色々な秘密を知っているだけに一つ間違えれば危ないかも知れない。


 王族からすれば貴族の争いは目に余るものだが、幸いな事にクライツ殿下はどちらの勢力にも力を貸すつもりはないとの事。ほとぼりが冷めるまでこのゼルベの町で過ごすように勧められている。



 ゼルベのギルド・ラジムでクエストに励みつつ、招待されている時に別邸所蔵の図書室を借りて本を読ませてもらっている。別邸とは言え蔵書の数に驚く。


 父さんも仕事の合間によく本を読んでいたので小さい頃から読み方は教わって来た。冒険者になってからも生き抜くためにギルドの本を読ませてもらった。


 しかし殿下の所蔵されている本の種類は政治学・経営学・医学・兵法術・七鬼学セプテム解説と膨大なラインナップだ。試しに執事の仕事に必要な領地経営学を読もうにもたくさんありすぎてどれから手をつけていいのか分からなくなる。


「領地経営学ですか・・・それではこちらからお読みなさいませ、それが終わればこちらを・・・その次にはこの書籍を」


 ラヒルさんは読もうとする本に対して丁寧にアドバイスしてくれるので大助かりだ。お陰で楽しい時間を過ごさせてもらっている。やっぱり僕には戦闘術よりも座学の方が性に合っているようだ。


 ちなみにマィソーマお嬢様は利発なご性格だけど読書はあまり熱心ではなかったなぁ。



◇◇◇



 僕が殿下の話し相手となってから半年後、ゼルベ近郊の森にて。


「・・・ようやく数が揃ったか・・・面倒なものだな、採取クエストというのも」

「こんなものですよ殿下、なかなか身一つで生活するのも楽ではありません」

「殿下はやめろって、ここでは『クライツ』だ・・・なぉコオゥ?」

「・・・御意に」

「御意じゃない!全くお前達ときたら・・・」

「申し訳ないです、でも御身分を考えるとなかなか呼び捨てには出来ませんよ」


 ひと息つくクライツ殿下。今日は3種類の薬草採取クエストを受諾している。


 殿下は冒険者としての生活にも興味を持たれていて参加してみたかったのだそうだが、執事たるラヒルさんが全て却下していた。それは当然だろう、一国の王太子に危険なマネはさせられない。


 しかし今回は僕という護衛がいるためFランクの採取クエストならばと許可をしてくれたようだ。


 もう一人の殿下の護衛「コオゥ」さんは寡黙な男性だ。一見するとどこにでもありそうな顔立ちだがラヒルさんと同じく動作には全く隙が無い。こういう人材を抱えるなんてやはり殿下のお立場あっての事だろう。


「庶民の暮らしを見るべく隣国の町で過ごしているが・・・正直もう国には戻りたくない、この生活が一番だ」

「でん・・・いやクライツさん、それは」

「分かってる、言ってみただけだ・・・だが貴族というのはあちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず・・・イタチごっこというヤツさ、こんな事を繰り返していると自分が何をやってるのか分からなくなる」


 聞けば5日前に派閥勢力の弱まったニコライ・マークィス=ガルナノが王城でクーデターを起こしたらしい。もっとも殿下の見立てでは王城を制圧したとしても協力する貴族の数が少ないので失敗に終わるだろうとの事だ。なので緊急事態にも関わらず本国にお戻りになるつもりはないようだ。


 そして殿下の予想通りデューク=エアドの機転でガルナノ一派を追い出す事に成功したようだ。本国でこんな覇権争いが繰り広げられている今、殿下のご気分ももっともだと言える。


「僕ごときが言える事ではありませんが・・・心中お察し致します」


 突然コオゥさんが殿下の後ろに立つ。


「・・・主、お立ちを」


 続いて僕も殿下の前に立ち周囲を警戒する。


「コオゥさん、どこから?」

「・・・左」


 数秒後草むらから3人の男達が現れた。真ん中の坊主頭でちょび髭の生えた男が息も切れ切れに話をする。


「はぁはぁ・・・クライツ王太子殿下・・・殿下、どうかお助け下さいませ!某はガルナノ・・・ニコライ・マークィス=ガルナノです!!」

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