第14話 体感、彼女
互いに結婚も近いだろうと思い始め、外では桜が魅力を失いきった頃、憲介は次のステップへの準備に頭を悩ませていた。
それは水森恭子と離婚すること。
最初からそのつもりでいた。西畑の依頼は『水森恭子に婚姻届を出させて、受理されるかを確認すること』なので離婚したって問題ないと思っていたからだ。
最近憲介に懐いてしまった水森恭子には申し訳ないが、なんせ憲介は好きでもない女性と生きていくことはできない男だった。
憲介側から離婚を申し出てしまうと西畑からとやかく言われそうなので、どうにかして水森恭子から離婚を申し出てもらおうと思っていた。
しかしそれには協力者が必要で、いつもの年寄りではダメな仕事だから、もうあの人に頼むしか無かった。
その決断をするのに1ヶ月かかった。
―当日―
湿りかけてきた空のもと、街路樹の下に佇む一人の女。シースルーの中の純白の肌が男には痛かった。
女は男に気づき、笑みを浮かべこう言った。
「あっ、憲介ひさしぶりー。」
その言葉に憲介は頭をねじられた気分になった。それは。あの頃の。二人が友達だったあの頃の彼女であった。
その時憲介は自分だけセピア世界に置いていかれていることにようやく気づいた。
そしてなんだか今から相談することがどうでも良くなった。
「あ、久しぶり、弥咲。」
もはや聞こえないくらいの声でそう言った。
「どうしたの?元気ないじゃん。」
その後色々言われた気がするが、憲介はその時のことを何故か思い出せない。
記憶は無理やりカフェで事情をいやいや説明する憲介の映像にエディットされている。
「なんだー。そんなことならメールとかで言ってくれればいいよ。だってただ不倫相手みたいにメールを送ればいいんでしょ?」
昔から弥咲は物分りが早い。でもこの時ばかりは物分りが遅くあって欲しかったと憲介は思った。
「そうだよ。それだけ。」
憲介は言葉をその場に落とすようにそう言った。
その時だった。
弥咲は身を乗り出し、いきなりキスをしてきた。
机を挟んでの体感3分のキスだった。
実際はコーヒーに入れた角砂糖が沈むくらいの時間だった。
弥咲は慌てて口を離し、
「ごめんなさい。本当にすみません。」
と言った。
「大丈夫だよ。みさき。」
その日から弥咲は憲介に対して明らかに態度が変わった。
口調は強くなり、2人で作戦を話し合っているときもすぐに喧嘩ムードになるようになった。
あのカフェで弥咲が残したコーヒーは冷たくなっていだが、ソーサーにはまだ僅かに熱が残っていた。
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